6話
あたしは眠りについた。
トウコは既にいない。一人で考えようとしたが。まだ、十歳の体は眠りを欲していて思うようにいかない。
仕方なく目を閉じた。脳裏にフエリックス様や両親の姿が浮かんでは消えていく。
何故、あたしは前世の記憶を取り戻したのだろうか。前世のあたしの名前は小塚遥といった。二十二歳の時には地球の日本でコンビニのアルバイトをしていた。
家族は両親と兄が一人、妹が一人の四人だ。お父さんは確か五十代で普通のサラリーマンでお母さんも四十代で専業主婦だった。兄さんはあたしより三歳上で二十五歳で。仕事は会社の営業部であったはずだ。
妹はまだ高校生だった。あたしより五歳下で十七歳の高校二年生で。
お父さんは痩せ気味の人だったが性格は穏やかで優しい人だった。怒らせると恐かったが。
お母さんは背が高くて百七十センチはあった。性格は明るくて大らかでチャキチャキの江戸っ子みたいな人だ。料理がうまくて肉じゃがは絶品だった。
兄さんもお母さんに似たのか背が高くて百八十センチはあったっけ。性格は明るいが仕事には真面目な人だったな。よくあたしの宿題でわからない所があったら教えてくれていた。
そう、兄さんは成績が良くて優等生だった。まあ、小さな頃はケンカをする時もあったが。
妹はあたしと同じように背丈は普通で百六十センチくらいだ。性格はお父さんに似て穏やかでのんびり屋だった。この子は天然でもあったからかあたしはよく世話を焼いていた。
課題でわからない所があったら兄さんと一緒に教えてあげたりしていた。
家族の事を思い出すとつんと鼻の奥が痛くなる。どうしてだろうか。あたしはそんな事を思いながら深い眠りに落ちていったのだった。
「おはようございます。ヨハンナ様、朝ですよ」
キャシーの声で目が覚めた。瞼を開けてゆっくりと起き上がる。キャシーの傍らにはトウコもといイアンがいた。二人はテキパキとカーテンを開けたり起き上がりベットから降りたあたしにぬるま湯を入れた洗面器を手渡してくれた。
洗面器をサイドテーブルに置いて顔を洗う。十数回やると眠気がだいぶ取れた。タオルも渡されたので顔についた水気を拭いた。
洗面所に行って歯磨き粉と歯ブラシを渡されたから歯磨きをする。普通は歯磨きをしてから洗顔をするのだが。あたしは小さな頃から洗顔を先にして歯磨きは後にしていた。
コップに水を入れて口の中をゆすいだ。三回ぐらい同じようにしたら鏡で磨けたかチエックをした。
それを終えると洗面所を出た。待ち構えていたキャシーとイアンに着ていたネグリジェを脱がされる。
下着なども替えてからコルセットを装着した。コルセットといってもそんなにぎゅうぎゅうと締め付けたりはしない。
それを終えたら淡い水色の足首丈のワンピースを着せてもらう。少し濃いめの青い糸で細やかな花の刺繍が施してある。これはフエリックス様があたし用に用意してくれたらしい。
踵の低いパンプスを履いて髪も三つ編みにしてぐるぐると巻きつけたシニヨン風に纏めた。リボンもフエリックス様の姉君からの贈り物だとキャシーは言っていた。
「ワンピースが上品でいいですね」
「そうね。このリボンも服に合わせて藍色だし。趣味がいいわ」
キャシーがほうと歓心したらしくてあたしに話しかけてきた。同意するとイアンも頷いた。
「あまり派手ではないですけど。お嬢様が大人っぽい感じに見えます」
「そうですね。フエリックス様もご覧になったら褒めてくださると思いますよ」
「そうね。じゃあ、朝食にしたいわ。お腹が減っているのよ」
そう言うと二人は慌ててドアに小走りで行ってしまった。それを見送ったのだった。
その後、朝食を軽くとって部屋で家庭教師から出された課題をする。二時間くらいは頑張った。
終えてからイアンに言って紅茶とアップルパイを用意してもらう。それらで休憩を取ってからまた課題をした。
昼食時になってからキャシーに声をかけられた。
「…お嬢様。もう昼食の時間です。課題は逃げたりしませんから」
「わかったわ。お昼にするわね」
椅子から立ち上がり寝室を出る。応接間にはイアンが昼食の用意をしていた。
テーブルにはフランスパンもどきにミネストローネ、ジャガイモと玉ねぎ入りの丸いオムレツ、野菜サラダが乗っていた。肉類は入っていない。後で白身魚のムニエルも持ってくるとイアンは言った。
あたしはソファに座るとナイフとフオークを手に取った。野菜サラダから食べた。
ゴマのドレッシングがかかっていて美味しい。歯ごたえもよい。キャベツとレタス、スライスオニオンと湯がいたニンジンが入っている。シャクシャクといい音がした。
オムレツもシンプルだがブラックペッパーが効いていてなかなかなお味だ。フランスパンもどきは固いのでミネストローネに浸けながら食べた。
どれも味付けはあっさり系だ。昼食にはこれくらいがいいなと思った。全部を一通り食べるとイアンとキャシーは驚いた顔をしていた。
「お嬢様。いつもよりたくさん召し上がりましたね」
「うん。どれも美味しいもの。残すのはもったいないわ」
「ふふ。お嬢様らしいといいますか。でも食欲があるのは良いことです」
キャシーが笑いながら言う。イアンもそうですねと言った。二人は食器を片付けて部屋の隅に置いてあったワゴンに乗せてから応接間を出て行ったのだった。
フエリックス様は夕方になってからあたしの部屋にやってきた。くつろいだ白のシャツに黒のトラウザーズという出で立ちである。
「やあ。ヨウコ殿、元気にしているか?」
「はい。元気にしていますよ。殿下はどうですか?」
「相変わらずだよ。今日のそのワンピースはいいね。よく似合ってる」
フエリックス様は目を細めながら言う。あたしは嬉しくて笑った。
「ありがとうございます。何でも殿下が選んでくださったと聞きました」
「聞いてたんだね。そうだよ、君に合うかなと思って選んだんだよ」
フエリックス様は照れくさそうに笑う。あたしももう一度お礼を言った。
「本当にありがとうございます。これ、着心地がいいです。また、今後も着ますね」
「ああ。大事に着てくれたらこちらも嬉しいよ。また、見せてほしい」
「…はい」
頷くとフエリックス様はいつもとは違ってふわりと蕩けるような笑みを浮かべた。あたしの髪を一房掬い上げると軽くキスをした。
「殿下?!」
「ごめん。ヨウコ殿、これくらいはさせてね」
フエリックス様はにこりと笑うと髪から手を離し手で撫でた。そのまま、しばらくされるがままになっていたのだった。