第七章 激突! オースヴァール -9-
決勝戦の観客は、これまでの動員を遥かに上回っていた。
講義を止めて観戦に来ているらしく、全学院生が集まっている気がする。
いや、教師も揃って来ているな。
それどころか、卒業生までいるようだ。
「エリオットが去年からどう成長したのか、敵情視察もあるのよ、アラナン。彼らの興味をエリオットから自分に変えられるかしら」
「ぼくを信じるなら、カレルからぼくの券を買っておくことですね」
「心配しなくても、此処にいる連中はみんなお前に賭けやがったよ。他はみんな卿一色だ」
カレルが親指を立てる。
アルフレートが跳ねる。
ハンスが堅苦しく一礼する。
マリーがぼくに叱咤の声を張り上げ、ジリオーラ先輩が軽妙な返しをする。
「さあ、主様の出番でござんす。準備は整いなんしたか?」
ファリニシュが艶然とした笑みでぼくに問い掛ける。
おうとも、準備はできている。
敵は学院最強の男、エリオット・モウブレー卿。
クリングヴァル先生の言う爺い、つまりオニール学長の指導する生徒だ。
神聖術まで教えるとか、聞いてないけれどね!
「準備はできているよ。ちょっと行って、卿のあの変に爽やかな顔を軽くひっぱたいてくる」
そう宣言すると、訓練場の中に入る。
うん、決勝の審判はストリンドベリ先生じゃなくてオニール学長か。
大魔導師が直々出張ってくるなんて、えらい力の入れようじゃないか。
「やはり君が来たね、アラナン・ドゥリスコル。先生が仰った通りだ」
「いやあ、ぼくもクリングヴァル先生に、爺いの弟子を軽く捻ってこいと言われてまして……。お手柔らかにお願いできると嬉しいんですが」
「あははっ。それを聞いてお手柔らかにする人がいたら会ってみたいよ、アラナン」
もっともだ。
ぼくも知り合いの顔を思い浮かべ、そんなやつはいないと……あ、ハンスならやりそうだった。
「わたしの加速に何処まで迫れるか、お手並みを拝見するよ、アラナン」
ふん、あれが神聖術なら、単なる加速程度ではでき損ないだ。
まだ扉に手を掛けた程度で、大きな顔をするなよ、エリオット卿!
「他の中等科の生徒には説明してあったが、彼らは一回戦がユトリベルクの中級迷宮への挑戦権を賭けた試合じゃった。つまり、マルグリット嬢とハーフェズ君は突破したと言うことじゃ。そして、アラナン。わかっておると思うが、いま言うということは、決勝戦がそなたの挑戦権を賭けた試合になる。頑張ることじゃな」
ええ、このタイミングで言うそれ!
思わず動揺しちゃったよ!
いけない、平常心、平常心。
クリングヴァル先生も見ているんだ。
動揺を顔に出したりしたら、後で基礎鍛練が倍になっちゃうよ。
「それではいくぞ」
オニール学長が一歩下がる。
ぼくはすでに看破眼を発動している。
学長の声とともに、エリオット卿が虚空の記録に接続したのがわかる。
彼の額には、神の眼らしきものが輝いていた。
ぼくはそれを確認すると、三つの切り札の残るふたつを同時に切った。
「開始!」
開始の声を置き去りにし、爆発的な速度でエリオット卿が迫る。
通常の感覚では捉えきれぬ疾さ。
だが、ぼくはその影を視界の端に捕まえることができた。
完全にかわすのは無理だ。
繰り出される片刃刀の斬撃に合わせ、何とか棍を滑り込ませる。
激しい衝撃とともに、ぼくは吹き飛ばされた。
転がりながら、全身で暴れまわる魔力の制御にも必死になる。
「わたしの初太刀を凌ぐとは……何をした、アラナン!」
荒く息を吐きながら、エリオット卿が叫ぶ。
ぼくは体を駆け巡る痛みに呻きながら、何とか身を起こした。
「美味しそうな林檎に手が届かないから、梯子を掛けて木を登っただけですよ」
思った通り、エリオット卿は加速の連続使用ができない。
あれは脳にかなりの負荷を強いているはずだ。
時間を置かないと、脳が負荷に耐えきれない。
しかし、こっちも動ける状況じゃなかった。
ハーフェズ戦で使った一週間圧縮し続けた魔力。
ぼくの切り札。
それをふたつ同時に解放し、勇敢な戦士と看破眼に使ったのだ。
結果はどうだったかといえば、かろうじて卿の初撃は棍で受けることはできた。
だが、解放した巨大な魔力の制御が全くできず、反動による激痛で呻いている始末である。
「ふふ、苦しそうだね、アラナン。禁断の林檎に手を出すと、神の怒りを買うと知らなかったのかい?」
エリオット卿に虚空の記録から魔力が流れ込む。
くそっ、来るぞ、二撃目の加速!
「ぐっ」
見えてきているんだ。
看破眼の強化が馴染んできて、卿の動きは捉えてきている。
だが、全身の激痛で体が巧く動かない。
回避がまだ遅く、ぼくは左肩をざっくりと斬られた。
防御も強化しているのに、簡単に貫通されるな!
結構深い。
左手は使えないかもしれない。
卿は再び激しい呼吸を繰り返しながら、立ち止まっている。
隙はあるのだが、こっちも動けない。
何とか暴走する魔力を抑えようと努力しているのだが、この暴れ馬め、ご飯を前にしたアンヴァル以上に手に負えない。
「流石は、アラナン・ドゥリスコル。わたしでさえ許されなかった、初級迷宮単独走破を成し遂げただけのことはあるな」
まだ卿の爽やかな笑顔が崩れない。
だが、虚空の記録への連続接続など、そう簡単にできるもんじゃない。
ぼくなんか昔、一回使っただけでぶっ倒れていたものだ。
エリオット・モウブレー卿が学院で研鑽を積んだからといって、容易く使いこなせるようなものではないのだ。
今までは一撃で沈めてきたから、その欠点が浮き彫りにならなかっただけだ。
「だが、そういつまでもかわせると思うな!」
来る。三撃目の加速!
血反吐を吐いて吹き飛んだのは、エリオット卿だった。
何をしたかって?
魔力の糸を突っ込んでくる卿の前に置いただけだよ。
自分の加速で、勝手に自爆したんだ。
初撃ならこんな手は食わなかっただろうが、三撃目で焦りの見えるいまなら通じるかと思ってね。
予想通りだぜ。
それでも、エリオット卿は立ち上がってきた。
胸に裂傷を負っているが、纏っていた虚空の記録の魔力のお陰で軽減されたらしい。
あれで決まるかとも思ったんだがな。
どうやら、そう楽はさせてくれないようだ。
「ふふ、加速の機を読んでこんな芸当をするとは……大した男だよ、アラナン」
お褒めに預かって光栄だが、大したことはしていない。
ひょっとして、卿は魔法の研究にかまけて、余り戦い方の研究をしてないんじゃないか?
戦闘の思考が、馬上槍試合レベルにあるんじゃなかろうか。
それなら、加速がこの程度の使われ方しかしてないのもわかる。
もっと使い方次第で化けるだろう、この術は。
「遊びは終わりだよ、アラナン・ドゥリスコル。わたしの加速が、ただ突っ込んで斬るだけじゃないことをお見せしよう」
あれ、結構自爆したこと気にしているかな?




