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【4、満月】

「お嬢さん。大切な手紙が飛んできたよ」

「まぁ。貴方のところまで?」


 これが、私とマットの出会いだった。

 憧れの存在だったマットが拾ってくれたのは、正しくは手紙では無く試し書きのメモだ。


 でも、以前から気になっていたマットと話す機会が出来て、内心浮かれていた私はそんな野暮なことは最後まで言わなかった。



 十六歳になり王宮へ行儀見習いとしてお世話になることとなった私は、とくに何か秀でた特技なんかは無い平凡な貴族の娘だった。


 しかし、私の筆跡だけは非凡だったらしい。

 毎日真面目に書いていた何かの申請書や報告書を偶然目にした侍女長にヘッドハンティングされ、あれよあれよという間に第一王女様の代筆係として納まってしまったのだ。


 全てにおいて平凡な、普通だったら王族の侍女になんて到底無理だったはずの貴族令嬢でしか無かった私も、肩書では王女殿下付き侍女になる訳だから、嫁入り前の拍付けとしては上々だろう。これで将来のめくるめくサクセスストーリーは待ったなしに違いない。玉の輿の未来しか見えない。


 貴公子たちが私を取り合って決闘に!? なーんてなったらどうしましょう。妄想が止まらない。腕っぷしの強い人と結婚する? それとも、将来性で選ぶ? いやいや、やっぱり最終的に優しい人が……ああでも熱烈に愛してくれる人がいいかもしれない! はあ、どうしよう、選べないわ。


 とにもかくにも、恋に恋する乙女である私はめくるめく輝き煌く侍女ライフに気合十分だった。



 そして、第一王女様付きの代筆係となって仕事の流れも覚えた頃。

 やっと周りを見る余裕が出てきた私は気付いた。


 ──王女様付き護衛騎士に、とんでもない色男がいると。



 彼の名前はマット。侯爵家の三男。

 十八歳という若さで第一王女様の近衛に配属されるほどの美丈夫

 (一目見るだけで寿命が伸びそう!)


 見た目重視の近衛騎士団にも関わらず、しっかりと鍛え上げられた体

 (稽古終わりに水を浴びる姿がセクシー!)


 仕事中の鋭い金の目

 (同僚と話している時にたまに出る笑顔がキュート!)


 はぅ……ステキ……。


 でもお互いにお仕事中の身。

 そして私は侍女とは名ばかりの代筆係……。

 話しかける機会も無く、真面目に仕事に向き合う日が続いた。


 で、慎ましくも華やかな侍女ライフを送っていたら、マットが落とし物を拾ってくれたのだ! 優しい!



 ──回想終わり。

 マットから手紙を受け取る。


「ありがとうございます。マット様」

「あぁ。名前、知ってたんだね」


「もちろんです。私の名前は……」

「エリー、だろう?」


 風が吹いた。


 あのキュートな笑顔で名前を呼ばれた日に、私は恋に落ちてしまった。

 物欲しげに木の上から熱烈に見ていただけの私は恋という深淵に真っ逆さまに落ちた。底なしだ。


 フォーリンラブ。

 キュートなアイツにホの字。


 深淵には傾斜がついていたようで、坂道を転がるようにマットに夢中になり、しかしゆっくりと仲が深まり、二年が経つ頃には想いを重ねるようになった。


 深淵だと思っていた底なしワールドはマットに通じていたのだ。



「──ほら、見て。とても綺麗ね」


 夜空に上がる無数のランタンを二人で見上げる。

 背中からすっぽりとマットの温かく大きな体に包まれると、世界は二人だけのような錯覚に陥った。


 はぁ。マット、すき。


「泣きたくなるほど綺麗ね」

「エリーを泣かせるのは俺だけの特権だろ」

「ばか」


 マットのふざけたセリフにクスクスと笑いながらも、視線はランタンに吸い込まれていた。

 それを遮るように、マットがキスをしてきた。


 すき。


「これだけ幸せだと怖いわ」

「幸せで怖いのか?」

「無くなったらどうしようって気分になるの。もしも別れることになったら、きっと心が千切れてバラバラに壊れてしまうわ」

「それは大変だ」


 またキスをしてきた。


 すき。


「もう。……ねえ。もし、万が一、別れることになってしまった時は、前触れが欲しいの。一月ぐらい前に教えてね。心の準備するから」

「なんだそれ」


 ハイハイと流され、またキス。


 すき。


「そうじゃないと本当に心が千切れちゃうかも」

「千切れないさ」


 すき。


「とにかく、約束だからね。それで、最後はうんと綺麗な思い出を作るの」

「綺麗な思い出?」


「そうよ! 綺麗な思い出があれば千切れた心もくっつくわ!」

「最後は”綺麗に”ねぇ。残酷な話しだ」


「そうかしら? こんなに幸せなのに、嫌な思い出になる方がイヤよ」

「綺麗すぎるといつまでも心に残るじゃないか」

「それも悪くないわね」

「欲張りな女だな」

「好きなくせに」

「ああ。たまらなく」


 ──この頃の私たちは、まさに幸せの絶頂だった。


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