第三話 クリスマスまでには帰れるさ
――1914年 オーストリア=ハンガリー帝国 ウィーン シェーンブルン宮殿
宮殿の一角では熱い議論が交わされていた。
最後通牒を突きつけたいがどうだろうか、とドイツ帝国に送った使者は承諾するという返事を持ち帰った。
そして今、その内容について議論している。
彼らは開戦を前提とした最後通牒を作ろうとしていた。
そんなことはドイツ帝国には知られていない。そのことにドイツ帝国が気付くのは、最後通牒がセルビアに突き付けられた後だった。
「一つでも承服できない条件があれば開戦であると通達しましょう」
「返事は48時間以内で……」
「しかしこのような条件では全て呑まれてしまうしまうかもしれない。この条件を追加すべきである!」
「いや、これもお願いします」
「それに加えて、暗殺事件の裁判への介入という条件も……」
――そのような言葉が交わされた後、最後通牒はセルビアに通達された。通達後に彼らが思っていたのは、「全部承諾されたらどうしよう」とか「もう少し苛烈にすれば良かった」とかいうことであったという話もある。
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――同年 ドイツ帝国 ベルリン王宮
「何だこれは! 強硬すぎるだろう」
「呑めるはずがない。彼の帝国は開戦が目的か?」
休暇から戻った首相と外相は大いに驚いた。
「これは本当に戦争になるかもしれない。セルビアの後ろにはロシアがいる。もし彼の国が攻めてくるとなれば……」
「フランスとも戦う羽目になりますね。でもロシアの内政はズタボロです。今回は参戦してこないでしょう」
「ああ、そうだな」
それから数日後……
「セルビアの返答がわかりました! わずかな条項を除いて全ての要求を呑みました」
「セルビアも努力したんだな」
「そうですね」
「しかし……全部は承諾していないのだからオーストリアが動いたのだろう」
「我々も備えま……」
そこへ一通の書簡が届けられた。
「何と書いてある?」
「ロシアが動員を開始した模様です」
「わかった。今すぐ皇帝陛下の許で会議だ」
まずは皇帝、ヴィルヘルム2世が口を開く。
「ロシアは立たないはずだったのでは?」
「どうやら状況が変わったようです。陛下、我が国も動員を開始しましょう」
「ロシアには動員をやめるよう最後通牒を出しましょう」
――しかし脅しも虚しく英仏露の三国が参戦し、独墺と英仏露を中心とした、欧州全土を巻き込む近代戦が始まったのであった。
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――1914年 ロンドン(とある青年視点)
友達から聞いた情報によると、今回の戦争は今までとは大違いらしい。
なんでも「The War to End All Wars(全ての戦争を終わらせるための戦争)」と言われている。
でも僕たちが生まれてから大きな戦争は起きていないから、どんなものなのかがイマイチわからない。
ちょっとした勇気のある肝試しだという話を聞いたこともある。
僕は少し前に兵隊さんに志願してきた。
もう支度も整ったから、あとは出掛けるだけだ。
母さんはしきりに心配してくるけど、それほどのものではないと思うんだよなあ。
どうせクリスマスまでには帰れるのだからそれまでの辛抱だ。
「くれぐれも自分も大切にね」
「なんだよ、辛気臭いじゃないか。どうせすぐに帰ってくるんだ、こんな滅多にない遠足のようなものなんだろ? じゃあ、行ってくるね。『クリスマスにまた!』」