2話
あれから、イアンことトウコにいろんな話を聞いた。
トウコも日本からやってきて転移をしてきたらしい。彼女は前世のあたしよりは三歳程上の二十五歳だった。元の日本では会社員をしていて仕事帰りに空間の裂け目に落ちてこの世界へ来てしまった。
しばらくは森の中をさまよっていたという。二日くらい経ってうちのお父様の騎士で名前をウエスティンというが。彼がうちのお父様の命を受けて森の中を捜索していたら遭難していたトウコを見つけた。ウエスティンは公爵領の迷いの森に強い魔力を感じるというお父様の言葉を聞いて疑問に思ったらしい。
そうして、薄暗い迷いの森を進んでいれば。薄汚れた服とボサボサの髪、傷だらけの人を発見する。
「…そうしてウエスティンさんがこの公爵邸にまで連れて行ってくださったんです。あ、ちなみに私が来たのは六年前です。ヨウコ様がこちらへ来られる二年前ですね」
「ふうん。トウコさんを助けてくれたのがウエスティンだったんだ」
「そうです。あ、それからヨウコ様。私にさん付けはしなくていいですよ。呼び捨てで構いません」
「わかった。じゃあ、トウコでいい?」
「はい。二人の時はそうお呼びください」
トウコはにっこりと笑う。あたしはトウコにある事を言いたくて口を開いた。
「ねえ。トウコ」
「はい。何でしょうか?」
「以前のあたしみたいに幻術を掛けられたりしていないかな。今は茶髪に黄色の目と言ったとこだけど。本当は違うのでしょう?」
あたしがズバリ言うとトウコは笑みを深めた。
「ふふ。やっぱりヨウコ様は鋭いですね。十歳の女の子とは思えませんね」
トウコはそう言って自分の髪に手をかざした。すっとスライドさせる動きをすると茶色だった髪が黒に変わる。目にも同じようにすると薄い茶色の瞳が現れた。
「この通り私は黒髪に茶色の目をしています。顔立ちも彫りが浅いでしょう。ヨウコ様と同じ日本人ですよ」
「まあ、前世はね。今のあたしは西和国人だよ。以前はホーリックス皇国人として生きていたけど」
「それを忘れていました。けど、西和国人の方も日本人とそんなに変わらないんですね」
トウコが言うとそうだねとあたしも頷いた。
二人で昼食を食べながら元の日本の話をしたのだった。
トウコことイアンは昼食を終えると髪などを先ほどのように戻す。そして、食器を片付けて部屋を後にした。
一人残されたあたしはさてどうしたものかと考える。記憶と外見が以前に戻った現在、お父様とお母様から外出禁止令を出されていた。茶色の髪に青の瞳でフエリックス様とお会いしたが。彼は記憶と共に外見を変える幻術までも解いてしまった。そして、こう言ったのだ。
『ヨウコ殿。君は元の国に帰れるようにするよ。ただ、その手続きなどに時間を要するから。せめて三カ月は待ってほしい。それまでは公爵邸をあまり出ないように。いいね?』
そう言われたが。あたしは頷いておいた。西和国に帰れるんだったらそれもいいなと考えたのだ。
フエリックス様は顔合わせをした後、あたしをすぐに帰してくれた。
また、皇宮に来てほしいとの言葉を添えてだったが。あたしは明日に皇宮に行こうかと考えた。
イアンが戻ってくるのを待ったのだった。
イアンが戻ってきたので早速にフエリックス様に手紙を書きたいからと準備を頼んだ。彼女は手早く便箋や封筒、ペンにインクなどを用意してくれた。
無地の白い便箋にペンで綴っていく。
<フエリックス様へ
この間は封印や幻術を解いてくださってありがとうございました。
また、皇宮に来てほしいとのお言葉があったので明日にでも参上したいと思います。
フエリックス様は元の国に帰ってもよいと仰せでした。その事で話し合いたいのですが。
もしよろしければ、何時にお伺いしてもいいでしょうか?
それをお聞きしたいです。では公務にお忙しいとは思いますが。
体調にはお気をつけください。
ヨハンナ・フエン・ホルスト>
そう書いてから折り畳んで封筒に入れた。
イアンに手渡すと封蝋をしてくれた。これで手紙は完了だ。
あたしはフエリックス殿下宛で届けてほしいとイアンに伝える。頷くと家令に言付けに行ったのだった。
その日の夕方にフエリックス様からお返事が届いた。
<ヨハンナ殿へ
手紙をわざわざありがとう。
元気にしているかな?
封印などの事については必要だからやっただけでお礼はいいよ。
明日、皇宮へ来たいとあったけど。
時刻についてはそうだな。
お昼の二時ぐらいに来てくれるかな。
それぐらいだったら公務もないし執務の合間の休憩時間にしているから。
元の国の事で話し合いたいというのはいい事だと思うよ。
俺も君の気持ちを聞きたいしね。
じゃあ、くれぐれも道中は気をつけて。
後、体調も気をつけるようにね。
フエリックス・デニス・ホーリックス>
フエリックス様はそう綴っていた。
ふうとため息をつきながらお返事の手紙を机に置いた。
二時かと思う。とりあえず、お父様にも話さないといけない。
あたしは疲れを感じながらもソファから立ち上がった。
イアンにお父様に話があると伝言を頼んだのだった。
あたしはお父様の執務室を訪れた。お父様は書類に埋もれて執務をこなしていた。
「あの。お父様、ヨハンナです」
「…ん。ヨハンナか。話があると聞いたのだが。どうしたのだ?」
「はい。実はフエリックス殿下に明日、皇宮に行きたいとお手紙を出したんです。そしたら良いとお返事をいただいたので。お知らせに来ました」
そこまで話すとお父様は書類の中から顔を上げた。その表情は驚きのあまり引きつっている。
「な。殿下に手紙を出したのか?」
「はい。西和国の事で話し合いたいと書きまして。そしたら明日のお昼、二時頃に来てほしいとお返事にはありました」
お父様は渋面になって黙ってしまった。どうしたのだろうと思い、首を傾げるとお父様はふいに立ち上がった。
「ヨハンナ。もしや、西和国に帰ってしまうつもりか?!」
「…え。だって殿下はあたしとの結婚は無しにしたいとお考えなのでしょう。だったらあたしは用済みだと思うんですけど」
あたしが答えるとお父様は固まってしまった。
そしてあたしの肩を掴むと詰めよってくる。
「ヨハンナ。行かないでくれ!お前がいなくなってしまったら皇帝陛下との約束を果たせなくなる。それに橘家に戻ってもお前の居場所はないようなものだぞ」
「お父様…」
「どうか、ホーリックス皇国に残ってくれ。でないとお前は命を狙われてしまう!!」
あたしはお父様のあまりの勢いに唖然としてしまった。何がどうなってるのと頭は疑問だらけだった。