第一話 邂逅
ようやく本編です。
空がすっかり黒に染り、月が地上を照らす。昔の大災害の影響で放棄された建築物密集地域に急いだ様子の二つの足音が響く。
ーーー
走る、走る、走る。後ろにいる追手から逃れるために。
「随分走るのが早いじゃないか。少しぐらい止まってくれてもいいんじゃないか?・・・無視かい?ひどい人だね」
後ろの人物が俺に声をかけてくる。うるせぇな。こっちは走るので必死で答える余裕なんてないんだよ。それに止まったらお前は俺のことを殺すんだろ?その手でトマトでも握りつぶすみたいに。追ってくる人物の腕部は赤いオーラで覆われていた。無事に躱せたからいいもの、見つかった時殴った後ろの壁に拳がめり込み、周囲にも結構な罅が及んでいたことから人ぐらいなら十分殺せるぐらいの威力があるだろうことはわかっている。あの時、すぐに逃走に行動を移せた自分を褒めてやりたい。このままずっと追いかけっこもいいが、ずっと体力が持つわけじゃないし、今逃げている場所の地形も把握しているわけじゃない。どうしようもないなと思っていると
『聞こえておるかの。わけあってそこでは直接お主助けることができん。目印をたどり妾の近くまでこれば助けることができのじゃ。助かりたければこちらまで来るのじゃ』
「!?っ」
当然聞こえた女性らしき声に動揺し体勢を崩しかける。加えて声のもとへの行き方を表すであろうものが見えるようになった。
「おやおや~?とうとう体力の限界かい?」
一々うぜぇな。っても少しつらいのは事実だし、声の言うとおりにしてみるのはあり・・・、だが懸念点はいくつもある。それでも彼女の声は、真剣味を帯びたものであるのがわかった。信じてみようーそう決めると声のもとに向かい始めた。
ーーー
しばらく走り続け目的の地点へ到着する。そこは行き止まりだった。
「アハハ!どうやら行き止まりのようだねぇ。おとなしく潰されなよ。そしたら、楽に殺してあげるよ」
振り返り、息を整える。
「ずいぶんと嬉しそうな声で物騒なこと言うんだな。ところで、お前にはここはただの行き止まりに見えないようだが、俺には、希望の壁に見えるぜ」
「ただの虚仮脅しかな?あぁ・・・、絶望で気が狂ってしまったのか。可哀想に。安心してくれ、すぐその苦しみから開放してあげるよ」
そう言い彼は、左腕に纏っていた赤いオーラを右の拳に集めながら、接近してくる。遭遇時に彼の接近速度は分っている。いくら疲れているからといえどそれを見誤ることはなかったし、躱せない道理はなかった。・・・筈だった。彼は大きく姿勢を前傾させると同時に右の拳に纏っていたオーラが減衰し、その直後コンクリートで舗装された地面を踏み砕きながらありえない速度で迫って来た。マズイ!!このままだと確実にやられる。急ぎ体を反転させ、行き止まりである壁を目指す。だが、絶望的に時間が足りない。彼の拳がすぐ後ろに迫る。このままでは無防備に背中が殴られていまう。ならせめて・・・と思い、体を再度反転させ勢いを乗せたままで殴りかかる。
「なッ!?」
彼のことばかり気にしたせいで足元が疎かになり反転させた拍子にバランスを崩し転んでしまう。不幸中の幸いというべきか、彼も巻き込んだことで殴られることは、回避できたが衝突時のダメージが体に残ってしまう。
「悪運が強いな、君は。けどこれもここでおしまいだ。今度こそお別れの時間だよ」
一足先に体制を立て直した彼が、俺の体を足で拘束し、勿論赤いオーラ付きで、右の拳を振りかぶる。くそッ、ついさっきの自分を呪ってやりたい。彼が拳を振りかぶる。死にたくない。そんな思いが、心を満たす。
「さようなら、名もなき青年。悪くはない、楽しいおいかけっこだったよ」
そういう彼の顔は、慈悲で満ちていた、ように見えた。拳が眼前に迫る。目をつぶる。目蓋を貫く光も見えない。とても、とても暗かった。
『仕方ないか。文句を言うでないぞ』
呆れたような、そして憂いを帯びた聞き覚えのある声が聞こえた。
ーーーいつまでも衝撃が来ない。不思議に思い目を開けると、眼前には形容し難いほど純粋な黒い帯のようなもので覆われ、いや、拘束されている拳があった。そして、その拘束は拳のみならず全身にまで及んでいた。殴りかかろうとした彼は、大きく目を見開き俺ではなく、俺の背後を見ているようだった。
「なっ、なんで、お前がここにいる!お前は・・・!」
「余計なことは言わんで良い。ところで『三度目の正直』と『二度あることは三度ある』。この2つのことわざに相反するものを感じんかね?今回、お前さんにとっては後者が当てはまるのかのう。『殺そう』と思い三度殴りかかるも結局全て『失敗』あるいは『阻止』されてしまう」
先程から、聞こえていた女性らしきものの声がはっきり聞こえる。目の前の相手の様子を見るに先程までの声は聞こえていなかったようだ。
後ろを振り返る。美しい、ただそれだけが自分の脳内を支配するような感覚に陥る。後ろでは、純黒のワンピースを着た少女が彼女の足元から黒い帯を発生させていた。それで拘束しているのだろう。
「残念じゃったな、お前さんには運がついてなかった。殺しはせんから安心するといい。では、さらばじゃ。これ以上ここにいられると迷惑じゃからのう」
そう言うと、少女の足元から更に黒い帯が発生し拘束されている人物を中心として砲身を形作リ始める。少し不格好ながらも完成した砲身は砲弾の代わりに人と黒を撃ち出した。それを見届けた少女は、満足そうに頷くと俺の方に向き直る。
「これでやっと落ち着いたのう。全くお前さんは最後の最後で気を抜きおって、こんなようだとこの先さっきのような者と戦うとき心配でたまらんのじゃ?」
「この先って、そもそもなんで俺戦うんだよ?」
「さっき助けたじゃろ。あの時の様なものがバンバンなんの代償もなく打てると思うか?」
「いや、まぁ、たしかに・・・。なら、何を代償に使ったんだ」
「それはな・・・。ズバリ、お前さんの今後の平和な日常じゃ!」
「はぁ!?一体どうゆうことだよ」
「だから、言ったじゃろう。『文句を言うでないぞ』と。そもそも、生きているのじゃからまだ良いじゃろ。拷問や人体実験の素体にされる可能性もあったのじゃぞ」
「確かにそれはいわれたけどさぁ、それよか後半のそれマジなのかよ」
「マジじゃ」
「まじか・・・。笑えねぇ。ところで襲ってきたあいつはどんな奴なんだ?俺は、そんな恨みを買うことをした覚えはないんだが」
俺は、愕然とする気持ちをすぐさま切り替え、気になっていたことを少女に尋ねる。すると、少女は目を少し見開いた。
「お主、随分と切り替えが早いのぅ。端的に言うとあやつは、似たような能力を持つ集団の一人じゃよ。妾に込み入った理由もあって、主含めて敵対者と見做されるじゃろうな」
「なら、あんたは魔法みたいなさっきの力で俺を守ってもらえるのか?」
「残念ながらそれはできん。さっき代償の話をしたじゃろ?さっき妾が拘束できたのは永年溜めておいたものがあったからじゃ。今後はのう、ほれお主の手の甲を見てみろ?」
永年?そんな長く生きているような体格には見えないが・・・。そんな疑問は脇に起き、手の甲を確認してみるとなにかの刻印らしきものがあることに初めて気づく。
「なんじゃ?気付いとらんかったのか?それはな、妾とお主をつなぐパスのようなものじゃ。その刻印を通じて、お主は妾が持っとる力を行使し、妾は、妾自身の存在を維持する。そういうものじゃよ。ちなみに戦闘能力はここから離れるとほぼ皆無じゃからな。そんなわけでよろしく頼むぞ、契約者」
そんな衝撃的なことを告げた彼女は無邪気な笑顔だったが、俺にはそれが悪魔の笑みに見えた。




