第七章 激突! オースヴァール -10-
さて、エリオット卿の言葉は真実か否か。
なんて考える必要はないか。
アルビオン貴族で誇り高いエリオット卿が、詐術を用いることはない。
卿があると言った以上、それはあるのだ。
そうしたら、それに対抗するためにも体を動かさないといけないんだが……。
この高速で暴れまわる魔力を何とかしないことにはどうにも。
エリオット卿が何度目かの虚空の記録との接続を果たす。
卿だって、あの魔力を扱いきれていない。
ちゃんと使えるなら、短時間で接続を切ることもないし、あんなに疲弊もしないのだ。
って、この圧縮魔力を御しきれていないぼくが言っても強がりか。
押さえ込むんじゃねえ。
不意に、クリングヴァル先生の科白が脳裏に甦った。
当初、魔力制御に四苦八苦していた頃に言われた言葉だ。
ええと、何だったかな。
押さえ込むんじゃねえ。反発するだけだ。
流れを掴み、身を委ねろ。
「じゃじゃ馬を……飼い慣らせ、だ!」
どくんと心臓が跳ねる。
魔力の流れに集中しろ。
これで掌握できなければ、やられるのはぼくだ。
卿の加速が発動する。
直線ではなく、ジグザグに進んでくるのか。
その動きの堅さに笑う。
クリングヴァル先生なら、もっと軽快に柔らかく動くぞ。
「見える……!」
爪先に力を込める。
踵を滑らせる。
勇敢な戦士がぼくを包んでいるのがはっきりわかる。
今までにない感覚。
エリオット卿の苦しそうな顔だって見てとれる。
何だ、もう爽やかじゃないな。
繰り出される刃を歩法で眩惑する。
卿の剣術は、ハンスやアルフレートより拙い。
圧倒的な加速の速度に頼りすぎなんだ。
そこで、はっと気付く。
オニール学長がぼくに魔術と神聖術を使わせなかったのは、このためか。
今でも、トップスピードはきっとエリオット卿の方が速い。
だが、卿はそれを生かしきれていない。
基本的な剣術の腕はあるが、クリングヴァル先生に鍛えられたぼくから見れば、素人同然だ。
誘いを掛ければ、簡単に乗ってくる。
高速の突きを紙一重でかわし、一歩踏み込む。
懐を取ればこっちのものだ。
左肘を突き上げるように卿の胸に打ち込む。
更に、衝撃で後方に吹き飛ぶエリオット卿に、瞬歩による右足の踏み込みで追い付いた。
さあ、決めさせてもらうぞ。
右手に握った棍による追撃の螺旋牙を捩じ込む。
卿を覆った虚空の記録の魔力が、ぼくの勇敢な戦士の魔力とぶつかり合う。
だが、直前の肘撃で、すでに卿の防御は半分剥がしてある!
「おおおおお!」
螺旋の渦が、卿の障壁を打ち破った。
胸を棍で突かれ、エリオット卿は喀血しながら宙を舞う。
大地を揺らして仰向けに倒れたエリオット卿は、もう立ち上がることはなかった。
「勝利者、アラナン・ドゥリスコル!」
大魔導師の宣言が青い空に吸い込まれる。
ぼくは、大の字になって空を見上げながら、両腕を突き上げた。
やった! 勝ったぞ!
訓練場の外から、歓声が沸き起こっている。
マリーが、カレルが、ジリオーラ先輩が大騒ぎだ。
訓練場の中にクリングヴァル先生が入ってくる。
照れ臭そうに笑いながら、くしゃっとぼくの前髪をかき回した。
「よくやった、アラナン。お陰で爺いの秘蔵の酒を飲ませてもらえるぜ」
ちょっと!
それ、ぼくをだしに賭けをしてたってことですよね?
「細かいことを気にするな。お前は勝ったんだ。そして、お前は……強くなったよ」
おお、先生が初めて認めてくれた気がするよ……。
「勿論、まだまだだからな! おれを倒せないうちは、黄金級の三人にも勝てっこない。飛竜を超えるくらいのことはしてもらわないとなあ!」
ちょっと!
折角感動しかけたのに台無しだよ!
「そう言わんで、今回はアラナンを褒めてやれ、スヴェン。自慢の教え子じゃろう」
エリオット卿の手当てを終わらせたオニール学長が、ぽんとクリングヴァル先生の肩を叩く。
「今回アラナンは、ハーフェズ君とエリオット君の伸び掛けた鼻をへし折った。これで、彼らももっと伸びるじゃろう。それに、目的を見失い、ただ体を鍛える機械のようになっておったスヴェンにも、いい影響を与えてくれたのう」
ところで、オニール学長。
ぼくにも治療してくれませんか。
左肩を結構ざっくりやられているし、実は全身勇敢な戦士による激痛で、立ち上がれないくらいなんですが。
そう思っていたら、すぐに手当てをしてくれた。
肩の傷は結構深いので、再生促進を使っても二、三日包帯のご厄介になりそうだ。
全身の筋肉痛は、少し冷やしてくれただけで終わりである。
確かにちょっと楽になったけれどさあ!
「もう、いつまで寝ているのよ。勝ったのにだらしない」
「おめっとうさん、アラナン。うちを準優勝にしてくれておおきにな」
ぼくが出てこないのに業を煮やしたか、マリーとジリオーラ先輩が乱入してきた。
「やったぞ、アラナン。大儲けだ!」
「おめでとう、アラナン君。本当に卿に勝つなんてね」
「二人とも止まっているときしか何しているのかわかりませんでしたよ!」
三人組も後に続いてくる。
カレル、儲けたのはいいが、学長に没収されるなよ。
「男を見せなんしたね、主様」
ファリニシュが蕩けるような笑顔を見せる。
そこに、アンヴァルもちょこちょことやってきた。
おお、珍しくお前も祝福してくれるのか。
「アラナン、お腹空いたのです。終わったのなら、早くご飯を食べさせやがれ、です」
「おま、さっき食べたばかりだろう!」
「年増はアンヴァルに十分なご飯を寄越さないのです。待遇改善を年増に命令して……いたた、ちょっと、止めるのです! アンヴァルの耳はそんなに伸びるようにできてない!」
ファリニシュがアンヴァルの耳を引っ張っていく。
引き摺られるように食いしん坊の馬が去っていった。
全く、勝利の余韻も何もあったもんじゃないな!
でも、悪くはない。
こんな雰囲気は、故郷のエアル島では味わえなかった。
あそこじゃ、ぼくは一人で祭司の科す特殊な訓練をやらされていたからな。
こういう賑やかなのに、憧れていたんだ。
「あら……アラナン、貴方泣いているの?」
言われて気が付いた。
どうやら、ぼくは涙を流していたらしい。
気が付かなかったよ。
でも、悪くないじゃないか、それも。
「そうか。涙って……嬉しくても、出るんだな」
哀しみの涙なんていらない。
できれば、ぼくは喜びの涙をみんなで流せるように頑張りたいよ。




