第七章 激突! オースヴァール -8-
訓練場から出たぼくを待っていたのは、手荒い祝福だった。
マリーがぼくの背中を叩くと、何故かジリオーラ先輩といつの間にかやって来たカレルが頭を叩き始める。
「ちょ、痛い、痛いよ!」
悲鳴を上げたのは、ぼくじゃなくてカレルだ。
そりゃ増幅強化で魔力障壁も相当強化されてるからな。
強く叩けば反動で手も痛くなるさ。
「全く、呑気な顔しやがって。お前、ハーフェズが本気を出してから、同期であいつを破ったのは初めてなんだぞ。もっと喜べよ!」
カレルに言われて、初めて気が付いた。
そういや、ぼくはハーフェズより先に中等科に進級したけれど、あれは直接対決してなかったな。
「そういや、毎回あいつの魔法の矢にぼこぼこにされたかなあ」
「それを忘れてられるアラナンにびっくりだよ!」
「いやな、此処最近はクリングヴァル先生の鍛練しか頭の中になくて……」
呆れ顔のカレルに言い訳をしつつ、アルフレートとハイタッチをし、ハンスと握手をする。
カレルと違って、こっちの二人は素直に祝福してくれるよ。
「でも、アラナン、貴方は基礎魔法をやっていたんじゃないの? 何で属性魔法の新魔法なんて開発しているのよ」
おっと、鋭いところを突いてくるね、マリーさん。
「元々ぼくは属性呪文は得意だからね。先生に教わったことを土台に、自力で開発したんだ」
「普通、自分で呪文を開発とかできないわよ。やっぱりアラナンねえ」
くっ、何がやっぱりなのかわからないが、余り褒められてない気がする。
「しかし、これで次はエリオット卿との対戦だな」
ハンスが堅い顔を作って訓練場を指し示した。
すでに、三回戦第二試合の選手が訓練場に上がっている。
エリオット卿の爽やかな笑顔とは対照的に、対戦相手の高等科の生徒は蒼白い顔をしていた。
卿が何かを呟いたのに気付いたのは、看破眼を全開にしていたせいか。
接続開始と言ったように聞こえた。
瞬間、エリオット卿の魔力が膨れ上がった。
同時に、ストリンドベリ先生の開始の合図が掛かる。
エリオット卿の頭に流れ込んだ魔力が、彼の体を包み込んでいる。
そこに感じる強烈な違和感。
いや、ぼくはあの感覚を知っているのではないか?
あれは──神聖術だ。
対戦相手が為す術もなく崩れ落ちていく。
当然だろう。
ぼくが、太陽神の翼を使ったときの速度に匹敵するのだ。
あれに普通の人間が対抗できるはずがない。
「どうしたの、アラナン」
冷や汗をかいているぼくを見て、マリーが心配そうに尋ねてきた。
心配させまいと無理に笑顔を作ろうとするが、一瞬でばれる。
マリーはぼくの頬を軽くつねり、口を尖らせた。
「嘘っぽい笑顔作らないで。何よ、卿に勝つ自信がないの?」
正直、自信はなかった。
エリオット卿は、ハーフェズと同じようにオニール学長が用意したぼくへの試練だ。
魔術並みの魔力を操るハーフェズ。
疑似神聖術を行使するエリオット卿。
学長は、自分の魔力だけでこれを倒してみろと突き付けてくる。
太陽神の祭司長なら、これくらいできて当然だと言わんばかりに。
全く、いつも飛び越える障害の設定が高いんだよ、大魔導師!
「ま、何とかなるさ。やるだけはやってみるよ」
ひらひらと手を振る。
とりあえず、太陽神の翼に匹敵するであろうあの速度を何とかしなければならない。
身体強化だけじゃ、幾ら増幅してもとても追い付かない。
他に手は……とぼーっとしながらみんなの顔を見ていたら、ハンスの顔で思いついた。
そうだよ、ハンスの付与魔法を見て、ぼくは勇敢なる戦士みたいって思ったんじゃないか。
エリオット卿は何処かから魔力を引き出して体を覆い、加速を使っている。
ならば、ぼくは圧縮した魔力による勇敢なる戦士で体を覆い、対抗してみればいいんじゃないか?
いや、これだけじゃ弱い。
あっちは恐らく、時間も加速している。
神の眼を使ったとき、ぼくがそうなのだ。
周囲がゆっくりと見え、時の流れの中でぼくだけが動いているようにみえる。
そう、こっちの知覚力も上げないと、勝負にもならないだろう。
看破眼を、更に一段階上げる。
勇敢なる戦士も含め、通用するレベルにまで引き上げるには、エリオット卿用の切り札の、残るふたつを注ぎ込まねばならないだろう。
そこまでやって、やっと一秒では終わらないかもってくらいだ。
うまくいくかもわからないぶっつけ本番だってのにさ。
「行けそうみたいじゃない」
ぼくの顔色が戻ったのを見て、マリーがやれやれと首を振る。
「そうだね、いつものアラナン君っぽくなった」
「さっきまでやばそうだったもんなあ」
「ガツンとかましたればええねん!」
君たち好きなこと言うね!
まあ、何とかやったろうじゃないの。
決勝は昼食の後、休憩してから開始される。
昼食のときにファリニシュとアンヴァルが合流し、一層やかましくなる。
アンヴァルは、いつもファリニシュが用意してきた昼食の量が少ないとこぼすのだ。
それに対してファリニシュは、働かざる者食うべからずと、にべもなく突っぱねている。
どうも学長から言われて何かやっているようだな、この二人は。
その後軽く体をほぐしていると、クリングヴァル先生がシピ・シャノワールと一緒にやってきて驚く。
まあどっちも学院の卒業生だから知り合いでも不思議はないのだが、どうやら二人は同期らしい。
その代では常に首席を争った二人だという。
どっちが勝ったかといえば、意外にもシピだ。
当時純情な少年だったクリングヴァル先生は、シピの煽情的な格好に免疫がなく、顔を真っ赤にして勝負にならなかったらしい。
それと知り、わざと対戦時過激な衣装を着てくるシピもいい性格してるよ。
あ、ちなみに先生は今では女性に顔を赤らめたりしない。
女好きでだらしないくらいだ。
それだけにアルフレートみたいな少年時代にびっくりだよ。
「おれのことはいいんだよ。それより、あの爺いの弟子を倒す算段はついたんだろうな。おれの弟子になったからには、あの爺いの弟子に負けることだけは許さねえぞ」
「こっちだけ手足を縛られて、反則技を使う敵と戦う心境なんですが」
「それがどうした。手足を縛られたくらいで動じるようなやつはうちの一門にはいない」
一門て言ったって、飛竜の弟子はクリングヴァル先生だけで、先生の弟子はぼくだけじゃないか。そりゃいるはずないよ!
「幾つになっても子供みたいねえ、スヴェン。いいこと、アラナン。スヴェンの技を盗むのはいいけれど、私生活を真似ちゃ駄目よ。こんな大人になったらお仕置きするわよ」
もうシピの読心は防げていると思うけれど、彼女が側にいると何か心を読まれているみたいで緊張するよね。
何かさ、魔法なんか使わなくても、シピは些細な仕草とかで心を読んできそうなんだよ。
「もう気付いているとは思うけれど、エリオット・モウブレー、彼は虚空の記録から力を引き出せるわ。そう、神聖術と言われる術の使い手よ。あの力を知る貴方だからこその攻略法、期待しているわよ」
おお、黒猫の姿でないと言われた言葉に凄い重みがあるな。
それにしても、やっぱり神聖術なのかよ。
ぼくだって、使ったらまずいの?
はいはい、わかってますよ。禁止ですね。
理不尽だな、もう!




