とある剣と魔法の世界における先輩と後輩のプロポーズ話
「リゼットはシグルス君と付き合ってだいぶ長いよね?」
「もう七年くらいかな」
「結婚は考えてないの?」
「考えてはいるけど、三ヶ月に一回くらいしか会ってないし……」
「シグルス君も煮え切らないわね。早くプロポーズしたらいいのに!」
「どうなんだろうね……。ところでフェリアはどうなの?」
久しぶりに会った友人とのお茶会はそんな世間話から始まった。
――私はリゼット。三年前に王都の魔術学校を卒業し、現在は王都から少し離れた街の端にある診療所で、治癒医師をしている。
治癒医師というのは治癒師と医師を掛け合わせた言葉で、治癒魔法と医療技術の両方に心得がある者に使われる職業のことだ。近隣に住む人や旅人たちの怪我や病気を癒すことで生計を立てている。
魔術学校を卒業したらそのまま王都で働いたり、実家に帰って家業を継ぐ生徒も多いのだが、私は在学中に実習で訪れた、山と川に囲まれたこの街が気に入っていた。
ちょうど医師はいるが治癒師はいない状態だと聞き、ならば私がとここへやって来たのだ。
自然豊かで景色は綺麗だし、新鮮な食材で料理したご飯は美味しいし、仕事の合間にはお茶を飲みながら本も読める。
本はなんでも読むのだが、自由に空想に浸れるロマンス小説が特に好きだった。
物語の中の主人公は可愛くて、健気で、自分とはかけ離れていると思ったけれど、周囲に励まされながらも頑張って未来を変えていこうとするところがいいなと思っていた。
しかしずっと気にかかっていることがあった。
それは、男性からプロポーズする物語ばかりだということ。
少なくとも私が読んだ本の中では、いつだって「私と結婚してくださいますか?」というのは王子様で……、つまり男性からだった。
昔はこの国も適齢期になると家同士の都合で婚約することが多かった。
そんな状況だからせめて小説では……と、恋愛成就の小説が流行り始めたのだ。
今では恋愛結婚も自然になりつつあるが、家を支えるのは男性であるという風潮はまだ根強く残っている。
だから物語上でもプロポーズするのは男性からなのだろうし、一般的にそういうものだと私自身がずっと思っていたし、憧れもあった。
だけどもお茶会と称した愚痴大会、友人フェリアとの会話の中で「彼がいつまでたってもプロポーズしてくれない……」という話を聞きながら、私は思ってしまったのだ。
そもそもなぜプロポーズを待たなくてはいけないのだろう、と。
待たないといけないなんて誰が決めたのだ。
そうだ、私からプロポーズしよう。
物語の素敵なプロポーズは、それはそれ、これはこれだ。
折角自分からプロポーズするならかっこよく言おうと思った私は、しばらくプロポーズの言葉に悩む日々を送ったのだった。
ーーそれから数ヶ月後、私は先に話題に上がった一向にプロポーズしてこない恋人のシグルスと、王都にある喫茶店でお茶を飲んでいた。
彼は長年の友人であり、魔術学校の後輩でもあり、今は王都に住み宮廷魔術師として働いている。諜報に使える魔法が得意ということもあり、表立った活躍は聞かないが忙しくしているらしい。
奥まった個室へと案内されたが、少しだけ窓が開けられており、時々ふんわり入ってくる風で天井の大きなシャンデリアが煌めく。
王族もお忍びで訪れることがあるらしく、家具も食器も国内で最高品質のものが使われているそうだ。
かといって派手すぎずシックな色味ですっきりまとまっており、ここならばプロポーズにふさわしいと思えた。
お互い近況報告を終えたところで、私は本題に入ることにした。
かっこいいプロポーズの言葉についてはかなり悩んだが、結局シンプルに伝えるのが一番良いという結論に落ち着いた。
「私と結婚しようシグルス君。幸せにするよ」
呼吸を整えてしっかりと彼の目を見据える。
かっこよく言えているだろうか。気恥ずかしかったが、笑顔は絶やさないように気をつけて、彼の目をもう一度見つめ直した。
こういうのは勢いが大事だと思ったのだが、言ってしまった後も心臓がバクバクしているのが分かるし、治る気配を見せない。
震えをごまかすように、両手でギュッとスカートを握る。テーブル越しなので向こうからは見えていないはずだ。
シグルスは一瞬目を見開いたが、
「ありがとうございます。プロポーズを受けます」
と、思いの外あっさり答えた。
「え、いいの?」
すんなり答えが返ってきたことに私の方が驚いてしまった。
「いいですよ。急な話で驚いてはいますけど……。先輩、何かありました?」
そう言いつつ、ゆったりとお茶を飲んで微笑んだシグルスは、とても驚いているようには見えない。何故こんなに余裕があるのだ。私は未だに緊張しているというのに。
「何かあったというか、実は……」
私は友人とお茶会の最中、プロポーズを女性が待たないといけないような雰囲気になっていることを疑問に思い、自分からプロポーズすればいいと思った話を真剣に語った。
シグルスは右手を口元にやり考える素振りを見せたが、ひとまず納得したと軽く頷いた。
「なるほど……先輩の考えは分かりました」
そしてこう続けた。
「ではまずどこに住むかを決めましょうか」
「あ、そうだね。確かに」
そこからは具体的にどうやって生活するのか、という話になった。
私は今王都から離れた街に住んでいるけど引っ越すのかとか、引っ越すとしたら仕事は続けるのかとか。
お互い仕事は続けたいという意思確認をしたので、
「とりあえず籍だけ入れて、別々のところに住めば今まで通りでいいのでは?」
と提案してみたら、ものすごい速さで却下された。
「却下です、却下。僕が先輩と一緒に住みたいんです!」
生活には困っていないし、シグルスにとってもこの案は環境変化もなくて良いと思ったのだが。
私の家から王都まで半日ほどかかるので、住む場所は考えないといけない。
「じゃあ王都からこっちに引っ越しておいでよ」
「その言葉そのままお返ししますが、先輩がこちらにきてもいいんですよ」
「うーん、仕事をやめられなくはないけど、王都で次の仕事がすぐ見つかるかと言うと……」
「それは僕も一緒なんですけど……」
……もっともな言い分である。諜報スキルを田舎の街で生かせるかというと微妙だし、そもそも宮廷魔術師を辞める方が難しいのではないかと思われた。
「二人で生活できる程度にはお給料も頂いていますし、先輩が家にいてくれるだけでも十分ですよ?」
「そんな状態で家にいたら、間違いなく主導権を握られるのでは?」
「もう握られてるんじゃないですか?」
私がむっとした顔をすると、シグルスは苦笑した。
お互い好きだと分かっているからこんな軽口が叩けるのだ。
「世の中お金を多く払っている方が有利になりやすいんだよ、シグルス君」
両手を組んで顎をのせながら、じと目になった私がそう告げると、
「僕は先輩が楽しく過ごせるならいくらでも頑張れますし、それを後々理由にして責めたりはしませんよ……?」
こうやってすぐさまフォローが返ってくるところが、彼らしいとは思う。
そんな他愛無いやりとりを繰り返していたら、シグルスが急に真面目な表情になったので、私はハッとして姿勢を正した。
シグルスは私の表情を窺っていたが、やがて呟くように尋ねた。
「前から気になってたんですけど……、先輩はどうして王都から離れて住もうと思ったんですか?」
「それは……」
シグルスの問いは、私が魔術学校の卒業後どうして王都で働かなかったか、……どうして王都で働けなかったのか、という過去に対する問いそのものだ。
言い淀んだ私に、シグルスは続ける。
「王都から離れた街に住むことにしたって聞いた時に不思議に思っていました。治癒師の仕事はこちらにもあるのに。その理由を先輩が言いたくないならいいと思っていました。でも……、きっと今話し合っておいた方がいい気がします」
優しい声に、少しだけ心が軽くなった気がした。
……前々から思っていた。
私は学校の成績もそこそこで、卒業時に治癒師として王宮で雇ってもらうには実力が足りない。魔力の量が少なくて高難度の治癒魔法を一日に何度も唱えられない。
でもシグルスは違う。彼は宮廷魔術師として十分やっていける実力があるし、そんな彼と比べて自分はこのままではダメだと思ってしまったのだ。
目を背けるように王都から離れた。とはいえ、何もせずにはいられなかったから、医療技術を勉強して治癒魔法が及ばない時にも対応できるようにしようと思った。
「対等じゃないと嫌だと思って……。自分の力が不足しているのに、宮廷魔術師の隣に立つのはかっこ悪いなって……」
絞り出すような私の話を聞き終えたシグルスは、目を細めて笑った。
「気にしなくていいのに……。でも、先輩らしいですね」
その表情を見た時、私は自分で自分を許せたような、そんな気持ちになったのだった。
ーーさて、話は続き、二人の仕事の中間地点に住むのはどうかとか、お互いの家に週の半分ずつ住めばいいのではとか、家計は基本折半でとか、仕事についてはまずはお互い職場で相談かなとか、なんやかんや話はまとまってきた。
シグルスは残っていたお茶を飲み干し、カップをそっとテーブルに戻した。
そして、最後に一つだけ、と前置きしてから私にこう問いかけた。
「ところで先輩忘れてませんか?」
「何を?」
「付き合ってすぐのことだから、もう7年くらい前ですかね。僕の兄が結婚したの覚えてます?」
「もちろん、覚えてるよ!」
私自身は結婚式に参加していないが、シグルスと相談してお祝いを送ったし、後に記憶装置の映像を見せてもらいながら、兄夫婦と雑談したりもした。華やかな結婚式は自分には向いていない気はしたが、幸せをお裾分けしてもらったようだった。
「その時に、プロポーズの話をしたことは覚えてますか?」
「えっ……と、何か話したっけ?」
「やっぱり……」
ため息をついたシグルスとは裏腹に、私の頭は疑問詞だらけだ。
理解の追いつかない私にシグルスはにっこりと笑って、こう言ってのけたのだ。
「先輩は僕にこう言ったんですよ。『いつか私からかっこよくプロポーズするから待っていて』って」
一瞬ぽかんとしたが、驚きのあまり叫んでしまった。
「えええええええ!」
「なんで忘れてるんですか!? 僕ずっと覚えてますよ!? だから先輩が結婚しても良いって思えるまで待とうと思ってたのに……。卒業後にどうするか教えてくれないし、いつの間にか離れた街で仕事見つけてるし、僕は王都で働くって言ったじゃないですか!」
僕のことなんだと思ってるんですか……と、恨めしそうにシグルスがぼやいた。
「ええええ、私そんなこと言ってたのか……。遅くなってごめんなさい……」
結婚がなかなか決まらなかったのは、どう考えても私の過去の発言のせいだったらしい。申し訳ない気持ちでいっぱいになってしまった。
バツが悪そうにしている私を見て、
「けど、僕からプロポーズしても、自分はまだ一人前じゃないから待って欲しいって言われるだろうなと思ってましたよ」
と、シグルス。
自分でもまさにそう言いそうだと思って思わず笑ってしまった。なんでこの人はこんなに私のこと分かってるのか。
しかしその直後の彼の一言で、私は固まる。
「先輩が何年も考えてかっこよくプロポーズしてくれたから、次は僕の番ですね」
楽しみにしていて下さいね、と笑顔で言われたが……、自分の発言をすっかり忘れていた上、これだけ待たせた私に一体どんなサプライズが待っているのかと思うと、ちょっとだけコワイと思った。
女の子からプロポーズする話が書きたい、と思ってこうなりました。
このお話はプロポーズしちゃいましたが、プロポーズされる話も大好きです!
お付き合いいただきありがとうございました!