表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/9

【3、上弦の月】

 私とマットはお互いのことを周囲に秘密にしていた。


 もし公になって、配置換えでもされたら目も当てられない。

 離れたくない。絶対いや。無理。発狂してのたうち回ってしまう自信がある。


 それに、秘密の職場恋愛もなかなか楽しい。


 通りすがりに、二人だけにしかわからない視線を一瞬だけ合わせたり、こっそりと手をなぞったり。まあいやらしい!


 ゴホン。とにかく、今しかできないドキドキがたくさんなのだ!


 はぁ。マット。しゅき。


 しかし、この世の神様は時として意地悪なのだ。

 浮かれに浮かれて恋する乙女の力で地上から3センチは浮遊しているだろう私は一瞬にして、地に落ちることとなる。


****


 いつものように仕事終わりのマットと空き部屋で秘密の逢瀬を楽しんでいると、マットの胸元から嗅ぎなれた香水の香りがした。

 ピーンッと勘が騒ぎ、飢えた猟犬のようにふんふんと匂いを辿る。何をニヤついているのか、しらを切る容疑者の騎士服を手早くくつろげると見慣れた封筒の端が見えた。


 若い貴族子女が好む流行りのデザインのソレ。しかも上級も上級、特級のハイグレードなやつだ!


 なッ、なによコレー!!と指摘する間もなく、ノリノリのマットに遮られてしまい、私は気のせいだと自分をごまかしたのである。


 というかマットの熱烈キッスのせいで封筒のことなんて吹き飛んだ。

 頭の中はマットでいっぱい。重量オーバーでビックバンだ。





 ────いやいや、あれは見間違いじゃない。

 ネムネムと蕩けそうになっていた目がクワッと正気を取り戻した。

 逢瀬が終わり、自室のベットに入り寝落ちる直前。牙と爪を抜かれて甘やかされたペットが野生を思い出した。


 あっ、あれは第一王女様のお手紙に使用する香水の香りだ……!


 便箋の端に香りづけで使うからよく覚えている。

 そしてあの封筒の色は、王女様自ら直筆された手紙のみ使われる色だ。


 そう、思い出してほしい。私は王女様の代筆係である。

 主に、王女様のご婚約者様であられる隣国の皇太子様へのお手紙から、貴族各位への手紙まで幅広く任されている。


 しかし、ごくごくたまに王女様自ら筆をとり、したためるお手紙が存在する。

 もちろん私はそれの中身を拝見したことはないが。


 えらいこっちゃ……!


 そして、同時に私は頭を悩ませた。

 王女様の身辺で見知ったことは他言無用なのである。

 だからマットに「それ王女様からの手紙よね?」なんてそもそも指摘できない。

 王女様からの手紙とわかる特徴がありますよ、なんて教えるようなものだからだ。



*****


 モヤモヤする。

 愛しのマットとの秘密の逢瀬にも身が入らない。


 目の前で妖しく誘惑するマットに、いつもならはしゃいで飛びかかるところをされるがままだ。けしからん鎖骨だ。しまいなさい。


 普段は散歩に行く前のはしゃいだ犬のような私も、今日は死んだ冷凍マグロだ。

 やっと私のやる気のなさに気付いたのか、マットがようやく不思議そうな顔を私に向ける。


「どうした」

「ムムッ自分の胸に聞いてみたら!」


 どうしたですって!?この後に及んでどうしたですって!?!?


 ふん!!と八つ当たり気味に部屋から走り去ったものの、ちょっと冷静になればわかる。


 王女様からの手紙を持っていたからなんなのか。

 きっと「ちょっとセクシー過ぎるから身を慎め」とか「ちょっとキュートが過ぎるから自制しろ」とか、そういう内容かもしれない。うん。みんなの前で指摘したらアレだものね。出来る上司は叱る時はこっそり呼び出して隠れてするっていうものね。うんうん。


 ちょっとヤキモチをこじらせちゃって悪かったな……と、反省した。反省できる私、えらい。

 早速、マットに謝りに行こうと立ち上がる。夜だが、マットがいそうな場所を探す。マットは真面目でストイックなので(すき)たまに夜にも鍛錬をしていたりするのだ。そこを週四で私も突撃しにいくので、むしろマットは私を待っているのではないかとも思ったりもする。決してストーカーではない。恋人同士なので。ええ。


 先日の夜は稽古場の影で”秘密の逢瀬(笑)”をしたことを思い出し、ニヤニヤと、いや違う。いそいそと足を動かした。


 この前、私が行く前にマットが半裸で剣を振っていたことを思い出し、ちょっとニヤニヤしてしまったのはしょうがない。


 すると、稽古場で誰かが話す声が聞こえた。素早く身を顰めながら近づくと(ここで遠慮して近づかない私ではない)



 マットと王女様が、いた。



 ドクドクと耳の奥が脈打った。

 王女様は悲し気に立ち尽くし、マットも苦悩の表情だ。何を話しているかはところどころしか聞こえない。ドクドクとキーンと耳鳴りがしたからだ。


「好きなのに」

「忘れられない」

「愛しているの」

「でも、婚約者が」

「隣国まで着いて行く」


 など、漏れ聞こえた。


 えっと?つまり?

 後ずさりしながら、寮までポテポテフラフラしながら戻る。戻ったはず。


 ギンギンと血走った目が朝日で滲む。


 王女様とマットは好きあっていているけれど、王女様は隣国に輿入れしてしまう。

 それでもマットは着いて行くと????隣国まで??


 え????私は????


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ