8話 誰しも休息は必要です
横からホワイトグリズリーの太い腕が迫ってきている。
なんとか逆の方向に飛ぶことで回避。よし、躱せた。
安心するのも束の間、顔を上げると今度はストレートバードが俺めがけて飛んできていた。
まずい。横に飛んだことで態勢が不安定だ。今すぐあれを躱せる態勢にはなれない。
そこで、わざと足をもつれさせて転ぶことで回避する。
危ない。今俺の頭の真上をストレートバードが通り過ぎて行った。
なんとか躱せたと思った次の瞬間、ルーンファングが俺に向かって飛びついてきた。
しまった。転んだせいで躱せない。これはやられる!
「はいはいそこまで。『ファイアーウォール』。」
ルーンファングの攻撃が当たると思った次の瞬間、俺の周りに巨大な火柱が立ち上った。
くそっこれで終了か。
「『魔物呼び』解除っと。ほら魔物は早く散った散った。」
「グルルルル……。」
「散れって。」
「キャイ!? クゥ~ン。」
べへモスがすごむことによってあんなに集まっていた魔物達はそれぞれ自分の住処へ帰っていった。
さすが腐っても魔王軍幹部なだけはある。
「本当に無茶するよ。『大量の魔物と一斉に戦う』なんて。俺は冗談のつもりで提案しただけなのに本当にやるっていいだすなんて。全身ボロボロじゃないか。『ヒーリング』。」
「ふう……。」
べへモスが俺に回復魔法をかける。
これで体中にあった切り傷や擦り傷は全て完治する。
便利な魔法だ。
「何回も言ってるけど俺の回復魔法で治せるのは簡単な怪我だけだからね? 骨とか折られるとそれこそ治しようがないんだからやめてよ。」
「ああ、わかってる。」
「本当かなぁ……。」
こいつなんだかんだで親気質があるな。
こう……なぜかほっとけないみたいな。
敵対していた時は気づかなかった一面だ。
「じゃあ今日はもう終わり。また明日からも付き合ってあげるからむれぐれも一人でやるなんてこと考えるなよ?」
「分かってるに決まってんだろ。誰が一人でやるか。」
「君ならやりかねないから怖いんだよ……。」
失敬な。
さすがの俺もそこまで馬鹿じゃない。
失礼な野郎だ。
「じゃあ帰るよ。 ……っとその前に。」
「?」
「その服なんとかしなよ。君今あられもない姿になってるよ。」
「あ」
本当だ。白い布服に青いズボンという俺のいつもの稽古着がびりびりになって肌が露出してしまっている。
あー……しまった。着替えを持ってきていない。
「もしかしてだけど着替えを持ってきていない?」
「ああ。忘れてた。」
「はぁー……だから馬鹿なんだよ。」
「誰が馬鹿…」
「はい着替え。こうなると思ってあらかじめ持ってきておいてよかったよ。」
「お、おお……。」
どうやらこいつはあらかじめこうなることを予想して替えの服を持ってきてくれていたようだ。
ちょっと予想外だ。こいつがこんな気を利かせるなんて。
やっぱりこいつ親気質だな。
しかし、毎回服をびりびりに破いていれば服の浪費が凄まじいことになるな。破れにくい服を用意しておかねば。
「じゃあ、こんどこそ帰るよ。」
「ああ。」
しかし、やはり命がけでの実戦経験は効果的だ。
今回だけでもかなり強くなれた気がする。
これは修行の回数を増やした方がいいかもしれないな。
ふふふ……停滞していた修行がやっと進むようになったのを感じるぞ。
これでどんどん強くなれる。
「ふふふ……ふふふ……。」
「……なんだろう。面倒ごとに巻き込まれそうないやな予感が。」
そのためにもべへモス、お前の力を存分に借りさせてもらうぞ。
「……なぜこんなに冷や汗が止まらないんだろう。」
ふふふ……ふははははははは!
* * * * *
初めての実戦修行から1週間。
相変わらずべへモスを連れて実戦修行を行っているが、やはり成果が大きい。
この前なんて、父との模擬戦で初めて攻撃が掠った。
どんどん強くなっていっているのを感じる。しかも限界が見えない。
あの修行は大成功といえるだろう。
しかし、俺が強くなっていくのと比例して、べへモスの顔はどんどんやつれていっている。
昨日の修行終わりなんて虚ろな目で「この森を全て焼き払えばこんな面倒なことしなくて済むだろうか。」とか言っていた。
やはり魔王軍幹部といえど毎日こんなことをやるのは疲れるのだろうか。
修行中は俺が大きい怪我をしないように常に精神を張り巡らしているのだ。
まあそりゃ疲れるか。
さすがに一日3回合計6時間はやりすぎたか。
まあやめるつもりはないがな。
だが最近あまりに疲労しているべへモスを見てちょっといたたまれなくなってきたので、今日は修行はやらないことにした。
今日は俺もべへモスも1日中修行はせずに遊ぶ日にする。
たまには俺にもべへモスにも急速は必要だろう。
べへモスにその旨を伝えたら狂喜乱舞して親に心配されていた。
うん。これからはちょっとだけ修行の量を減らそう。
というわけで今現在は二人とも家でぐうたらしている。
最近は怒涛の日々だったので今日ぐらいはいいだろう。
現在……昼過ぎぐらいだろうか。
今俺とべへモスはべへモスの部屋にてぐうたら中だ。
べへモスには「なんで来るんだよ。自分の部屋に戻れよ。」と言われたが関係ない。
一人じゃちょっと寂しいんだよ。察してくれ。
窓から差し込む日光がとても心地よい。
おもわず寝てしまいそうになる。
だがここで寝てしまえば夜に眠れなくなる。
きちんと健康に体を鍛えるためには健康な生活は絶対条件だ。
なので寝るわけにはいかない。
眠たいのをぐっとこらえる。
眠気を紛らわすため、俺はべへモスを観察しようとべへモスの方を向く。
我ながらやっていることが意味不明だが仕方がない。
他にあまりやることがないのだ。
べへモスは現在白いワンピース姿でベットに寝転んでいる。
その顔は至福に満ちている。
こんな時間までベットの中にいられることがよっぽど嬉しいんだろう。
「はぁー幸せ。ベットの中がこんなに心地よいなんて知らなかったよ。」
「そうか。よかったな。」
「君の監視がこんな激務になるなんてね……。魔王軍の仕事をやっているほうがまだましだったよ。」
「悪かったな。」
「本当にそう思うならあんな危ない修行なんてやらないようにしてよ。」
「ごめん。それは無理。」
「くっそぅ……。」
無念そうな顔で枕に顔をうずめるべへモス。
その仕草は子供そのものだ。
こんな奴が本当に魔王軍最強の幹部なのだろうか? こんなんが幹部って大丈夫か魔王軍。
そういえば魔王軍幹部といえば、こいつ魔王軍の仕事は大丈夫なのだろうか。
ずっとここにいるが。
「ところでお前ずっとここにいるけど魔王軍のほうは大丈夫なのか?」
「んー? なにがー?」
「仕事。お前腐っても幹部だろ?」
「仕事ー?」
枕に顔をうずめながら答えるべへモス。
寝たままなのは別に構わないがせめてこっちを見ろ。
「そんなもん直属の部下の一人に全部押し付けたよー? 結構優秀だったからいけるかなって。そいつ他の幹部からの信頼も厚かったし。」
「うわっ……。」
こいつ……。
魔王軍幹部にの仕事となると結構な量だろ。多分だけど。
それを全部一人に押し付けるって……。
名も知らぬ部下に少し同情してしまいそうだ。
「べへモスの部下よ。糞みたいな上司をもって大変だな……。」
「……なんだかとっても失礼なこと言われたような気がしたんだけど。」
顔も名前も何もかも知らない魔族だが、こっそり手を合わせておこう。
べへモスの部下さん。ドンマイ。
「……魔王軍といえば他の幹部は元気かなぁ? 最近顔見れてないから心配だなあ。特にラウィアとか俺がいないからって泣いてないかなぁ。」
「他の幹部に仲がいいやついたんだな。」
「当たり前だろう? これでも魔王軍歴は魔王と同じぐらい長いんだから。」
「てっきりぼっちかと思ってた。」
「ひどくない?」
だってこいつこんな性格だしなぁ……。
「失礼だね君は。こう見えても俺は幹部を育てたことだってあるんだよ?」
「そうなのか?」
「そうだよ。今いる幹部の中で2人は俺の弟子なんだからね。」
「2人も?」
「ああ。ラウィア、ベルゼは正真正銘俺の弟子だよ。特にラウィアは俺が手塩にかけて育てた自慢の弟子さ。」
「へぇー。」
「あんまり興味なさそうだね君。」
まあ魔王軍の内情なんて聞いてもなあ……。
だが、意外とこいつって他の奴と仲が良かったんだな。意外や意外。
魔族にも、当然だが大切な人がいるんだな。
……突然だが、ふと考えたことがある。
こいつは俺を、勇者ライという存在を恨んでいないのだろうか。
今の体になってからは魔族を殺したことは一度たりともない。
だが、前の世界では大量の魔族を殺した。それこそ万じゃきかないくらいに。
その中にはさっきこいつが言っていたラウィアやベルゼビュートも含まれる。彼らを殺したのは紛れもない俺だ。
もちろんそれを後悔するつもりはないし、生まれ変わっても変えるつもりはない。
どれだけ他の奴にとって大切な魔族でも、魔族は魔族。人類の敵だ。
躊躇をしたら逆にこっちがやられる世界なんだ。
だが、こいつはそのことをどう思っているんだろう。
こいつは彼らとはそれこそ仲間同士だったんだ。
前までは気にも留めていなかった。だが、今は違う。
こいつとまだ1か月ほどの短い期間だが一緒に過ごして分かったことがある。
こいつはどこか抜けていて人を小馬鹿にするしたやすく人を殺すとか言っちゃうむかつく野郎だが、いいやつだ。
きつい修行にも文句をいいながら付き合ってくれているし、ぶつくさいいながらもしっかりと俺の親や子供たちとちゃんと接している。
俺が過労で倒れた時に家まで運んでくれたこともある。
確かに一回俺を殺した野郎だが、あの時は敵同士だった。
そのことに恨みがないわけではないが、しょうがなかった部分もある。
ぶっちゃけると、俺は少しこいつに心を許している。
確かにこいつは魔族だ。人類の敵だ。
いつかは殺さないといけないのだろう。
だが、それ以上にこいつには恩義を感じている。
俺があそこまで無茶な修行ができるようになったのはこいつのおかげだ。
それに一応ではあるがこいつは俺の命の恩人だ。
俺はこいつを純粋な人類の敵として見ることを時に躊躇してしまう。
だから、俺はいざこいつを殺すとなったら殺せないことはないが躊躇するだろう。
少し悔しいが、俺はこいつのことを気に入っている。
だが、こいつは。
こいつはどう思っているのだろう。
こいつが俺に付き合ってくれているのは実際は時間逆行をしたくないという思いがあるからだ。
そこには恐らく友情なんてものは存在しないだろう。
その上、俺は前の世界ではこいつの大切な人を殺した。
恨まれていてもしょうがない。
俺がもしこいつだったら衝動に任せて殺してしまうかもしれない。
だがこいつはそんなことはしない。
文句をいいながら俺に付き合ってくれる。
どうなんだ。こいつの心が分からない。俺を恨んでいるのか。憎んでいるのか。
「なあ、べへモス。」
「ん?」
俺が声をかけると、奴は顔を枕から外し、俺の顔を見てくる。
「お前は……。」
「何?」
俺を、憎んでいるのか?
「……いや、なんでもない。」
「なんだよ。呼びかけておいて。」
「なんでもないっつってんだろ。」
「ふーん。まあ無理には聞かないけど。」
駄目だ。聞けない。
その答えを聞くのが怖い。
拒絶されるかもしれないことが怖い。
……ははっ。俺もずいぶん女々しくなったもんだ。
かつて『最強の勇者』と呼ばれた俺が。情けない。
「……暇だな。なんだかんだで君の修行がないとやることがない。子供らしく遊びにでもいこうか。またあの子供たちでも誘ってさ。」
「……ああ。」
「? どうしたんだい? 急に元気がなくなったねぇ。生理?」
「違うわアホ!」
「はははっ元気あるじゃないか。それでこそ君だよ。」
「くそ……。」
「じゃあ、いこうか。結局初の顔合わせ以来あの子たちと会えてないしね。」
「また困らされろ糞野郎。」
「どうだろうねぇ。もう耐性はついてるんじゃないかな。」
結局いつもの調子に戻される。
はぁ……。悩んでた俺が馬鹿みたいじゃないか。
きっとまだ聞くときじゃないんだろう。
だから今はこの質問はそっと心の中にしまっておく。
だが、いつか。
いつか、お前の心の内を聞かせてもらう日がくるだろう。
もしかしたら俺を否定されるかもしれない。殺したいほど恨んでるといわれるかもしれない。
まあ、その時はその時だ。
その時は全力で殺し合いでもすればいい。
お互い気が済むまで殺りあえばいい。
あいにく、俺もお前を全く恨んでいないわけじゃないんでな。
「じゃあ、用意するから君も部屋に戻りなよ。」
「ああ。」
だが、その時までは。
その時までは、今みたいな関係を続けさしてくれ。
今みたいな、友達のような関係を。