第六話 Westfront 1914
さて、クリスマスに至るまでの西部戦線などの動きついて見て行こう。シュリーフェンプランの失敗によって速やかな戦争終結が困難になった。小モルトケは神経衰弱になった。
――希望に満ちた開戦が真逆に変わった。わずか数週間前の見事な戦役とはどんなに違うだろう。私は、人民が勝利を渇望したがためにこの不幸に耐えられないことを恐れている。
参謀総長の後任にはファルケンハインが就いた。ドイツ軍は突出してしまった戦線を支えるのは難しいと判断し、後退した。これはフランスでは「マルヌの奇跡」と呼ばれることもあった。ドイツにとって戦況が悪化していく中でドイツ政府内部でも対立があった。戦争を続けるか否か。戦況をはっきりと国民に伝えるか否か。
その中でも戦闘は続いていく。ファルケンハインもまた、西部戦線を先に終わらせようとしていた。ドイツが後退後に掘った塹壕がきっかけとなって両軍は塹壕を展開し始めた。塹壕はその性質上、背後に回られるととても脆いため、お互いに背後をとろうと北海へ向けて猛スピードで掘り進められた。そして北は海から、南は衛星中立国のスイスに至るまで、約700kmもの長大な塹壕が完成した。これによって長期化に拍車がかかった。
地力では明らかに協商国に分があるために、時間はドイツにとって敵以外の何物でもなかった。ファルケンハインは宰相に外交的な終戦を要求した。しかし宰相は応じず、また、軍内部でも英雄()のルーデンドルフなどが反対し、武力による終戦が決まった。
もしかしたら、この頃に既にドイツの運命は決まっていたのかもしれない。いずれにせよ、国民には大規模な二つの会戦――マルヌとイーペル――における敗北は明らかにならなかった。所謂大本営発表のような状態であったのかもしれない。
戦争は続く……多大な犠牲を払いながら……
第一次世界大戦には本当に多くの視点がある。
外交は次回で紹介し、科学はその次の回で紹介していく。




