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【2、三日月】

 あれからマットは忙しくなってしまって、すっかり謝る機会を失ったまま時が経ってしまった。

 目も合わない、というか見かけない。

 この心身の震えはマット欠乏症だろうか……!


 王女様も外出が多く、私も今日も今日とて王女様付き有能侍女のお姉様方の指示で黙々と手紙を仕上げていく。マットに会えなくても仕事は待ってくれないのだ。


 ──王女様は、半年後には隣国へ輿入れのため旅立ってしまう。

 あの夜の二人の顔を見ていたら、邪魔者は自分のような気がしてきた。


 私を置いて、王女様を追って隣国に行ってしまうマット。

 身分の差を越えた、主従愛。

 愛する人との別れは刻一刻と迫る、非恋系……。


 ぐすっと鼻をすすってしまった。有能侍女様にちり紙を鼻に充てられた。つけませんよ。


 わ、わたしは……マットと、結婚したかった……!

 マットに似たキュートな子どもをたくさん産んで、たくさんの孫に囲まれてもみくちゃにされながら幸せだったねーって言い合って天国に召されたかった……。もちろんマットが先に行っても後から来ても絶対に見つけ出す。そのつもりだったのだ。


「私の心は千切れたレタス……」

「千切れたレタスでも、しなびたナスでもいいから手を動かしなさい」

「はい……」


 有能侍女様は今日もキレッキレだ。

 干からびたトマトのような私とは雲泥の差である。


「はぁ。この間から、なにずぶ濡れの犬みたいな顔してるのよ。うっとおしい」

「確かに私の心はずぶ濡れ……悲しみの大洪水です。危機感から箱舟を作って家族を逃がすほどの」

「はいはい。私も箱舟に入れてね。さ、次はこっち」


 私の愛は、二人の間にある愛と何が違うのだろう。

 重さ?大きさ?量?


「愛は……愛とは……」

「綴りがわからないの?」

「綴りはわかりますが、愛を見失いました」

「はいはい。愛を見失ったのねー」


 愛よ、お前は一体どこで何して何者なんだ


「お姉様は、愛とはなんだかわかりますか?」

「愛ねー。相手を思いやることかしら」

「ほう!」

「自分の気持ちばかりを相手に押し付けるんじゃなくて、相手の気持ちを汲んで大切にすることじゃないかしらね」

「さすがですわ、お姉様!」


 さすが伊達に侍女をやってないわ!!王都の子女人気No,1職業の地位について長いだけある!


 決して口にしていないのに、心を覗かれたのか絞め殺されそうになった。

 なぜだ。有能侍女レベルになると読心術も使えるようになるのか。独身だけに。



 愛の伝道師から聞いたお言葉を何度も何度も反芻する。


 私の愛は……マットの幸せを願うことなんだ……!

 今の今まで私はマットに愛をぶつけて、こすりつけて、窒息させようとしていなかっただろうか。愛の大洪水の勢いで押し流そうとしていた部分が無かっただろうか。身に覚えがありすぎる。


 私がマットを愛しすぎたあまり、マットは根負けして付き合っていてくれたのではないだろうか。ちょうどよく王女様との間にあるどうしたって埋められない隙間を、埋められそうな適役が私だったんじゃないだろうか。


 誰よりも、何よりも、愛するマットが王女様を愛しているなら、それを応援したい。

 王女様は隣国の皇妃様になられるけれど、それを側で守りたいというマットの気持ちを尊重したい。


 あんな手紙に気付かなければ、まだマットは私のものだと思っていられたかもしれない。愛をぶつけて押し売りしていたかもしれない。


 マットは優しいから、私に本当の気持ちを言えないのかもしれない。


 私が泣いて縋るようなことを言えばマットは困った顔をするだろう。


 マットは優しいから。


 だから、マットが見ていない今のうちに涙を出し切るんだ。


 悲しむのは今日でおしまいにするんだ。


 マットの記憶に残る私は笑顔でいたい。


 ────私の中のマットが笑顔なように。



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