9 引き継ぎ
楢崎が集めたメンバーに謝罪し、プロデューサーに交替した綾成を改めて紹介して、顔合わせが始まった。
面識はあるものの、綾成は監督の真壁、キャラデザイナーの浅見と直接関わったことはなかった。
真壁は四半世紀もの長い間、監督の職を続けている人だ。近頃多い、本人の演出スタイルが見えてこないスタジオ所属の監督とはちがう。
同世代である社長の楢崎も人たらしだが、真壁の柔らかい物腰でスタッフを馭す手法も真似できないともっぱらの評判だ。楢崎ですら時折『真壁さんに丸め込まれた』とぼやくことがある。
目の前の本人は、イメージ通りのソフトな笑みを浮かべて座っていた。
浅見は真壁とよく組んでいる信頼の篤いアニメーターで、やはりにぎやかなタイプではない。誰もがひれ伏すような実力を持っているのに、そうとはひけらかさず黙々と作業に取り組む。今も静かに佇むのみだ。
チャキチャキしているのは助監督の深津で、彼女は他社では監督もつとめるが、今回は真壁の下に着くことを志願してのポジションだ。これまで何度も仕事をしている、明るい姐さんだ。
「今までの経緯を西門にこね繰り返しても仕方ないからね、これからの話をしよう」
楢崎が退室して、真壁が宣言した。不満を述べるのには時間をつかわない。潔い。
しかし綾成がひそかに驚くほど、社内スタッフの数はすくなかった。担当者がローテーションする動検はともかく、仕上げと撮影はまだ担当者が決まっておらず、それぞれのチーフが来ている。外注のCGと背景も代表者に話が通っているだけだという。猛烈に挽回しないとならない。
十月あるいは一年後の一月OAスタート予定の今回の作品は、ライトノベルの人気シリーズで、ジャンルとしては架空戦記ものとなる。制作的には設定量が膨大になり、ハードルが高い。
「プロップ(小道具などのデザイン)がね、最優先課題なんだよ」
湊がハッと身をすくめた。浅見と深津は肯定の顔をしている。
「豊田くんが復帰するならそれまで待とうかと思ったのは、甘かった。年明けには多少の誠意があるかと期待してたけど、なかったね」
たしかにプロップの上りは飛び抜けて分量も内容も遅れている。
「おれは知らないデザイナーなんですが……?」
「『ネノコク』の八名井さんの紹介よ。面倒みてくれるもんだとばかり思ってたら、そうでもなくてね」
深津はラフの束をつまらなそうにめくった。
「すみません、私が───」
言い差した設定制作の湊を「詳しい説明はあとで西門にしておくこと」と真壁が制した。
呆れた口調の深津が補足する。
「十一月からもうずっと上がってないの。ラフがきたのは一割ぐらいかな。リテイクは手つかず。それに、途中で発注は止めたから」
「十一月?」
思わず綾成が声をあげると湊がますます縮こまった。
豊田の休職で二ヶ月も滞っていたことになるが、真壁のいうように蒸し返しても仕方ない。
「おそらくリテイク出されて腐っちゃったんだと思う。忙しいとかなんとか理由つけてたけど」
「八名井さんからはなにか?」
「あまり、反応がないようです。忙しい人ですし」固まってしまった湊を取り成すように森がいった。
「元もとスケジュールが空いてないからって紹介されたわけだからねえ」
綾成もプリントアウトをパラパラと見て、「このレベルだと、八名井さんがまるまる直すのと変わらないですよね?」と真壁たちの反応を伺った。
「そうだろうね。ここまで待ったんだから妥協できないし」
妥協から程遠いだろう人がいう。
「だとすると八名井さんにスケジュール調整してもらわないとなりません。別の方に依頼したほうがいい気がしますが、どうですか? 真壁さんと深津さんには再発注の二度手間ですが」
「かまわないよ」「ぜんぜん問題なし」
ふたりに否やはなかった。浅見にも異論はなさそうだったが、
「次の人は、政治案件でなく実力で決めてくれ」きっぱりといった。
「必ず。作品歴と物を確認して、浅見さんにも相談します」
他にそれぞれの進捗状況を確認し、決定するべき事案を挙げてゆく。
「社内の色彩設計と撮影、特効は担当者を二、三日中に決めてほしい。背景とCGも担当者を決めてもらいます。素体はありものを使うとしても、モデリング開始としては遅れてる。───真壁さんからの希望は伝わってるんですよね?
「センスのいい人を頼んでる」
真壁が涼しい顔でむずかしい注文をする。
「それはいちばんハードルの高いオーダーで───」
撮影チーフが苦笑した。
「知ってるよ。目下、いちばん客観的な西門がよければその人でいい」
「おれにプレッシャーがかかるんですが……」
「西門のお手並み拝見だよ」
真壁がさらりといった。やはりおっかない。
制作デスクの森と湊を居残らせた。
「なんでこんなことに?」
うなだれ気味の湊を森が気遣う。
「僕も判断が遅れて───、先送りにしてしまいました」
「いえ、私が森くんに待ってほしいって頼んだんです」
「待ちたい理由があったってこと?」
ラフというより大ラフのそれを見ているうちに、投げ捨てたくなってきた。
下手さはともかく、綾成は絵を生業にしておきながらいい加減に取り組む輩が嫌いだ。
ギリギリ食っていけるかの瀬戸際のアニメーターの傍らにこんな輩がいるのだ。
「その、私は八名井さんに間接的にでも参加してほしかったんです」
「八名井さんのスケジュールがなんとかなりそうだったから?」
「それが、直接連絡することができなくて───」
「は?」
足立経由でしか電話をつながないように厳命されているという。
「誰から?」
「足立さんから、です。森くんと相談して、十二月に入って最終勧告しなければとなったんですが、八名井さんにとりつぐなら豊田さんでなければと言われました」
「───」
綾成のうなり声にふたりともびくついた。「ああ、ごめん。胸クソ……胸が煮えて」
「タイミングを見誤りました」「すみません───」
もう一度手元のラフに目をやり、ふたりの萎れた様子と見比べる。
「待つ価値ないだろ、こんなの」
腹立たしくネットで作品履歴を調べてみると、現代劇がほとんどで、目立ったデザイン実績は見受けられなかった。
八名井はデザイナーとしては一流だが、世慣れないところがある。足立はその隙に漬け込んでいるのではないか。
「八名井さんにはおれから個人的に連絡するよ。足立さんとやらは知らない人だし」
「連絡先、ご存知なんですか?」
湊の目が煌めきかけたが、『自重』の文字を顔に浮かべて口を結んだ。
「豊田さんに紹介してもらったことがあるし、宮部さんとも親しい人だから」
森が、思い切った様子で言い出した。
「西門さん、ちょっと気になっていたことがあって」
「なに? なんでも情報は寄こせよ」
「足立さんのことですが、湊はけっこう騙されてて……」
湊は「森くんが気にしすぎなんじゃない? 上がる上がる詐欺なんてよくあるよ」と首をかしげる。
「『上がりを取りに来い』って回収に行ってみたらやっぱりまだってメシに連れ出されたり、八名井さんが一緒だって飲み会に呼ばれて、実際はいなかったり」
「なんだよ、それ!?」
綾成の剣幕に湊が呆けた。
「あの、タイミングが悪かっただけで」
「パワハラだろ、それにセクハラ!」
「そんな高圧的だったわけでは……」
危機感に乏しい。
「俺もそういったんですが……、本人がハラスメントだと感じてなければ問題にならないって、湊が」
「森、そんなわけないだろ。そこはおまえが問題にするべきだ」
「すみません……」
綾成はなけなしのハラスメント知識を総動員させた。
「───もし湊が森がいない方が話をしやすいなら、そうするけど?」
「いいえ? そんな、それだけの話なので……」
居心地わるそうにした湊が、むしろ森を咎めるような目で見た。
直接的な被害がなさそうな雰囲気に、顔には出さずに安堵する。
「森、もし自分の彼女が同じ目に遭ってたらどうするんだよ? パワハラでもセクハラでもないって思うか?」
「それは───、いいえ!」
自分の対応のまずさに気づいた森はショックを滲ませた。
「でも私相手にそんな……、これが永井さんとかならわかりますけど」
平らな顔に艶のない黒髪、身なりにも色気を感じさせない湊だが、本人がそのつもりでも男の目は同じではない。
「……なんでここで永井?」
「可愛いし、モテるし、西門さんの彼女ですよね?」
気が抜けるようなことをいう。
「おまえなあ、わかってないなあマジで!」
「あ、つきあってないんですか?」
「湊、それもセクハラなんじゃないかな……」「ぇえ、そうなの? じゃあいつ確認すればいいの?」
地味キャラを通している湊だが、わりととぼけている奴だった。
「おれのことはどうでもいいよ。それに彼女はいない。───ならお返しに聞くけど、湊は彼氏いる?」
「私相手にそんな気を起こす奇特な人、お目にかかったことはありません。生涯ないかも」
あっさりと年齢=彼氏居ない歴宣言される。
しかしいいように受け取って調子に乗るの男もいる。欲望へ直結しかねないから油断してほしくない。
「湊にその気がなくても、勝手にその気になる奴はいるんだからな」
「足立さんは、たぶんからかいたかったんだと思うんです。私が、八名井さんがらみになると一喜一憂してしまうので……」
「男の嫉妬か。ガキじゃあるまいし」
「───たしかに、プライドが高そうな人でした」
湊は腑に落ちないようで、きょとんとしている。
「八名井さん相手にですか? だって、格がちがいますよ」
「湊、無意識に残酷……」
「え。だってあの八名井さんだよ??」
「クリエイターなんて自意識の塊だよ。ヘタクソほど過剰だし言い訳が多い」
「西門さん……」
「湊、そのデザイナーからの連絡は今後受けなくていい。おれか森が対応するのは徹底して。豊田さんと八名井さんにこれから連絡して、すぐケリつける」
「───すみません、力不足で」
「どっちかっていえば湊は認識不足だから」
湊は身をすくめてうなずいた。
腹立たしさの勢いのまま、それでも湊の件は伏せて豊田に連絡した。するとすぐに八名井から直接電話がかかってきた。
『今すぐ本人を謝罪に行かせたいけど、これから時間あるかな⁉︎』
「今日は会社にいますが……。八名井さんには申し訳ないですけど、もう別のデザイナーを立てたいので、そこを了承してもらえるなら謝罪はいりませんよ」
『それは構わない、僕も面目立たないし。ただ、そこで謝罪しないで済むと思ってもらっちゃ困るからさ、今後のためにも』
そこまでつきあう義理はないのだが、八名井に頼まれて断るわけにもいかない。
「あんまり優しくできませんけど?」
『いいよー、懲りてほしいぐらい。西門くんには悪いけど、今度奢るから!」
奢ってもらうより作品の一本でも設定の一体でも仕事してもらった方がいいのだが、売れっ子のスケジュールは埋まっているから安請け合いもできないのだろう。
湊を八名井と同席させてやれるならそれでもいいか。
そんな訳で急遽足立が来社することになった。
「最後にご挨拶した方がいいですか?」
まだ湊がボケたことをいう。「おまえはメシでも喰いに行ってこい。三時間は戻ってくるな」
「それなら、資料探しに新宿の本屋に行ってきます……」
「姿を見かけたら隠れとけ」
一応、真壁と深津、浅見にも伝えておく。
「八名井さんの許可をもらいました。建前的にこれから本人が謝罪に来るってことなんで、立ち会うなら───」
「まかせる」「よろしくー」「社内をうろつかせないように」
三人とももう、次を考えてい浅見は出禁を示唆している。願ったり叶ったりだ。
会議室は押さえず、エントランスロビーの来客スペースで応対することにした。
やってきた足立は描く絵と同じくこれといって特徴のない男で、不安と不満が半分ずつ態度に表れていた。
冷静に挨拶をしてソファに座らせ、出方を待つ。
「引き上げという結果になって、すみませんでした」
「八名井さんから謝罪はいただいたので」
彼の顔に泥を塗ったことを自覚していないのか、言い訳が始まった。
「真壁監督の要求が、ちょっと割に合わなくて……。ほかの仕事もあるし、豊田さんと金額の相談をして新たに始めようと思ってたんですけど」
余計なことをいう。
「金額の話はスタート時に了承してもらっているはずです」
グリーングラスの条件は他社の相場と比べても悪くない。業界では先駆けて、書面に残すという当たり前のこともやっている。
「ラフへのリクエストがあれもこれもと多すぎるし、細かくて理不尽かなと」
あれもこれもクリアできていなかった自分の上がりを恥じてくれ。
「リテイクの一回や二回、あの浅見さんだって出されますよ」
「浅見さんはキャラだし、条件もいいからできるんだと思います」
この手のクリエイターは次々にできない理由を見つけてくるので、けっきょくまともなものは上がってこない。
それにしても、足立は謝罪に来たはずだった。
「引き上げ前までの作業金額は、八名井さんに伝えて了承いただきました」
むしろ、『最後まで上げさせる?』と聞かれたぐらいだ。丁重にお断りした。
「それなんですけど、いきなりこんな話になると僕にも都合が……。豊田さんやグリーングラスの都合はこちらには関係ないっちゃないんで」
「こんな話になったのは残念ですよ、こちらとしても」
「拘束(フリーランスを月額で拘束して作品に専念させる)にしてもらえるなら、これからペース上げるようにしますけど」
他の作品もあるからという理由で単価制にしたと聞いている。都合よく解釈する様があつかましい。
「いえ、これまでいただいたもので充分です」
綾成のそっけなさに足立が鼻白んだ。
手持ち無沙汰に、持参した足立のラフコピーをめくっていると、いかにも適当な絵に次第に腹が立ってきた。
本来、湊のことを振り回すレベルではないし、よくも真壁を待たせられたものだ。
「こんなハードな仕事を引き受けるデザイナー、今から探すのはたいへんじゃないですか?」
当てつけがましさで腹が煮える。煮え汁をぶっかけてやる。
「今は作品が多くて、優秀なデザイナーはひっぱり凧ですからね」
足立は一丁前にムッとした。
「僕だって他に仕事はあります」
「でしたら、そちらに集中してもらった方がいいですよね」
「半拘束なら───」
他の仕事が空き気味なのか、引き上げになったことが許せないのか、みょうにしつこい。
真壁と深津が足立のラフに入れたリテイク指示を改めて読んでみる。
足立のありきたりなデザインにかみ砕いた丁寧な指示が入っている。
ダブルクリップを外し、足立のラフとリテイク指示の二枚のコピーを並べた。
ことさらゆっくりして見せた動作に、足立は怪訝な顔になった。
「羊───、舞台は仮想中世ペルシアだから、当然日常生活の描写には重要。でも仮想だけに、『現在日本で見かける羊との差別化』ってのはもっともな指示。作中に出てくる絨毯に毛をつかうのを想定したら、長毛種でもいいかもしれない。あるいは、食用種と緬羊種にわけるか、ハイブリット種か」
シナリオを読みながら、いくらか調べてみた知識だ。足立のラフは、ただ羊を描いただけだった。
綾成はプロップ設定目次の紙を裏にして、置いてあるペンで羊に似た生き物を描き始めた。
「───⁉︎」
足立は寄りかかっていた背もたれから離れた。
「特徴を出すなら、角がわかりやすい。羚羊は古くは羊ともつながっていたはずだから、この時代設定に向いてるかも。分布地域は調べないとわからないけど」
羊の素体に、羚羊のすらりとした特徴的な角とマスク状の塗り分けを描き込む。
コピーするときに出なくて困るような足立の細い線に比べ、太めのペンの線はそれだけで見栄えがするのだが、やったものがちだ。
呆気にとられた足立の視線は綾成の手許から離れない。
もうひとつ設定と指示書きを並べる。おそらくネットで調べただろう大皿盛りのペルシア料理のラフが一点だけだ。
「ペルシア料理で有名なのは羊の煮込みやケバブだけど、たしか米の料理もあって、豆と組み合わせると戦場での携行によさそう。干し飯や干し肉や、それを携行する容れ物を考えるのは面白いな」
実際、時代背景(仮装)にどうデザインを組み込ませてゆくか、考えるほどにアイディアが浮かぶ。
次々に食材や食器、携行用の容器や織物などを描いていると、足立が呻いた。
「グリーングラスに反則レベルの制作がいるって───」
「必要がなければ、絵描きの領分に立ち入ったりしないのがおれのポリシー」
年末に母の江梨にいったように、他に方策がなかったり頼まれたりすれば描く。はっきりと足立よりいいアイディアを示せるとわかっているから描く。それで彼をやり込められるなら。
「こんなのはただのパフォーマンスで、自分より描けるデザイナーを探すのがプロデューサー本来の仕事なんだよ」
だからもう綾成や、おそらくグリーングラスが足立をつかうことはない。
綾成の怒気に当てられたのか、足立は蹌踉とした様子で帰っていった。
作画と演出のフロアには、衝立つきで透写台を仕込んだ作画机が作品班ごとにずらりと並んでいる。作りつけの棚の上には横に倒したカラーボックスが置いてあるので見通しと空気の流れはよくない。あちこちでサーキュレーターが回っている。
真壁は席を外していたが、近づいてゆくとチェック物に修正用紙を当てていた深津が顔をあげた。
「お疲れー、終わった?」
「帰りましたよ。無事決着」
「あれ、怒ってるの?」
「バレましたか」
「あの手の適当な絵描きってニシくん大嫌いじゃん」
「深津さんだってそうでしょ」
あはは、と深津が笑った。わかっていてしれっと綾成を差し向けたわけだ。
浅見も綾成に気づいてヘッドフォンを外した。
「叩き出したか?」
「いやそんな、穏便に丁重にオサラバです」
浅見もニヤリと笑う。真壁もスマホを手に戻ってきた。
「八名井さんから謝罪の電話もらったよ。みどりや浅見にも謝罪を伝えてくれって」
「あら、わざわざ」「もうちょい早く気づいてほしかった」
「八名井さんにこんなことをさせないように、足立に釘を刺しておこうと思ったんだけど、西門がお仕置きしたっぽいよね」
涼しい顔でいう。
「え、何したの?? お仕置きってー?」
「アイツ、どんなだった?」
「ハードな仕事だからほかは見つからないだろうとか、拘束か半拘束にしてほしいとか」
「恥知らずだな、とことん」「ひえ〜、ニシくんそりゃ怒るわ」
武士の情けで湊のことは伏せておいてやる。
「八名井さんからはこちらの対応でなにか……? やりすぎたかな」
「ちがうよ。僕が見てたんだよ、エントランスで」
真壁の言葉にがっかりする。バツが悪い。
「声、かけてくださいよ。向っ腹立ててやり込めずに済んだのに」
「まあいいじゃない。西門、なにか描いてたよね? 見せてよ」
「ああ、なるほど。その手をつかったの」
「それはどういう意味?」
真壁が当然のように綾成へ手を差し出してくる。
綾成は、よりによって浅見の目に晒すのかと暗い気分になった。
「……表紙のうらに」
しぶしぶ渡すと、作画机の上に置いた。深津と浅見も覗き込む。
「ああ、いいね」
「さっすがー。これをつかえばよくないですか?」
「……西門が描いた?」
浅見が綾成をギロリと見た。
「描いたってほどじゃ……、アイディアスケッチみたいなもので」
「噂には聞いてたが、本当に描けるんだな」
「遠目に足立がヨロヨロになっていくのがわかって、見応えあったよ」
「……だから声をかけてくださいって」
「これは僕が預かっておくからね」
真壁と浅見が、絵描きの領分を侵した綾成に拒否反応を示さなかったのがわずかばかりの救いだ。
「なる早でデザイナーを探します」
「僕は西門のが気に入ったな。こんな感じを受け入れてくれる人を探して」
「あたし今度の土曜日、業界女子会だからさ。誰かいないか気にかけてみる」
「あいかわらず人気者ですね、姐さん」
面倒見のいい深津を慕う者は多い。中堅クラスの女性スタッフは業界全体の層が薄く、それだけに後輩をだいじに育てることに気を配っている。業界の女子は、同業の温和な夫を持つ、見た目はパンクな姐さんに懐く。
「みんな可愛いんだよ。声かけると集まってくれるの。人徳だね、あたしの」
「それは否定しません。───そうだ、女子会なら湊を誘ってもらえませんか」
「いいの? 忙しいんじゃないの、今まで誘っても参加したことないよ?」
「土曜は休日ですから。生真面目なんで仕事が片づくまではって遠慮するかもしれないけど、ほかに予定がないなら行けっていっときます」
湊はすこしは羽目を外した方がよさそうだ。