酒を飲み散らかした大学生の記述
謝りたいと、感じている
だから感謝というのだろう、これを感謝と言うのだろう
会社で培われた才覚はいま、花開こうとしている
社畜45歳―――灼熱の時
愉楽を重ねて十年、研鑽を詰むは二十年、辛酸をなめつつ三十年。数多の苦難を超え就職し、男は自ら社会の歯車となることを受け入れた。が、彼はすぐに自分が器ではないと知る。
そして。男、45歳、冬。己の肉体と社会の現実に限界を感じ、疲れに疲れ切った結果、彼がたどり着いた先は、感謝であった。
自分自身を育ててくれた社会への恩。自分なりに少しでも返そうと思い立ったのは、
一日一万回、感謝の平謝り。気を整え、拝み、祈り、構えて、頭を下げる。
一連の動作を一回こなすのに当初は5~6秒。一万回を突き終えるまでに、初日は18時間以上を費やした。退社時間になれば倒れるように寝る、起きてまた謝るを繰り返す日々。
2年が過ぎた頃、異変に気付く。一万回謝り終えても日が暮れていない……
齢50を超えて完全に羽化する。感謝の平謝り一万回、1時間を切る! 代わりに祈る時間が増えた。左遷を乗り越え、本社に戻った時、
男の額は、音を置き去りにした
かつて彼をバカにした同僚たちは口々に彼を誉めたたえた。
「謝ることだけはうまい」
「芸術的なまでの無能」
彼は仕事ができない男であった。しかし、ほめたたえている仲間たちが彼の仕事内容を作業中に注視していることは何よりも明らかであった。
その後、彼は海外へ配属されることが決まった。聞いたこともないような国名であったが、男は新たな自分の可能性に胸を躍らせた。
男は気がつかなかった。自らの同僚が彼のした仕事を気にかけていた理由を、明確な期待として受け入れていた。そして当然のごとく。また失敗を重ねた。意思の疎通が成功することもなく日に日に男は腐っていった
そして。男、55歳、冬。己の肉体と社会の現実に限界を感じ、疲れに疲れた切った結果、彼がたどり着いた先は、思考停止であった。
自分自身を今なお育ててくれている社会への嘆き。自分なりに受け入れようと思い立ったのは
一日十万回、思考停止の平謝り。気を整え、拝み、祈り、構えて、突く。
十万回を突き終えるまでに、初日は10時間以上を費やした。勤務時間を終えれば倒れるように寝る 起きてまた突くを繰り返す日々。
2年が過ぎた頃、異変に気付く。十万回突き終えても日が暮れていない……
いずれ、男は齢60を超え、羽化を果たす。思考停止の平謝り十万回、1時間を切る! 代わりに祈る時間が増えた。定年を迎え、帰国する気も起きず嘱託としての仕事を始めたとき
男の額は音速をはるかに凌駕した
音速以上の速度で下がる頭から、視界の端に同業者の笑顔が見えた。ヒトが笑顔になるならばと自分の行動に理由をつけようとした。つけようとしたのだ。
そう、気づいていた。それは彼らの嘲笑であると。60を超えた彼をして初めて気づくことができていた。
気づいていた。自分が厄介払いをされていることを。
気づいていた。思考停止をした謝罪には祈りも感情も、そして意味もないことを
気づいていた。突き終える時間が短くなるのは自分の失態が増えたことの表れであると
気づいたのだ。
相も変わらず男はその国の言語習得が不十分であった。狭く苦しいコミュニティの中で男は動けず、話せず息もできなかったので、いつしか男は考えることをやめた。
石と生物の中間となって漂うように生きると決めた彼の背中は、寂しそうな、つらそうなものであった。が、それでいて見るものが見れば、繰り返した謝罪によって広背筋はせり上がり、美しい直線を生み出すその背筋、首、腰。
それはなんとも一層凛々しく、筆舌に尽くせぬ華麗さを持つようであった。
パソコンの片隅に芸術的な黒歴史を見つけたのでここで供養します