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4話 ある日森の中くまさんに出会った

 



 魔物襲撃事件。


 森の奥地に生息しているはずの魔物がなぜか村に降りてきたうえに村で暴れまわった事件だ。


 幸い早期発見をした村の人たちが集団で対応を行ったため大事にはいたらず、数人のけが人で済んだ事件だ。



 あまり記憶に残る事件じゃなかったため、すっかり頭から抜けていた。



「ガアアアアアアアアアアアアアア!」


「ひぃっ! まっ魔物!」


「こっこの! あっちへいけ!」



 その事件の首謀者、つまり村で暴れまわった魔物こそ、今俺たちの目の前にいるホワイトグリズリーだ。


 ホワイトグリズリー。

 森の奥地に生息する魔物で、その特徴は雪のように白い毛皮と、なんといっても大きいものは10mに達するとまで言われる巨大な体であろう。


 その体は見かけによらず俊敏で、走っているときの最高時速は60m/hにも到達するという。



 森に生息する魔物の中では中の上ぐらいの魔物だ。

 森の奥地の生態系の中ではごく普通な魔物といっていいだろう。


 俺も前の体じゃよく狩っていた。そこまで強い魔物というわけではない。



「グルルルルルルル……。」


「お、おい…・こいつ、俺らのほう見てないか……。」


「ひぃっ!」



 だが、腐っても魔物。7歳程度の子供が束になったところでまず勝てる相手ではない。


 となればとらなければならない行動はただ一つ。



「皆! とにかく逃げるぞ! バロットはミラを背負って! とにかく村まで逃げれば大人たちがなんとかしてくれるはずだ!」


「お、おう!」


「分かった。ほらミラ。早く俺の背中に乗れ。」


「う、うん。」


「うわあああああああああん! お母さん怖いよおおおお!」



 とにかく逃げる。村まで戻れば大人たちがなんとかしてくれる。


 大人たちが解決してくれることは俺の前の体の歴史が物語っている。


 とにかく全速力で村の方向へ走る。


 一番体力のあるバロットにミラを任せたがその判断は正解だったようだ。難なく俺たちのスピードについてこれている。



「うおおおおおおお全速力うううう!」


「馬鹿な事言ってないで走ることに集中しろよ! だからいつまでたっても『お馬鹿のテッダ』なんてあだ名で呼ばれんだよ!」


「なんだと! 馬鹿とは何だ! お前あとで覚えとけよ!」


「分かったから全速力で走れ馬鹿!」


「誰が馬鹿だ!」


「うわあああん二人とも馬鹿なのは変わりないよおおおおおお!」


「「なんだとてめえ!」」


「いいから走れ。とにかくあいつから離れるんだ。」


「「おお……バロットかっけぇ……。」」


「お、お馬鹿なところもテッダの良いところだと思う……。」


「どうしてメイルはこんな時に頬を赤らめてるのかしら?」



 こんな時でも平常運転だなお前ら。ある意味すげえよ。


 しかし……だいぶ走ったな。これであの魔物からはだいぶ離れることができたはず。ひとまず安心か。一応念のためどのくらい離れることができたか確認しておこう。



 って! おいおい……まじかよ……。



「ちょっと待ってよ……あいつ私たちのこと追いかけて来てない!?」



 後ろを確認すると、そこには走りやすいように四足歩行の態勢になってすごい勢いで俺たちの方へ向かってきているホワイトグリズリーの姿があった。



「はああああ!? おいおいやべーじゃねえか!」


「うわあああああ!」


「落ち着けジャンタ! 落ち着いて朝の体操だ! はいいーち!」


「「「お前が落ち着け!」」」


「とにかく走ろう皆! 少しでもあいつから離れないと!」



 とにかく走る。とにかくあいつに追い付かれる前に村へ戻らなければ。


 俺たちは全員全速力で走った。それこそ今まで出したことのないようなスピ―ドで。



 だが…これはまずい。



「ガアアアアアアアア!」


「はぁ……はぁ……駄目だ! 全然あいつとの距離が広がらない!」


「どうするんだよライ! このままじゃ追い付かれるぞ!」


「くそっ! あいつ思ったより速いな!」


「うわああああん死にたくなよおおおお!」


「テッダだけは何としてでも守るテッダだけは何としてでも守るテッダだけは何としてでも守る……。」



 やはり子供の足じゃ無理がある。俺たちのスピードじゃホワイトグリズリーを撒くことは不可能なようだ。どんどんホワイトグリズリーとの距離が縮まっていく。



 ところでメイルよ。君はこんな緊急事態になっても唯一平常運転だな。いろんな意味で羨ましいよ。


 しかしどうしたものか……。


 このまま逃げ続けてもいずれあの魔物に追い付かれて全員殺されるのがオチだ。

 かといって立ち向かおうにもまず勝てる相手ではない。


 となれば、方法は一つしかない。絶対にやりたくなかったが、全員が生き残るにはこれしかないだろう。


 俺は走っていた足を止め、持ってきていた木刀を構えた。



「ライ! なんで止まるんだ! 早く逃げないとあの化け物に追い付かれちゃうぞ!」


「私がここで奴を食い止める。その間にお前たちは村へ戻ってこのことを大人たちに知らせて来てくれ。」


「そんな……無茶だ! いくらライちゃんが他の子たちより強いからってあんな化け物倒せっこないよ!」


「ああ、私だって倒せるなんて思っちゃいない。だから早く行って大人たちを呼んできてくれ。私があいつに殺される前に。」


「そんなこと言わず一緒に逃げるぞ!頑張れば逃げ切れるって!」


「そうだ! 俺はお前が死ぬところなんて見たくねえぞ!」


「そうだよ! そんな危険なことをしなくても皆で逃げれば大丈夫だよ!」


「一緒に逃げようよ!」


「そうよ! おんぶされてる私がいうのもなんだけど皆で逃げた方がいいわよ!」


「「「「「なにもライ(ちゃん)が危ないことをする必要はないよ!」」」」」



 うーむ仲間想いのいい子たちだ。おじさん思わず泣いちゃいそう。皆が俺を心配してくれている。



「……テッダの心に傷を負わせる気?許さないわよ……。」



 や、約一名ほどなぜか殺気をぶつけている人物もいるものの。


 まあなんだかんだで彼女も俺のことを心配してくれているのだろう。

 その証拠に口ではああいっているものの顔には心配げな表情を浮かべている。


 思わず涙がこぼれ落ちそうになるが、今はそんな悠長なことをしている暇はない。

 こうしている間にもあの魔物はどんどん俺たちに近づいてきているのだ。


 なんとか皆をいち早く説得しなければ。



「このまま逃げても絶対に追い付かれて全員やられる。だから誰かがあいつを食い止めなければいけないんだ。この中でそれをやるべきなのは私だと思う。」


「じゃ、じゃあ男の俺が……。」


「いや、テッダじゃ無理だ。残酷なことを言うようだが君にあれを食い止めることは不可能だろう。君もうすうすそれは分かっているんだろう?」


「そ、それは……。」


「この中であいつを食い止めることができるのは私だけだろう。だから早く。私を助けたいと思うのならいち早く大人たちを呼んできてくれ。」


「でも……。」


「分かった。」


「「「「「「バロット!?」」」」」」


「行くぞ皆。ライ。絶対に持ちこたえろよ。」


「くそっ……。おいライ! 死んだら承知しねーからな!」


「絶対に俺たちが来るまで死ぬなよ!」


「ははっそう思うなら早く戻ってきてくれよ? 私だって死ぬのは御免だからな。」


「いいから早くいくぞ。早くしないと追い付かれる。」



 遠くへ走りさっていく7つの小さい背中を見送ると、俺は改めてホワイトグリズリーの方へ向き直る。


 あいつも俺の存在に気が付いたのか、全速力で走ることをやめ走る態勢である四足歩行から獲物である俺を捕食するため前足を上げ二足歩行の態勢になった。



「グルルルル……ガアアアアアア!」


「おーおー怖い怖い。思わず足が竦んじまうぜ。だが俺もただではやられねえぞ!」



 自分を奮い立たせるため独り言を言い放つ。そして構えていた木刀の切っ先を奴へ向ける。


 正直言って今すぐ逃げたい。本能のままに従うなら今すぐ木刀を投げ捨て全速力でこの場を去りたい。


 だがそういうわけにもいかないところが辛いところだ。


 ホワイトグリズリーか。前の世界で狩りまくった恩恵で、奴の特徴、能力、弱点は全て把握している。だがそれでも奴に勝てるビジョンは見えない。


 体格、力、能力全てにおいて俺は奴より圧倒的に格下だ。

 正面戦闘では1分ももたないだろう。


 木刀を構えているものの、奴の頑丈な体からしたらこんなもの有っても無くても大差ないだろう。


 どれほど奴の体を攻撃したところで奴へのダメージはほぼゼロである。


 ならば。



「狙うは……目。」


「グルルルルルル……」



 たとえどんな生物であっても目は鍛えることはできない。たとえ魔王であっても、目だけは常に無防備なのだ。


 いささか安直な発想ではあるが、この持っている木刀で奴の片目を潰す。


 それが今できる最善手であろう。


 目を潰したあとは無理に倒そうとせずただひたすら逃げ続ければいいだろう。

 奴も片目を失った後であれば正確に俺を追うことは不可能なはず。


 そうなれば大人たちが来るまで逃げ続けることは十中八九可能だ。



「『先読み』発動。」



 とりあえず『先読み』を発動しておく。


 この能力を使わなければ奴の目をつぶす前に間違いなくお陀仏だろう。

 俺はまだ死ぬわけにはいかないんだ。


 奴の次の攻撃は……右前足による薙ぎ払い。



「ガアッ!」


「おおっと危ねえ!」



 奴の放った薙ぎ払いをぎりぎりのところで回避する。


 あっぶねぇ。もう少し避けるのが遅かったら奴のたくましい前足によって天へ召されていただろう。


 奴の攻撃が先に分かるとはいえやはり身体能力に差がありすぎる。

 このまま長引かせれば絶対にいつか奴の攻撃に当たってしまう。


 これは早めに決めた方がよさそうだ。



「グルルルル……ガァ! ガァ! ガァ!」


「ふっ! よっと! あぶねっ!」



 奴の攻撃を『先読み』を駆使し紙一重で躱していく。


 そして期を待つ。奴が隙を見せるその時をじっと待ち続ける。


 お前が隙を見せたその瞬間、お前の負けだ。


 チャンスは一度きり。

 もし失敗した場合奴は目への攻撃に対する警戒を強めるだろう。そうなればもう俺に勝ち目はない。


 絶対に失敗は許されない。



 なので慎重に見極める。奴が決定的な隙を見せる瞬間を。



「グルルルル……ガァァァァァァ!」


「うおっマジか!」



 奴は一向に攻撃が当たらないことにしびれを切らしたのか、ただメチャクチャに前足を振り回し始めた。


 でたらめで太刀筋もメチャクチャな攻撃だが、むしろ攻撃の密度が増えた分、今まで俺をピンポイントで狙った攻撃より数段厄介だ。


 とにかく全神経を集中して回避に徹さなければ。



「右! 下! 左! また右! くそっきりがねえ!」


「ガァァァァァァ!」



 こんなんじゃ隙を見つけるもくそもない。

 とにかく回避に全神経を注がなければやられてしまう。


 奴のでたらめな攻撃をただひたすらに『先読み』を使って躱す。躱す。躱す。


 だが回避にも限度がある。いくら攻撃が避けれるといっても俺の体力はそんなにあるわけではない。いずれ回避の精度が落ちて攻撃に当たってしまう。


 まずいぞ……このままじゃじり貧だ……。



「ガァッ!」


「うおっ!」



 今のは危なかった。ぎりぎり後ろに飛んで奴と距離を取ったため躱せたが、あと数拍躱すのが遅ければ当たっていただろう。


 その証拠に俺が来ていた服が今の攻撃のせいで奴の爪によってびりびりに破れちまった。


 まずい。タイムリミットは近づいている。どんどん俺の回避制度は落ちてきている。心なしか息もあがってきた。



 奴は俺の服が破れているのを見て攻撃が当たりかけたことを察したのか、でたらめに腕を振り回すことをやめ悠然とたたずんでいる。


 その顔には心なしか余裕が見えるように感じる。奴の中ではもう俺は殺せることが確定したのだろう。

 まずい。このままじゃ絶対に負ける。



 こうなったら一か八かだ。



 俺は木刀の切っ先を奴に向け、全速力で奴へ突撃した。



「うおらああああああ!」


「ガァ!?」



 まさか奴も俺が突撃してくるとは思ってもみなかったのか、驚愕の表情を浮かべていた。


 よし……奴まであと5m……4……3……2……1……。



「今だっ!」


「!」



 奴が目と鼻の先まで来たとき、俺は大地を蹴り飛び上がった。


 そして奴の目をめがけて木刀を突きつけた。



「おらああああ!」



 よし!これは当たっ…。



「ガァ!」


「なっ!? がっ!」



 だが、俺の攻撃はあと一歩のところで奴が放った薙ぎ払いによって奴の目に届くことはなかった。


 奴のはなった薙ぎ払いは正確に俺の脇腹をとらえ、肋骨を粉砕し、内臓を揺らした。


 肺から空気が全て出、空気が吸えなくなる。目の前がかすみ、意識も朦朧としだす。



 朦朧とした俺の意識がその目でとらえたのは、俺を殺ったと確信したのか完全に油断しているホワイトグリズリーの姿だった。



 ……計画通り。



 俺は最後の力を振り絞り、自分の体が吹っ飛ぶ前に手に持っていた木刀を奴の片目へ突き刺した。



「うおらっ!」


「ガッ!?」



 俺が放った木刀は正確に奴の目を捕らえ、片目を潰すことに成功した。


 だが、よしと思った次の瞬間俺の体は衝撃に逆らうことなく吹っ飛び、近くの木に激突した。



「ぐっ……。」


「ガアアアアアア!」



 よし……成功した……。


 俺の目線の先には片目に木刀が刺さりながら暴れまわっている奴の姿があった。


 奴の目を潰すことには成功した。あとは逃げるだけ。


 だが……体に力が入らない。奴の攻撃のせいだろう。逃げるどころか、足を動かすことさえままならない。予想以上にダメージが大きい。


 さすがに他に方法はなかったとはいえ無茶をしすぎたか……。



 まずい……意識を保つことさえままならない。


 気を抜いたらすぐにでも意識が飛んでしまう。今すぐに逃げなければならないのに。

 くそっ……動け俺の足……。



 だが俺の足は無情なことに立ち上がることさえ拒否をする。膝を曲げることで精一杯だ。

 それどころかもうそろそろ限界だ……意識を保てない……。

 まだ俺は死ぬわけにはいかねえのに……。



 くそ……力を振り絞れ俺の体……!



 だが、そんな俺の想い虚しく、目の前が暗くなっていき、俺の意識は途絶えた。



 俺が最後に見た光景は、怒り狂った表情でゆっくりと俺の方へ向かってくるホワイトグリズリーの姿だった。


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