第一話 開戦への道
――1914年6月28日 サラエボ
遂に世界を震撼させる爆弾が爆発した。
オーストリア=ハンガリー帝国の皇位継承者、フランツ・フェルディナント大公がセルビア人の青年、カヴリロ・プリンツィプに暗殺されたのだ。
大公はスラブ人に対して一定の理解を持っていたとも言われるが、彼を失った帝国は暗殺を指導した大佐の引き渡しを拒んだセルビア王国に宣戦布告。これに対しスラブ民族の守護者たるロシア帝国がオーストリア=ハンガリー帝国に宣戦布告した。
オーストリア=ハンガリー帝国と同盟関係を結んでいたドイツ帝国も参戦した。ロシアの要請によってフランスが参戦し、その後はイギリスがドイツのベルギーに対する中立侵害を理由に宣戦。
斯くしておよそ十日の間に主要国が次々と戦争状態に突入し、前代未聞の世界戦争が始まった。
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多くのことが複雑に絡み合ってこの大戦は勃発した。
ここからは少し時間を巻き戻し、物語を交えて展開していくことにする。
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――1871年1月18日 パリ ヴェルサイユ宮殿 鏡の間(プロイセン将校視点)
ナポレオンの時代が終焉したことで生まれたウィーン体制と呼ばれる外交関係は、かねてより揺れていた。
1852年にフランスでナポレオン3世が即位して以来大きく動いていた外交は、この日を持って新たなステージへと進むに違いない。首相のビスマルク閣下や参謀総長のモルトケ閣下に陸軍大臣のローン閣下、そして何よりもヴィルヘルム陛下――多くの人物による功績であろう。
今日という日を、ドイツ民族は心待ちににしていただろう。
私も心が湧きたって仕方がない。
多くの領邦に別れていたドイツは、これからはドイツ帝国という一つの国として生まれ変わるのだ。
考え事をしていると場の空気が少しづつ興奮したものになってきているのがわかる。
私以外にも感動している者はきっと多くいるだろう。
そもそも、この場に居合わせていること自体が幸運である。
「ここに、ドイツ帝国の成立を宣言する!」
威厳に満ちた宣言に対し、一斉にサーベルを掲げて忠誠を誓う。
掲げられた腕は感動に打ち震えている。
何はともあれ、これからドイツ民族が繁栄していくのは間違いないだろう。
ドイツ帝国万歳! 皇帝陛下万歳!
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1815年頃からパワーバランスを保っていたウィーン体制は名実共に崩壊した。
この際の講和条約において、国境地帯にあたるアルザス=ロレーヌまたはエルザス=ロートリンゲンと呼ばれる地域が帝国に割譲された。
これによりフランス国民はドイツを目の敵にする。
そしてそれは次なる戦いの苛烈な講和条約に影響を及ぼしたのだった。
一方ドイツ帝国はフランスとの戦争回避のために各国と同盟をして回った。
1873 第一次三帝同盟
1879 独墺二国同盟
1881 第二次三帝同盟
1882 独墺伊三国同盟
1887 独露再保障条約
ところがその最中、ある事件が起きた。
1890年、鉄血宰相オットー・フォン・ビスマルクが失脚し、ドイツ皇帝ヴィルヘルム2世が親政を開始した。
その年の内に独露再保障条約は破綻し、その翌年には露仏協商が成立。これによってドイツが恐れていた、フランスとロシアに挟まれるという事態が発生した。
1904年には英仏協商、1907年には英露協商が成立した。
ここに三国協商vs三国同盟という構図が完成したのだった。
あとは何かきっかけがあればそれが瞬く間に飛び火して、歴史上でも類を見ない戦争が起きるのが明らかになった。
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――1900年 パリ(パリ市民視点)
世紀末のパリでは、万国博覧会が開催されている。
かつてない程の人がここに集い、新たなる世紀への希望を抱いている。
私が感動したものの一つに、エスカレーターがある。アメリカの会社が出展したものだが、これは間違いなく革命的な技術であろう。
この万博では他にも数多くの先進的な技術が展示されている。
これからもきっと、科学は"人類の平和と発展"に寄与してくれるだろう。
「くじが当たって本当によかったな」
横にいた妻に声をかけると彼女もまた微笑んでいた。
「ええ。そうですね」
「何か気になるものは見つかったか?」
「あの観覧車なるものに乗ってみたいです」
実は私も気になってはいたが、かなりの人気で断念しようとしていた。
まあ、いい機会だろう。
「行くか」
「はい」
私は歩きながら、今まで見た展示を思い出す。
ここ百年の美術を振り返った『フランス美術100年展』はかなり良かった。まさに「芸術の都」パリを象徴するような展示だった。
様々な流派の絵画があり、ものすごい活力を感じた。絵画からもわかるが、この世紀は本当に激動の世紀であった。
20世紀もきっと、"希望に満ちた笑顔の溢れる"世紀となるであろう。人類はもっともっと発展できるに違いない。
「あら、どうしたの? 顔が赤いわよ」
どうやら興奮して顔が赤くなっていたらしい。
「これまでの展示を思い出していたら、胸が躍ってしまってね」
「そういうことね。私もこれからの世界に希望を感じたわ」
どうやら同意見の彼女に何が面白かったか聞いてみる。
「ところで君は何が一番気に入ったかね?」
「一番と言われると悩んでしまいますが……日本館は良かったです」
「日本か。彼の国の芸術的趣味はすばらしいと私の友人も言っていたよ」
「ロイ・フラー劇場の公演が一番ですかね」
「あれは面白かった」
「女性のほうのお召し物、あれは何ですの?」
「あれは着物というらしい。日本趣味の友人が妻に着せていたよ」
「私も着てみたいですわ」
確かに着物は彼女にも似合うだろう。
「わかった。彼に掛け合ってみることにしよう」
そう言った後の喜ぶ顔が眩しい。
「あっ、着いたみたいですよ」
知らぬ間に着いていたようだ。改めて見てみるとかなり大きい。
革命百周年を記念して作られたあの塔ほどではないにしても、かなりの高さを誇っている。
そうして私と妻はこの観覧車に乗り込むのであった。
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1900年のパリ万博は大盛況だった。4800万もの人が各国から訪れ、皆その科学技術の進歩に驚いた。
欧州は希望に満ち溢れていて、人類には明るい未来が待っていると信じて疑わなかった。
その夢は20年も経たぬうちに潰えるが、この頃の世界の中心はと言えば、間違いなく欧州であったであろう。