2話 うわ…私の体、弱すぎ…?
俺がこの世界に転生してから約5年。
現在5歳である。相変わらず俺の体は女のままだ。数年たったらもしかしたら何か奇跡がおきて男に戻れるかもとか考えてたりしたがそんなことはなかった。
こんな体じゃろくに筋トレもできやしない。不便極まりない。
「ライ! もっと相手の太刀筋を見極めろ! お前の身体能力じゃ相手の太刀筋が目に見えてわかるころには切られているぞ!」
「っはい!」
「いい返事だ! もう一度行くぞ!」
5歳になった俺は今、庭でひたすら父親と木刀の打ち合いをしている。父に剣術を教えてもらっているのである。
先に断っておくが児童虐待や超絶スパルタ親ってわけじゃないぞ。
俺が自ら頼み込んだのだ。
ああ見えても俺の父親は王都で騎士師団長を務めるほどには腕がたつ。
彼と剣を交えていればそれなりの経験値になる。
最後まで両親には反対されたがな。危ないからって。
まあいざ始めてみればこの父案外ノリノリである。
父よ、娘の危ない提案を必死で止めていたころのあなたはどこへいったのでしょう。
なぜこんなことをしているのかというと、答えはいたってシンプル。強くなるためだ。
兎にも角にも強くならなければ始まらない。
強くなければかつての悲劇を止めることだって不可能だしアリアに会えるほど勇者としての位を高めることも不可能だ。
そんなんじゃせっかく転生しても無駄だ。かつての願望を叶えるために俺には力が必要だ。
それにしては修行を始めるのが早いと思うやつがいるかもしれない。
なんたって俺は現在5歳。強さなんてまったく必要としない年齢だ。
俺だって心の隅ではそう思っている節もある。だって5歳だぞ。
普通なら勉強も鍛錬もせず親にひたすら迷惑をかけることが仕事みたいな年齢だ。
ただ飯食って寝てを繰り返しておけばいいまだまだ子供な年齢だ。
そんな年齢から鍛錬だなんて我ながら馬鹿なんじゃないかと正気を疑う。
前の世界でだって俺が鍛え始めたのは12歳の時だ。
5歳のころなんてそれこそ食っちゃ寝して友達と遊んでいた記憶しかない。間違っても鍛錬なんてしていなかった。
じゃあなぜこんなことをしているのかというと、早く鍛錬を始めないと俺自身が激弱な人間になってしまうかもしれないからである。
なぜそう思ったのか。その理由はただ一つ。
今世の俺の体、とてつもなくひ弱であった。
戦いの才能がほとんど存在しないと言い換えてもいいかもしれない。
戦いに必要な魔力であったり身体能力であったり。そんな部分が前世と比べて著しく低下している。
知ったきっかけは4歳の時。
そういえば今の体って女になってるから一様体の調子を確認しとくかと思い、いろいろ試した時だ。
ここまで俺は、まあまず問題ないだろうと高をくくっていた。
女になったとはいえ、体はかつての俺自身なのだから、そこまで差はないだろうと。
だがそれは大いに間違いであった。
たとえば魔力。
魔力の量ってのは生まれつき決まっているもので、増やしたりすることができない。
いわば魔力の保有量ってのは一種の才能だ。
強くなる上で必要不可欠な才能といっても過言ではないだろう。
前世の俺の体はそれこそ大魔導士以上の魔力を保有していた。
最上位の魔法でさえバンバン発動してなお尽きないほどに俺の体に保有されている魔力はけた違いだった。
ところが今世の体は、初級魔法数発か中級魔法1発で魔力が尽きるだろう。
一般人、例えばそこら辺で畑を耕しているような魔力と無関係の生活を送っているような人でも中級魔法数発は発動できるくらいの魔力量は保有している。
つまり、俺の今世の魔力保有量は一般人以下ってことだ。
これだけでも今後の人生に大打撃がでるほどの体の変化なのだが、神は残酷だ。こんなもので終わってくれない。
たとえば運動能力。
前世の体なら5歳の時点で100mを5秒で走れて、なおかつ全力疾走を30分は続けることができるような馬鹿げた身体能力を持っていた。
ところが今世はどうだ。
100mを走ろうとしてもそもそも最後まで体力が続かない。
100mどころか20mくらいの地点で息が上がってしまうほどだ。とにかく最後まで走り切ってもタイムは1分以上。
これじゃナメクジと同レベルだ。
全力疾走なんて5秒続けばいいほうだ。
20秒続けたら倒れてしまうほどにこの体、体力がない。
一応まだ5歳児なので伸びしろはあると思うがあまりにも軟弱すぎる。
こんな体のまま冒険にでたらそれこそそこら辺のスライムにさえやられてしまうだろう。
たとえば動体視力。
前世の体は5歳の時点で前から高速で突撃してくる鳥でさえスローモーションに見えるほどの動体視力があった。
鳥といってももちろんただの鳥ではない。
ストレートバードと呼ばれる俺の村の近くの森に存在する魔物だ。
特徴はものすごいスピードでただひたすらまっすぐ飛ぶこと。飛んでいるときの最高時速は約400kmに到達するといわれている。
そんな鳥でさえ前世の体じゃ楽々と躱すか捕まえることができたのに、今世の体はどうだ。
キャッチボールで母が投げたボールでさえ目で把握するのがやっとのレベルだ。
女性である母が投げたボールを追うのでやっとのレベルなのだ。
当然父が投げたボールはまず見えない。気が付いたら体にボールが当たっている状態だ。
初めて父とキャッチボールをしたときはあまりの速さに腰が抜けた。
余りに酷い劣化である。
体の能力を物の大きさで例えるとするならば、前世はゾウで今世はミジンコだ。
このままではおそらく魔王を倒してアリアと結ばれるどころか冒険に出たとたんそこらへんにいる木っ端の魔物に殺されるのがオチだろう。
それは嫌だ。そんなんじゃ転生した意味がない。せっかく転生したのだから前の体では成すことができなかったところまで人生を進ませたい。
ただ、前の体と今の体で変わらない点がひとつだけあった。
それは、俺の固有能力である『先読み』である。
この能力だけは前の体と全く同じ精度で使用することができた。
この『先読み』が前の体と変わらず残っていることだけが唯一の救いだ。
この『先読み』、どんな能力かというといたってシンプル。
戦っている相手の数手先の攻撃を事前に読むことができるのだ。少し先の未来が見えるといってもいいのかもしれない。
まあ未来が見えるといってもみることができるのは戦っているとき限定でしかも戦っている相手の攻撃だけなのだが。
この能力があったからこそ俺は『最強の勇者』になれたといっても過言ではない。
なにせ相手の攻撃が全て先に分かってしまうのだ。戦闘においてはとんだチート能力である。
『先読み』が残っていたことは不幸中の幸いなのだが、今の俺はこの能力をうまく使いこなせていない。
使いこなせていたならもっと遅くに鍛錬を行っていただろう。
この能力さえあれば遥か格上の相手でさえ倒すことは可能だからな。
なぜ使いこなせていないか。それは今の体じゃ『先読み』を行っても意味がないからである。
なぜ意味がないか。使っても体が避ける前にその読んだ攻撃が相手から繰り出されているからだ。
どういうことかというと、先を読んでも俺の体が貧弱すぎるせいで体が追い付かないのだ。
そこにくるとわかっていても体を動かして躱す前にその攻撃が飛んでくるのである。
これじゃまったく意味がない。とんだ宝の持ち腐れである。
前の体じゃ最初から体が追い付いたため気づきもしなかった致命的な欠点である。
これじゃせっかくのチート能力も意味を成さない。ただの無駄な能力になってしまう。
ではこの欠点を改善するためにはどうすればいいか。
正解はただひとつ。この能力に体が追い付くくらいまで体を鍛えればいい。
そうすれば『先読み』はただのカス能力からチート能力に昇華される。
というわけでなんとしてでも強くなろう、前の体とまではいかずとも父親くらいは能力なしでレベルの体になりたい、と思ったためこんな年齢から鍛錬を行っているのである。
「ふぅ。一旦休憩しよう。無理をすることは逆効果だからな。」
「はぁ……はぁ……。」
「大丈夫かライ?やっぱりやめたほうが……。」
「いや……はぁ……やめない……はぁ……。」
「そ、そうか。」
「二人ともお疲れ様。はい、冷たい飲み物。」
「ああ、ありがとうレッカ。」
「はぁ……はぁ……。」
体を落ち着けるため近くの切り株に腰を落とす。凄く疲れた。こんな時には母が持ってきてくれたただの冷えた水でさえとてつもなくおいしく感じる。
しかし、やはり父は強い。さすが腐っても騎士師団長である。
いつもの母にべったりひっついている駄目男の姿からは想像もつかない。
「しかしライ。なぜ急に剣術を?女の子であるお前には余り必要じゃない能力だと思うんだが。それよりやっぱりママに家事事を教えてもらったりしたほうが……。ライ自身余り運動が得意ってわけでもないし……。」
「はぁ……はぁ……。それは……。」
俺と同じように庭にある切り株に腰掛けている父から質問が飛んできた。
当然の疑問だ。剣に憧れる男の子ならともかく今の俺の体は女だ。女の子が剣に憧れるなんてことはそうそうないだろう。
うーん。言うべきなんだろうか。
俺が実は未来から来たこと。
実は二人の子供ではあるが中身は微妙に違うこと。
俺の目的のために強さが必要なこと。
俺を溺愛してくれている二人のことだ。十中八九信じてくれるだろう。
信じた上で俺のことを受け入れてくれるだろう。
十何年一緒に過ごした親のことだ。性格はほぼ熟知している。
だが、話すということは俺が魔王を倒そうとしているなどといったかなり危ないことをしようとしていることも伝えないといけないわけだ。
それを伝えたらこの二人はどうするだろう。
これは予想だが全力で阻止しようとするだろう。
我が子がほぼ命知らずといっても過言ではない無謀なことを行おうとしているのだ。普通の親なら当然止めるだろう。
ただ説得してくるだけならいいが、もしかしたら鍛錬を打ち切られるかもしれない。いや、もしかしたらじゃない。十中八九中止する。
それはいただけない。
絶対に俺は強くならなければならないんだ。こんなところでつまずいている場合じゃない。
つまり言うべきではないだろう。いつかは言わなければならないがそれは今ではない。今はまだその時ではない。
しかしどうしようか。何かうまい言い訳はないだろうか。女の子が剣術を学んでも不自然ではない理由はないものか……。
「はっ! まさか村のガキ共に何か変なことを言われたのか? もしくは馬鹿にされたのか? くそっ悪ガキどもめ。いくらライが世界一可愛いからっていっつもちょっかいばっかりかけやがって。こうしちゃいられない。全員お仕置きしにいかねれば!」
「パパ。ライは何も言ってないわよ。そうやって勝手に決めつけないの。」
「ライが何も言っていなくても俺には分かる。可愛い可愛いライのことなら全て手に取るようにわかるさ。ああ……伝わってくる。ライの悲痛な叫びが……。パパしか頼る人がいないのって想いが……。ああライ。可哀想に……。おおかた運動ができないだのひ弱だの言われたんだろう……。よし、ライ。見返してやろうじゃないか。俺がお前をこの村一運動ができる子に育ててやろう。そして悪ガキどもを見返してやろうじゃないか!」
「パパ。パパ。はぁ……。これもう聞こえていないわね。」
「んん~……ん?」
俺があれこれ考えている間に父の中では完結したらしい。
なぜか知らないが異様にやる気に満ちているように見える。
今にも燃え出しそうだ。大丈夫なのかあれ。
しかしなぜか嫌な予感がする。変な悪寒が俺の背中を走りまわっている。
「そうと決まっちゃこうしちゃいられない。ライ! 休憩は終了だ。次からは剣の模擬戦だけでは駄目だ。運動もしっかりやっていくからな。なあに、パパに任せなさい。しっかりお前を村一番……いや国一番のできる人間にしてあげよう。まずは走り込みだ!」
「えっと……。」
「はぁ……パパったら……。」
状況が分からず母のほうを向くとあきれ返った顔で父のことを見ていた。そして俺が自分のことを見ていることに気づくと、若干苦笑いをしながら俺に向かってがんばれポーズをした。
何の頑張れなのだろうか。
「さあどうしたライ! 待っていても運動能力は上がらないぞ! さあ立って! とりあえず庭を十周するぞ!」
「えっ、ちょっ、まっ」
すると突然父が俺の手を掴んで立ち上がらせた。
そして俺の手を握ったまま全速力で走りだした。
「さあ行くぞ!うおおおおおお!」
「ぎゃああああああ!」
そのまま庭を十周どころか二十周くらいさせられた。見事に死にかけた。父め。絶対に許さないからな。
そのあと我に返った父はそれは綺麗な土下座を俺にした後母に家の中に連行されていった。そしてしばらくした後家の中から父らしき男の悲鳴が聞こえてきた。
父よ、自業自得だ。しっかりと母から罰を受けるがいい。それでも俺は許すつもりはないがな。
だがそのあと顔面蒼白ですみませんしか連呼しない父を見た時は少しは許してもいいかなと思った。
ていうか母は一体何をしたんだ。
どうやら生まれ変わっても母は最強のままらしい。いつまでも母には逆らえそうにはない。