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5話

あたしは西和国の事をやっとフエリックス様に切り出す事が出来た。


フエリックス様は庭園では寒いだろうと言って温室へ場所を移動してくれた。

温室は庭園よりもたくさんの種類のハーブや花が植えてあり目を楽しませてくれる。

「じゃあ、ここには誰も来ないし。本題に移るとしようか。ヨウコ殿、西和国に帰る手続きは後もう少しだよ。君も荷物をまとめたりして旅の支度をしておいて」

「え。もう手続きはほぼ完了したんですね。あたしは荷物をまとめたりしておけばよいと」

「…うーん。実は西和国の王宛に手紙を書いたはいいんだが。なかなか返事が来なくてね。君の実の両親にも同様にしたんだ。こちらはすぐにくれてヨウコ殿の帰還を腹をくくって待つとあったんだが」

フエリックス様はそう言いながら参ったなと前髪をくしゃりと乱した。頭をがしがしとする。

これはフエリックス様の考え込む時の癖だ。ううんと唸りながら彼はあたしを見た。

「ヨウコ殿。西和国の王は君が帰還する事を望んでない可能性が高い。それについてはすまないと思っている。船や護衛に俺の代理を立てたりやる事はいっぱいあるし。後半月は待ってくれないかな」

「…そうですね。お父様が言ってました。フエリックス様と自分が帰還する時は同行すると」

「ああ。ホルスト公爵は君に言っていたんだね。半月の間は皇宮で過ごしてほしいと思っていてね。一応、君用の客室も準備させたんだが」

フエリックス様はそう言ってにこりと笑った。

「フエリックス殿下。あたしに皇宮で過ごせとおっしゃいますか。皇帝陛下や妃殿下はお怒りにならないでしょうね」

つい、きつめの口調になってしまった。だが、フエリックス様は怒らない。

「そこのところは大丈夫だよ。昨日の内に父上と母上、兄上達には話を通してあるから」

「そうですか。て事は皇宮で過ごすのは決定事項ですね」

「すまない。俺としてもヨウコ殿とは仲良くしたいとは常々思っていたから。けど、君はなかなかこちらには来てくれないだろう。だから、こちらから招いて滞在してもらおうと考えてね」

「…殿下。あたしはまだこの通り子供です。十歳の幼女と仲良くしたいというのはちょっと…」

「あの。変な意味はないから。ただ、君とは別れの時が近い。親睦を深めたいと思うのは普通だろう?」

フエリックス様はそう言ってこちらを覗き込んだ。頬の辺りに温かくて柔らかな感触がした。

「あの?!」

「ごめん。挨拶代わりにこれくらいはさせてほしい」

フエリックス様はにこりと笑った。どうも頬にキスをされたらしい。

「じゃあ。今日から皇宮に滞在となっているから。客室に案内するよ」

「…はい。わかりました」

手をまた繋いで皇宮の中に入ったのだった。


客室に行くと白木造りの家具に天蓋付きのベッド、ソファやテーブルもある中であたしは驚いて固まってしまう。なかなかに可愛らしい内装だからだ。

カーテンやベッドの掛け布、絨毯にソファ、置いてあるクッションが白とピンクに統一されていた。ベッドの掛け布とクッションにはレースもあしらわれている。こんな可愛らしい部屋、誰が考えた?

つい、疑問に思ってしまう。あたしとて精神年齢は三十?歳だから正直嬉しくない。

あたしが突っ立っていたらフエリックス様は心配そうに屈んだ。

「ヨウコ殿。大丈夫かい?」

「…いえ。大丈夫です。ただ、このお部屋はどなたが内装を考えてくださったんですか?」

「…その。母上と姉上だよ。あの二人はピンクやレースふりふりのドレスとか大好きでね。ヨウコ殿の年齢を聞いてこの内装にしたらしいよ」

フエリックス様は止められなくてすまないと謝る。あたしはため息をついた。

「すみません。あたし、もっと落ち着いた感じの内装でも文句は言いませんよ。皇宮で滞在させていただくわけですから」

「わかった。母上と姉上にはそう君が言っていたと伝えておくよ」

「お願いします」

あたしがお願いするとフエリックス様は任せてと言った。

何とも頼れる皇子様だ。フエリックス様は皇帝陛下のお子様方の中でも有能だと聞いている。その片鱗を垣間見た気がしたのだった。


フエリックス様は案内が終わると自室に戻っていった。ドアが閉まるとソファにどさりと座り込んだ。何とも疲れる一日だった。

その後、ホルスト公爵家からイアンと先輩メイドのキャシーが来て湯浴みや着替えを手伝ってくれた。夕食も部屋でとって済ませる。

髪を風魔法で乾かしてから厚手のガウンをネグリジェの上から羽織り寝室に向かう。イアンだけが付いてきた。

寝室にてハーブティーの用意をしてくれた。ラベンダーのハーブティーだ。

『葉子様。今日もお疲れ様でした』

日本語でイアンートウコが声を掛けてくれる。懐かしい故郷の言葉に体から力が抜けていく。

『本当にね。疲れたわ』

『今日はゆっくりとお休みください。ラベンダーの香りはリラックス効果がありますから』

ホーリックス語ではないので他の人が聞いてもわからないだろう。そう思いながらハーブティーの入ったカップを受け取る。

ゆっくり飲むとラベンダーの香りが鼻腔にふわりと広がった。なかなかに美味しい。お茶菓子はないがこれでも落ち着けた。

『葉子様。半月後には西和国に帰られのですよね』

『うん。フエリックス様にはもう少し待ってほしいと言われたわね』

『そうですか。だったら皇宮で過ごしている間、気が抜けませんね』

二人して確かにと考え込んだ。皇宮は十重二十重に警備が厳重だが。それでも陰謀渦巻く場所だ。よくまあ、実の両親はあたしをこんな場所に送り込めたなと歓心する。嬉しくはないが。

そういう風に思っていたらトウコがこちらを見つめていた。

『どうしたの?』

『いえ。葉子様は苦労が多いなと思いまして』

『そうかな』

答えるとトウコは苦笑した。

『ええ。前世はわかりませんが。葉子様は親元から引き離されてこちらへいらしたじゃないですか。よく我慢しておられるなと思いました』

『あたしも最初はよく泣いていたのよ。今になって慣れてきただけ』

『それでもです。葉子様、私で良ければ愚痴くらいは聞きますよ』

『…ありがとう』

お礼を言うとトウコは暖かな笑みを浮かべた。あたしはハーブティーをまた飲んだ。少しばかりの苦味にも慣れてきた。ほうと息をつきながら最後の一口を飲み干したのだった。

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