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6 冬コミ会場

 冬コミ会場の有明ビッグサイトへは、電車を選べば新宿から直通で行ける。武蔵境から中央線で出て、乗り換えれば一本だ。

 冬コミ初日、綾成(りょうせい)に与えられた主な役割は会場内の列誘導だった。

 コミケや物販の仕切りはライセンス事業部なので、せいぜい邪魔にならないように従う。

 サンプル品の『もふもふクロニクル』缶バッジを自分のワークパンツのサイドポケットにざくざくと刺した。ちょっとした身分証明だ。

 企業ブースに並ぶ参加者はとてもよく訓練されているので、大したトラブルにはならない。ぐるぐると行儀よく列に並んでくれる。

 綾成は作品絡みのイベントで登壇したり、配信動画番組に出演したりするので、ごくコアなファンには顔が知れていて、声をかけられる。

「プロデューサーの西門(にしかど)さんですよね?」から始まる「続編?」「キャスト?」などの問いに、当たり障りなく答える。みんな会場ではたくさんの目的があるから、粘着質に食い下がられることもない。

 どこからともなく「『もふクロ』最終話神回!」と声が掛かると場が沸いた。

「ありがとう、円盤(DVD、BD)も出ますから」手を振って応えておく。

 関わった作品に興味のない参加者は遠巻きだが、『プロデューサーだよ、『もふクロ』の』『前にイベントの進行やってたの見たかも』と説明してくれる。

 作品のためだから、小さいイベントではそのぐらいの仕事をすることもある。今日はプロがいるので気楽だ。

 『もふもふクロニクル』の限定グッズは、まずまずの人気で安心した。

 今回の目玉である他作品の限定品は開場から一時間もかからず売り切れて、列は落ち着いて流れ始めた。

「西門さん、もうだいじょうぶですよ」

「なんか、役に立ったんだかわからないな」

 社内にはイベント好きなプロデューサーもいるが、放映中や放映開始を控えた作品が多く、今回プロデューサークラスでグリーングラスから顔を出せるのは綾成と翌日の楢崎(ならさき)ぐらいだ。

「充分ですよ、プロデューサーがいるのといないのでは体面的にも違います。ファンの子もひと言だけでも関係者と話せたらよろこんでくれるし」

「じゃあ会場回ってるから、ヘルプが必要ならすぐ呼んで」

「ケータリングも始まってますから、どうぞ」

「そうさせてもらおうかな」



 各ブースの混雑具合を見ながら、挨拶できるところを回った。

 今年は『もふもふクロニクル』の追い込みで各社の忘年会はほとんど顔を出せていなかった。

 主だった相手には事情を伝えてあったので、労われたり来年の口約束を交わしたりで、滞りない。

 今日は、楢崎とも話していた企画の進行が危うい作品について探りをいれなければならない。『もふもふクロニクル』の合間を縫って進めていた、ライトノベル原作の作品だ。

 編集部の方から持ち込まれた企画だったのだが、夏頃から雲行きが怪しくなった。

 口を濁す編集部をとことんまで追求せずにいたが、このままうやむやにしておくわけにもいかない。

 ───惜しいけどな。

 原作の弱い部分を補完したプロットは出来がいい。

 はっきりいって、原作の三倍はおもしろい。読み込みまくって煮詰めたアイディアだから、ファンの反感を買うこともない自信があった。

 (おもて)に出す前に、原作自体がファンの離反を受けてしまったわけだ。


 ライトノベル編集部は出ていないが、同じ出版社のコミック編集部は出展している。そこの編集長とは一度仕事していて、彼はグリーングラスとのつきあいが長い。

 ブースの奥でノートパソコンに向かっている辻井(つじい)が見えたので、スタッフに名乗って呼んでもらう。

「西門くん、久しぶり。うちの忘年会、来てなかったよね?」

「師走は坊主のごとく走り回ってたんで、失礼しました」

 辻井はノータイだが、スーツに革靴であるあたりが大手出版社の社員たる所以だ。綾成はスタッフジャンパーにデニム、ワークブーツといういでたちで、楽に過ごしている。

「グリーングラスの出展は明日まで?」

「そうです。明日は楢崎が参加します。辻井さんは最終日も?」

「まったく、入社した頃は晦日まで働く羽目になるとは思わなかったよ」

 ざっくり四半世紀前と考えて、冬コミはあっても企業出展はなかったはずだ。

 近況を報告し合うとってみると、辻井は『もふもふクロニクル』についても承知だった。

「評判よかったみたいじゃない。西門くんには珍しい作品傾向なのに」

「いや、基本はなんでもやりますよ。得意かどうかはありますけど」

 できる範囲なら、現場スタッフの邪魔にならない限りイベントの司会や英語圏の来客対応もする。ただアダルト作品の制作は無理かもしれない。性に合わない。

「たまにはイイやな。───それで、豊田(とよだ)さんはどうなの?」

 辻井と豊田はもちろん旧知で、世代的にも近い。

「年明けから復帰の予定です」

「そりゃ良かった。楢崎さんもホッとしてるだろ。復帰したら西門くんもサポートしてあげて」

「もちろん。世話になってますから」

「ま、今回のヘルプでも充分だろうけどさ。楢崎さんは西門くんがいてくれて救われたよなあ」

「だといいですけど、もともと救ってもらったのは自分なんで」

「ハワードの件? もう過去の話でしょ。楢崎さんも豊田さんも、よく西門くんの自慢してるよ」

 第三者から聞かされると、じわじわとうれしい。

「来年、西門くんの予定は───」

 渡に船だった。「アレなんですが」楢崎の言い方を習ってみた。

「アレか、そうかー、そうだったな」

 辻井は痛そうな顔をした。大企業とはいえ、コミックとライトノベルは比較的近しい編集部だろうから、事情は漏れ聞こえているはずだ。

「アレ、どうなんですかね? 自分としてはもう───」

「ここだけの話な?」

「ええ」

 固有名詞を出さないまま、辻井は首を横に振った。

 やっぱりか───。

 予想はついていたが、落胆しないわけではない。

「どこまで進んでたの?」

「───プリプロ段階ではありますけど。それなりの人数が関わってますから、そろそろ決着しないと」

「テコ入れが効かなかったみたいだね。オレからすると、そもそも……、まあアレだ」

「弱い部分の補完は自由にやらせてもらったし、よくなる手ごたえはあったんですが」

 キャッチーなタイトルと人気イラストレーターの表紙をセットに、うまく売り出した作品だった。

 しかし時流にうまく乗った作品は、その潮目が変わるとどうしようもない。

 作者は地力に劣り、イラストレーターの方もワンパターンな手法が飽きられつつある。

「見込みなさそうですかね?」

「だなあ」

 辻井は断定的に言った。

 先方から指名してきた監督には詫びを入れてもらわないとならない。グリーングラスとして初めて組んだ監督で、悪印象につながらないようにケアが必要だ。

「手薄になりそうなら、うちで穴埋めするよ」

 辻井が本性を現したかのようにニヤリとした。

「とっておきのを頼みます」

「お?」

「どうせなら辻井さん一押しの作品がやりたいです。だいじにしますよ」

「オッサンをタラすないでくれよ、この色男が」

 辻井は「来年話そうや、伸びそうなのがあるから」と自信を覗かせた。

 年明けに連絡、と頭に刻みこんでおく。油断するとどこかにかっさらわれてしまう。



 確証は得たものの、脱力してしまった。

 来年の仕事が一本消えた───。

 気持ちを切り替えようと、割り当てのスタッフ控え室に向かった。まだ列が捌けていない企業ブースが多く、混雑しているわけではないが人の出入りは忙しない。

 並んだ長机では顔を伏せて仮眠していたり、腫れぼったい目で一心不乱になにかの紙を切っていたり、みなお疲れ気味だ。

 ケータリングといっても、出来合いのサンドイッチやおにぎりなどの軽食やデザートが何種類か並べられているだけだが、あたたかい飲み物や汁物があるのはありがたい。

 顔見知りに挨拶をして立ち話をしながらサンドイッチとハンバーガー、スープ、人のいない机を選び、コーヒーを運んだ。

 情報をいつ誰に伝えるべきか悩む。集めたスタッフはフリーランスがほとんどだから、早く知らせた方がいいのは確かだ。だとしても、公式な確認を取ったわけではない。年末のこの時期、ネガティヴな話を知りたいものだろうか───?

 とりあえず、楢崎へメッセージを送っておく。


『集秋舎の件、辻井さんはアウトだといってました。監督と構成さんにだけは年内に話を振っておこうと思います』


 綾成の判断が間違っていれば、楢崎はそうというだろう。こんな風にすべてのジャッジを委ねられる社長業は重責だ。

 ───納品数が足りなくなったな。

 痛手なのは綾成も同じだ。

 ワンクール十三本がなくなるなら、単発の企画と豊田のサポートをするだけでは給料に見合わない。

 様子見していたいくつかの作品を具体化する必要がありそうだ。先日に楢崎が挙げた長期であたためている虎の子企画は、だいじに育てるつもりだった。

 透明な包みを解いてハンバーガーを食べていると、琴未(ことみ)が部屋に入ってきたのに気づいた。

 打ち上げの時は避けられたのでどうかと思ったが、合図を送ると迷わずに近づいてきた。

「お疲れ。お客さんはどうだ?」

「順調です。交替で休憩できるぐらいだから」

 琴未はコミケ慣れしていることもあって、売り子担当だ。

「なにか取ってきます?」

「自分で行くからだいじょうぶ。今なら空いてるし」

「そうですね」

 素直に荷物を置いた琴未だったが、まず綾成にお代わりぶんのコーヒーとわしづかみのミルクポーションを取ってきてくれた。

 ハンバーガーからサンドイッチに移ったころに琴未が戻ってきた。おにぎりのパックと味噌汁のセレクトだった。

 隣に座った琴未が伸びをした。

「疲れた?」

「いえ、一般参加に比べればどうってことないです。こうやって座って休憩できるし」

「永井も仕事納めだっけ。明日もここに来る?」

「今回は申し込まなかったんで、友達のサークルを冷やかしにこようかなって」

 琴未はバリバリとパックを開けた。

江藤(えとう)さんのサークル?」

 おにぎりを掴みかけていた琴未の手が止まった。

「なんで───、江藤さんは明日じゃなくてあさってだし」

「あー、ジャンルで日にちが違うんだっけ」

「そうですけど」

 琴未の表情が固い。江藤は開きかけた岩戸の扉に滑り込めなかったのだろうか。

「売り子を頼まれましたけど、ニシさんがなんで知ってるんでしょうか」

「こないだの打ち上げで本人から聞いたんだよ」

「まだ返事してなくて……」

 はっきりとため息をついた。

「……江藤さんのサークルってキワどい?」

「えっちぃぐらいで、ヤバくはないみたいです。R指定なし」

「永井を誘うぐらいなら、そりゃそうか」

「私はべつに気にしませんけどね。友だちのサークルなんか、バリバリ十八禁本出してるし」

 さすが腐女子は懐が深い。

「なら、アテにされてるかもよ?」

 仕事でも、先日のような打ち上げの段取りも、なにかと気が利く琴未だ。逆に、日が差し迫っているのに決めていない方が意外だ。

「当日に気が向いたらでもいいって」

「優しいんだな、江藤さん」

 綾成が感心すると、琴未は罰が悪そうにした。

「エロはともかく、男性向けサークルの勝手はわかんないから気後れしちゃう。江藤さんのファンだっているだろうし」

「あの人のファンはヤローばっかだろ。不愉快なことがあってもケアしてくれそうだし」

「ニシさん、みょうに買ってますね……」

「誠意ある男だなって感心してるんだ」

「誰かさんと違って?」

 琴未はもそもそとおにぎりを食べ始めた。

「そういうことでいいよ」

「え、ニシさん、なんで素直?」

 仲の良い両親の薫陶で浮気だけはしないのだが、誇れるのはそのぐらいかもしれない。

「優しくないし期待はずれな男だって───、あれ、永井にいわれたんじゃなかったっけ?」

「それ、私がいったんじゃないです。ほかの女と間違えるなんてサイテー」

「なんか怒られるともう、永井の声で変換される」

「───それならもういいません」 

「あれ、そうなのか? まあそれもそうか」

 もし江藤との仲が進むなら、他の男のことなどどうでもいいだろう。

 琴未はムッとして綾成を見やった。

「ところで元カノですけど、また連絡がきて」

「って、おれの元カノってこと?」

「そうですよ。私、二次元はともかくリアル恋愛はヘテロですから」

 今になって琴未へどんな連絡を取ったのか、まったく予想がつかない。

「たまーにやりとりしてましたけど、思い起こせばここ最近はアクションなかったんですよ。ニシさんに別れたって聞いて、ある意味納得しました。のですが」

 気を持たせるというより落ち着くためなのか味噌汁に口をつけてからいった。

「うん?」

「また来たんです、メッセージが」

「……いつ?」

「きのう」

 一音ずつ区切るように言った。

「『もふもふクロニクル』お疲れさまでしたって」

「ああ……、おれにもそんな感じなのが来た」

「マジですか。いつですか」

「ごめん。納品終わってからだった。あと放映後も」

「またいってくれてないし!」

「タイミングの問題で他意はないから。ごめんって」

 とりあえず謝っておく。

「こっちはニシさんを通してつながってるだけのつもりだったから、なんなのって思ってちょっとイラっとして、どうなってるのって聞いちゃいました」

「───おれとは関係なしに永井とつながってたいんじゃないの」

「わけないですよ! ただでさえ……」

 琴未は言いかけて口をつぐみ、視線を泳がせた。

 江藤への返事といい、このところは迷っている姿をよく見せる。

「それで、ニシさんはなんて?」

「おれはべつに。スルーしたけど」

 非難がましい目が痛い。

「だから私のほうに探りがくるんじゃないですか」

「そう、なのか……? ごめん?」

 なにを探ろうというのかがわからないので、やっぱり謝る。

「ニシさんがどうしてるのか知りたいんでしょ。だって───」

 息を吐き切るようにして続けた。

「『もふもふクロニクル』が終わるまでの冷却期間中だって言ってました」

「はあ?」

 なにを言われたのか理解できず、咀嚼するまで間が空いてしまった。

「なんだってそんなこと……?」

「ちゃんと別れてなかったんですか」

「いや───。全然そんなわけない」

 気持ちも距離も離れて、続けられる要素がない。

「意味がわからないなあ」

 それ以上答えようもなく、コーヒーにミルクを垂らした。

「あれ、ニシさん動揺してない。なんで余裕なの?」

「彼女にはなにか理由があるのかもしれないけど、おれにはわからないし考えたって仕方ない」

「やっぱり薄情なオトコー」

 『もういいません』からの早速の方針転換である。

「もともと、うまくやってけなくて別れたんだから、そんなもんだ」

 彼女は自らスポイルされることを望むようになり、建設的な関係ではなくなってしまった。

 アニメーター復帰を目指すのを支えることは厭わなかったが、それを抜きに依存されるのは抵抗があった。

 琴未は食べかけおにぎりを睨んでいた。

「もし永井が彼女本人に興味がないなら、かまわなくていいから。あんまり迷惑ならおれからどうにかするし」

「こっちがブロックすればいいだけだから、どうってことないですけどね。ニシさんがそこまで突き放してるんなら、ほんとに別れてるんだろうし」

「もうかなり経ってるから、今さらとしか」

「私相手に、自慢の彼氏と別れたとは言えなかったのかなあ」

「それこそ意味不明。ぜんぜんいい彼氏じゃなかったはず。───薄情だし?」

 茅乃が望むような年長者の包容力も見せられず、復帰の力添えもできなかった。


『アニメーターに復帰できなければ私に価値がないの?』


 投げつけられた言葉は温度差を物語っていた。

 絵で喰っていこうというなら、相応の努力が必要だ。投げ出す茅乃を寛容できないのだから、女性としてだけの彼女を見てはいなかったのだろう。



「───年上のイケメンプロデューサーをゲットしたってのは、かなり自慢だったんだと思いますよ。惚気も牽制もずいぶんあったもん」

「マジか……。言ってくれりゃ、すぐやめさせたのに」

 知らずに自分のプライベートが俎上に載せられているのはホラーだ。

「若い子だから仕方ないかと思って流してましたけど、つくづくニシさんしょうもないなって呪ってました」

「呪い……」

 自分の行動が一因なのだから、苦笑するよりない。

「ニシさんて、ほんとに───薄情っていうか、相手に興味ないっていうか。私の方がよっぽど彼女の思惑が読めてる」

「女性の考えはたいがいわからないよ。そんなもんだろ」

 琴未はふと動きを止めた。

「そうかもしれないですね。ニシさんは私の考えてることなんかわからないし、興味もないでしょうね───」

 周囲のざわめきを背に受けながら、琴未はやけに静かにいった。

「たしかにわからないけど、興味ないわけじゃないよ」

「そうですかね……」

 昏い声、浮かない顔での沈黙が続いた。

 それがらしくないと迂闊に聞いて、『どういうのが私らしいんですか』返してくるのが琴未だと思っていた。

 江藤の誘いを濁しているのといい、このところは綾成の知らない面が見え隠れする。

「とにかく、迷惑かけないようにおれからいっとく」

「いいえ!? だって別れてから連絡取ってないんでしょう?」

「おれがスルーしてるせいで永井を不愉快な目に合わせるんなら、連絡ぐらいするよ」

「私もそうしますから。ニシさんが自然消滅を狙ってるのに私のせいで事を荒立てるなんてごめんです」

「自然消滅もなにも、きっぱり別れたんだって」

「わかりましたから。もういいです」

 やけに頑なだ。

 そのまま並んでコーヒーを飲んでいると、「おふたりさん、お疲れっす! あれ、マジお疲れ?」とグリーングラスの社員ふたりがやってきた。イベント経験のすくない若手は会場の熱気に浮かされて陽気だ。

 ガタガタと席を埋めてゆく彼らにうっそりと顔を向け「お疲れさま」とだけ無表情に返す琴未は、やはり『らしく』ない。

「列はどう?」

「けっこう無くなってきましたよ」

 綾成が水を向けて相手し出すと、琴未はちいさな溜め息を吐いた。

 先に行きます、と片づけ始めた琴未はなんだかんだで綾成のぶんまでトレイを戻してくれた。

「コーヒーいります?」

「いや、もうだいじょうぶ」

「じゃ。───ゆっくり休んできてね」

 通り一遍に他の社員たちへ声を掛けて去った。

「なんか永井さん、元気ないっぽい?」「コミケプロだから、ペース配分してるのかも!?」

 後輩たちは賑々しい。

「でも西門さんには甲斐甲斐しいっすね、さすが」

 ひとりが羨ましげに言った。琴未は年長者だけでなく男女問わず後輩から慕われる。ようはモテる。

「そういう気質なんだよ。つい世話を焼いてしまうんだな」

 綾成のように、彼女を苛立たせる相手であってもだ。

「オレの世話も焼いてくんないかなー。永井さん、ロリおネエさまって感じ」

「ばーか、西門さん相手だからに決まってんだろ」

「オレがイケメンプロデューサーになったら?」

「オマエにそんな選択肢はねえよ」

 おにぎりパックをふたつずつと、バーガー類を並べたふたりは、食べる口も、喋る口もよく回る。

 外向きな性格だから、制作として順調に育っていきそうではある。あまりペラペラ喋っていると、シャイなクリエイターには毛嫌いされるが、キャラを押し通せばいい。

「遂につきあうようになったんですか?」

「んん?」

「西門さんがフリーだって、女子が上から下まで話題にしてました。いよいよかと」

「江藤さんはどうなっちゃうんだ」

「オマエ、固有名詞は控えろよ」

「オマエだって直球すぎだろ?」

 ひとしきりやり合うと、揃って綾成の返事を待つ。その姿が仔犬の兄弟のようで笑ってしまう。

「男も恋バナ、楽しいよな?」

「実地できないんで!」

「チャンス欲しいです!」

「すればいいじゃん。忙しくても本気なら両立できる」

「わーっ、モテる男の余裕!」

「モテないよ、だからフリーなんだし。本気度が足らないんだよ」

「足らなくてもモテる男……」

「ええっと、てことはつきあってない? 永井さんと?」

「ないよ。永井の方から拒否だろ、おれみたいのは」

「「ええ〜〜」」

「永井は、男の本気度や包容力にも厳しいよ。逆に、歳は関係ないんじゃないか」

 仔犬たちは顔を見合わせて首を傾げた。

「いやあ、西門さんと江藤さん相手じゃハナっから……」

「おれはともかく。あんまり口だけだと、誰からも信用されなくなるから。嶋津さんみたいに」

「固有名詞!」

「でも嶋津さんの本気は新たな道をつくり出す勢いもあるけど。相手が誰かより、『彼女欲しい、結婚したい』の本気がすごいから」

「ああー、オレもその道を選びます。彼女欲しいの本気!」

「結婚は、その先にある道だからぜんぜん見えないですけど」

「嶋津さんの年齢だと直結してるからな。───っておれもか」

 そんなつもりなく茅乃とつきあっていたのも、温度差を生み出していた。

「余裕っすねー、さすが」

「余裕……はない。おれの両親は二十三で結婚してる」

 綾成はふたりと同じレベルの恋愛をしていていい歳でもない。

「オレらより下じゃないですか」

「んじゃー、がんばらないと。オレら」

 とりあえず、と猛然と目の前に残った食事をたいらげ始めた。

 食べる量もスピードも、綾成より断然若い。

 詰め込み過ぎて咽せている仔犬に、ピッチャーの水を注いでやった。

「あざーす、オレら一生着いていきまーす!」「いきまーす!」

 適当なことを言う後輩たちに、かましておく。

「ん、ならおれの先を越して彼女つくんなよ」

「それは……!」

「結果的にそうなるのは目に見えてますけど、それは……!」

「どうかな。何人の後輩がおれに結婚報告してきたんだか」

 笑った綾成に呼び出しの電話が入り、席を立った。



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