1話 転生しました
目を覚ますと、見慣れた家の天井が広がっていた。
ここは……俺の実家?
うん、間違いない。見慣れた俺の実家の天井だ。
あの隅っこに不自然に存在するシミ。丸太が組まれただけに見える簡素な造り。見間違うはずがない。
紛れもなく俺が生まれ育った俺の実家の天井だ。
しかし……なぜ?
俺はさっきまで魔王城にいたはず。なぜ魔王城より何千kmも離れた我が家に俺はいるのだろう。
そもそも俺は助かったのだろうか。あの重傷で? ……まずあり得ないがどうなのだろう。
ていうかそもそも俺の実家は……。
「ふぅ……産まれたぞレッカ。はぁ~疲れた。」
「はぁ……はぁ……お疲れ様エルト。ありがとうね、お仕事休んでまで帰ってきてくれて。」
父親と母親の話し声が聞こえる。何年と聞いた声だ。間違うわけがない。しかし……なぜだ。なぜ2人の声が聞こえるのだろう。絶対に2人の声が聞こえるはずないのに。
だって俺の両親はすでに……死んでいるはずだ。
「なあに、可愛い我が子が生まれてくる時まで仕事をやるほど仕事人間じゃないさ。どれどれ~パパでちゅよ~。ああとてつもなくかわいい。まるで美の女神の生まれ変わりだ。」
「ふふっエルトは将来親バカになりそうね。私にもお顔を見せてちょうだい。」
「なっ!俺は断じて親バカではない! 事実を言っているだけだ!」
「はいはいわかりました。分かったから見せてくれないかしら?いつまで独占しているつもり?」
「すっすまん…。ほら、これでいいか?」
「ありがとう。ほらママですよ~。」
両親が俺の顔を覗き込んできた。ふむふむいつも見ていた両親の顔……って若っ!
まるで新婚の時の2人だ。昔見せてもらった写真に出てきた2人の顔にそっくりだ。
しかし我が親ながら美男美女である。
しかし…なぜだ。両親はもうこの世にいないはず。もしなにかの手違いで生きていたとしても今はもう40代のはずだ。こんなに若い見た目をしているはずがない。
もしかして人違い? 声と顔がよく似ているだけの人なのだろうか。
しかし髪の色は女のほうは茶色で男のほうは淡い青色。俺の両親の髪の色だ。
目の色だって女のほうは碧色で男のほうは黄色。両親の目の色と同じだ。
母親の目と髪の組み合わせは世界でよく見る組み合わせだが父親の目と髪の組み合わせはかなりレアだったはずだ。
世界に自分とそっくりな人は3人いるというがここまでそっくりで境遇さえもそっくりな男女がいるのだろうか。
……やはり人違いではない。この2人はまぎれもない俺の両親だ。
しかしどういうことだ。事態に脳が追い付いていない。
現状どういうことが起こっているかというと、魔王城で死んだと思ったらいつのまにか実家にいて死んだはずの両親が若いころの見た目で俺の顔を覗き込んでいる。
うん。全くもって意味が分からない。
「本当にかわいいわね。さすがエルトの子。これは将来モテモテね。ねえ、少し私にも抱かせてちょうだい。」
「何を言っている。この顔はレッカの遺伝さ。ほら目元もレッカそっくりでとってもかわいいし目の色もレッカにそっくりな碧色だ。肌だってレッカに似て雪のように真っ白だし紙質もレッカと同じストレートだ。髪の色は俺に似て青色だがトータルではレッカの遺伝さ。世界一美しいレッカの遺伝子を継いだんだ。そりゃかわいいに決まっている。」
「分かったから抱かせてくれないかしら?」
「す……すまん……。」
「ありがとう。ふふっかわいい。」
いつの時代も母は強しだな……。
ってそんなことを言っている場合じゃない。
今この二人俺を抱っこしているのか?
成人男性の俺を? 筋肉でぎちぎちな体の俺を?
それに二人の会話。さっきまで自分のことにいっぱいいっぱいで聞いていなかったから分からなかったがまるで赤子の話をしているようではないか。
これはなにかがおかしい。俺と彼らでなにかが決定的に食い違っている気がする。俺の人生にかかわるレベルの大事な何かが。
……そうだ。聞いてみればいいじゃないか。ただ単に、彼らに事の経緯を聞けば済む話だ。それで解決する話じゃないか。変なところで脳が回らないな俺は。
とにかく言葉を発するために空気を肺に入れる。そして、言葉を発そうと喉を動かした。
「あー、うー、あー。」
ん?
おかしい、うまく声がでない。
仕方がない。もう一度だ。
「あー、あー、うー。」
んん?
あっれえ?
おかしいなあ。
いくら声を出そうとしても上手く出せない。いや、正確には声は出せるんだがうまく言葉にならないといった感じか。
「喋った! 喋ったわエルト! 産まれてすぐ喋れるなんてこの子天才なんじゃない?」
「ああそうだな! 天才だこの子は! さすがレッカの子!」
「あう?」
産まれてすぐ?
いやいや俺は今年で24歳だったはずだ。曲がり通っても産まれてすぐなんて年じゃない。この人たち頭大丈夫だろうか。
……ってまさか。
今、俺の頭の中には一つの可能性が浮かんでいる。だがしかしこの可能性は神が造ったこの世の理を壊しかねない可能性だ。
だが、もしこれが真実だというのなら今のこの摩訶不思議な状況の全てに説明がつく。
死んだはずの親が若返った状態で俺の前にいるこの状況。
筋肉で体重が恐ろしい俺のことを軽々と抱っこできる俺の親。
声を出そうとしても上手く言葉を紡ぐことができない俺の喉。
常に俺を見ながら赤子の話をする俺の親。
産まれてすぐ。
ここから導きだされる答えは…転生。
しかもただの転生ではない。時間逆行型の転生。
つまり、魔王城で死んだはずの俺は24年前の俺が産まれた日に時間逆行したってことだ。しかも俺自身に。
普通に考えたらありえない見解だ。転生、しかも時間を逆行して過去の俺自身に生まれ変わるなんて。それこそおとぎ話の世界だ。
だが、それ以外に今のこの状況を説明できる仮定は思い浮かばない。
まずありえない見解だが、可能性としてはありえない話ではない。
「ふふふ……。あ、そうだエルト。この子の名前はもう決まっているのかしら? あなたこの子の名前を考えたいって言っていたけれど。」
「ふふん、当然だろう。この時のために三日三晩寝ずに考えたんだ。完璧な名前をすでに考えてある!」
「どんな名前かしら?」
「ライ。ライ・ケルリアだ。いつかこの名前が歴史に名を刻みますように。そんな願いを込めて考えた。」
「ライ……。あなたにしてはいい名前ね。てっきり無茶苦茶なものを考えてくると思っていたのだけれど。」
「ひどいな……。」
やはり。
ライ・ケルリア。俺の名前と同じだ。これでただ似た家族に転生しただけの可能性はほぼゼロになった。
これはやはり時間逆行と考えていいだろう。むしろここまできてそうじゃなかったら逆にびっくりだ。
そうか……戻ったのか。
24年前に。0歳の時の俺に。
びっくりだ。本当にびっくりだ。まさか時間をさかのぼることになろうとは。
てことは、俺が今までやってきたこともすべてパアってことか。
魔物から村を救ったことも。他国の姫君を救出したことも。魔王軍幹部を倒したことも。全てなかったことになったのか。
むむむ……。少し悔しい。生まれ変わらなかったら死んでいただけってことは分かっているんだが悔しい。
俺だって勇者といえど聖人ではない。ちやほやされたいし、崇め奉られたい。女の子に『勇者様素敵!』とか言われたい。
だから今までやってきた功績が全てパアになるってのはかなり悔しい。
だが悔しいと同時に……嬉しい。
戻ったってことは、俺が防ぐことができなかった失敗を防げるということだ。俺の両親やかつての仲間たち……俺が下手を打ったせいで消えてしまった人たちを救えるということだ。
これは素直に嬉しい。過去の失敗を清算できるのだ。もう二度と、あんな悲しいことは起こさない。
そしてもしかしたら俺自身の死も変えることができるかもしれない。
あそこでの無残な死を変えることができるかもそれない。そうなれば万々歳だ。
そしてなにより……アリアに俺の想いを伝えることができるかもしれない。
あそこで伝えることができなかった俺の想い。正確には記録魔法で伝えることはできたのだが、俺自身の声による想い。
『好きです。結婚してください』って。
もう一度人生をもらったからこそ伝えることができる。
前の俺はてっきり嫌われていると思っていたからこそ伝えることができなかったこの言葉。
今なら、両想いと分かっている今なら正々堂々言うことができる。
そしてアリアと……いや、やめておこう。これ以上は愛が暴走してしまうかもしれない。
とにかく、せっかく時間逆行をして過去の自分に戻れたのだ。
ならば、かつての過ちを全てなかったことにしてやろうではないか。
旅の途中で仲間を失ったこと、判断を鈍らせたせいで滅んでしまった村、伝えることのできなかった想い。
時間を戻せない限り解決させることのできない失敗。
かつての俺は裏でずっと後悔していた。なぜあの時ああ動かなかったんだと。
だが俺は何の因果か、全ての出来事が起こる前に戻った。
ならばどうする。簡単だ。全ての選択肢を正しい方向にもっていけばいい。
そうすれば仲間や大事な人を失うことはない。裏で吐くほど後悔なんてしなくていい。
大丈夫、俺は一回この人生を終えているのだ。失敗は全て把握している。ならば、すべてをうまい方向にもっていこうではないか。
なあに、俺もかつては『最強の勇者』と魔族から恐れられた身だ。その力があればかつての失敗をなかったことにするなんて余裕なはずだ。
ふふふ、完璧だ。パーフェクトな考えだ。このプランはよっぽど予想外なことが起こらないかぎり成功するだろう。なにせ、俺には力と『前の俺の記憶』という知恵があるのだから。
「しかし、ライね…。いい名前なのだけれど、女の子の名前としては少し男の子らしくないかしら?」
「そんなことはない。かわいらしい名前だろう。ライ……。うん。女の子の名前でも全然問題ない。」
「そうかしら……? まあ異論はないのだけれど。」
ははははははは……は?
ちょっと待ってよパパンママン。今聞き捨てならない言葉が俺の耳に入ってきたんだけど。
女 の 子 ?
誰が? 俺が? 女? 男じゃなくて?
あれ?俺のかつての性別って女だったっけ? 男だったはずなんだけどなあ。
…おっかしいなあ。
あれ?マジで?嘘ぉ…。早くも俺のプラン破綻しかけてるんだけど。
いや、まだ間違いの可能性もある。
男としての尊厳を失うが、もしかしたら小さすぎて女の子に間違えられている可能性だってある。
うん。きっとそうだ。だってかつての俺は間違いなく男だったんだから。
そうに決まっている。絶対にそうだ。
ふふ……ふふ……早くもプランが破綻したかと思ったが問題はないだろう。間違いなく俺は男だ。ならばこのプランも問題はない。絶対に大丈夫だ。俺の完璧なプランはそう簡単に破綻したりしない。当然だ。
ふふふ……。少し焦ったが問題ない。
待ってろよ俺の第二のバラ色人生!
* * * * *
俺の突然の時間逆行転生から1か月がたった。
結論から言おう。女だった。
俺の体、正真正銘の女の子の体だったよ……。
嘘だと言ってよバーニィ……。
どうやらこの世界、予想通り前の世界と同じ世界のようだった。
なにか前の世界と違いがあるかと赤ん坊の両親とともに近所を見回ってみたが、ご近所さんの名前も土地の名前も人の顔もなにもかも前と同じだった。
ただ一つ、俺が女だということを除いては。
……まじっすか。
なぜ……なぜだ……。
神よ。理由を説明してくれ。なぜ俺は女なんだ。前はたしかに男だっただろう。
なぜそこで性別を逆転させた。なぜ女にした。
女だと身体能力は当然のごとく格段に男の頃より落ちる。筋肉のつき方も男とは全然違う。
魔法は女のほうが覚えやすいっていう噂が巷で流れていたりするが、それは完全なるデマだ。それはこの俺が身をもって体験している。
女の体じゃ前世のように肉体を使ったごり押しによる魔物の討伐はできなくなる。女の場合、かなり繊細な戦い方が必要なのだ。
つまり、前の世界で俺がやっていたごり押し戦術は全て使えなくなったってことだ。ついでに、前の世界の俺の体の鍛え方は男用。女の体になった今じゃ前のような鍛え方で強くことは不可能ということ。
何が言いたいかっていうと、女の体になった今、前の世界より戦闘能力が格段に落ちるってことだ。
嘘だろおい……。
転生して1か月。早くも心が折れそうです。