第七章 激突! オースヴァール -7-
明けて次の日。
午前中が三回戦。
そして、午後が決勝である。
ハーフェズ戦で全力を使ったら、午後からのエリオット卿戦なんて無理じゃないかと思うんだが、日程で決められている以上仕方がない。
相変わらず豪奢な黄金の髪を波打たせながら、ハーフェズが現れた。
訓練場の後ろは、親衛隊の女の子で鈴なりである。
あ、ビアンカとセヴェリナまでいやがる。
けしからんな!
ぼくの応援には、マリーとジリオーラ先輩、ハンスとアルフレートが来ている。
カレルは商売中かな。
ぼくとハーフェズ、どっちが有利か聞きたかったけれど。
ストリンドベリ先生が、試合中の注意を改めて説明している。
ぼくはいつもの楢の木の棍を、ハーフェズは槍を手にしていた。
いつもは剣なのに、今日は槍を使うのか。
しかし、持ち方は堂に入っているし、馴染んでいる感じだ。
むしろ、ハーフェズの得手は槍なのではないか。
「うちに勝ったんやから、あないな優男に負けるんやないよ?」
ジリオーラ先輩は口を尖らせる。
「そうよ。軽くやっつけちゃいなさいよ!」
応援しているんだか、怒っているんだかマリーはよくわからない。
ハンスとアルフレートも、手を振って応援してくれている。
こいつは、期待に応えないとね。
さて、ハーフェズの得意とするのは、無論豊富な魔力による大呪文の同時攻撃だ。
それが火炎呪だろうと雷撃呪だろうと同じである。
ならば、こちらの勝利への筋道は接近戦しかない。
ハーフェズが魔法陣でぼくを囲むより先に、この棍を叩き込むしかないのだ。
対策として、まず有効なのは……。
「始め!」
魔法陣が構築する一秒弱の時間を突いての接近戦だよなあ!
ハーフェズまでは三フィート(約五メートル)ほど。
瞬歩を使う。
構えた後ろ足を踏み出すと、それが地面に着くか着かないかのうちにもう片方の足も踏み込むのだ。
二歩を一歩の感覚で跳ぶこの歩法ならば、ハーフェズに魔法陣を作る隙を与えない!
瞬歩から螺旋牙に繋げる。
強化を増幅された螺旋牙は、一撃必殺の威力を持っている。
ハーフェズの身体強化は強力だが、魔力圧縮を身に付けたぼくの方が上だ。
このタイミングなら入る。そう思ったときだった。
かろうじて魔法陣を一個作ったハーフェズが、その増幅した魔力を身体強化に回したのだ。
その分だけ、ハーフェズに身をよじる余裕が生まれる。
ぼくの棍に手応えはなかった。
魔力障壁は貫いたが、革の胴着と皮膚を抉っただけだ。
くそっ、できればこれで勝負を決めたかったが。
「今のは危なかったぞ」
愉しそうにハーフェズが笑う。
おっと、まだだぞ、ハーフェズ!
接近した状態から踏み込んだ右足の拇指球を軸に回転し、左足を踏み込みつつ左肩から体当たりを掛ける。
体当たりの瞬間、背中に仕込んだ圧縮した魔力を爆発的に解放し、文字通り魔力障壁ごとハーフェズを吹き飛ばす。
血を吐きながら転がったハーフェズだが、その隙にもうひとつ魔法陣を展開し、身体強化を増幅させていた。
「は、はは、洒落にならん強さだな、アラナン!」
体当たりを受けた胸を押さえながら、ハーフェズが立ち上がった。
追撃を掛けたいところだが、牽制するかのように更に魔法陣が展開し、ハーフェズの強化を跳ね上げる。
──まずいな。
ハーフェズの身体強化が、ぼくの増幅強化と同じくらいに強まっている。
これ以上強化されると、接近戦で活路が見出だせなくなるぞ。
「ふふ、心配せんでも、これ以上の身体強化は自殺行為だ。やろうと思ってもできぬわ」
ハーフェズの息が荒い。
あの様子では、肋にひびくらいは入ったか。
畳み掛けて押しきるしかない。
爪先に荷重し、軽の状態を保ちながら、ハーフェズとの距離を詰める。
「させるか!」
更にひとつ魔法陣が展開する。
看破眼で見ると、光属性の変換が行われている。
太陽光か。
魔法陣の射線上から逃れたのと同時に光線が通り過ぎた。
速すぎだろ。
あれは撃つのを見てからじゃ回避できない。
だが、直線だから、射線の予測はできるぞ。
更に、回避しながらもう一歩距離を詰めた。
間合いまでは、まだ一歩遠い。
それでも、棍に圧縮した魔力を纏わせ、回避の一歩と同時に突きを繰り出す。間合いを遠いと見て、ハーフェズは回避より魔法陣を優先する。
その油断が命取りだよ、ハーフェズ!
魔法陣を作るのに集中しているハーフェズに向け、突き出される棍。
足りぬ一歩分の間合いを、肩を入れることと持ち手を親指と人差し指の二本にすることで埋める。
絶技、如意だ。
強化した握力じゃないととても支えてられないが、いまの指の力なら金貨だって曲げられる。
驚きに目を見開いたハーフェズが身を反らせて避けようとしたが叶わず、棍は彼の下顎を強打した。
再び血反吐を吐くハーフェズ。
だが、ぎりぎりで耐えると、一気にふたつ魔法陣を揃えた。
「待たせたな、アラナン。行くぞ、竜炎の三角形!」
血だらけの叫びとともに三つの魔法陣が揃い、ハーフェズの後背に浮かぶ。
その魔の三角形から、それぞれ竜の首が現れる。
生きているのかわからないが、唸り声を上げ機嫌は悪そうだ。
ちえっ、あそこまで追い詰めて逆転されてたまるか。
こうなったら、エリオット卿用に用意していた切り札のうちの一個を切るしかないじゃないか。
竜の顎か大きく開かれ、燃え盛る紅蓮の奔流が溢れ出る。
ぼくは棍を投げ捨てると、腹の底で一週間圧縮し続けていた魔力の塊を右手の掌に移動させる。
三方向から濁流のように迫る竜の炎を睨み付けると、左手で右手を抑え、圧縮した魔力の塊を一気に解放した。
「ぐうううう!」
一週間分の魔力圧縮など、昔のぼくなら制御できずに体ごと吹き飛んでいる。
だが、この一年間の鍛錬で、左手に仕込んでいた別の圧縮魔力を使うことで制御することができるようになった。
右腕に添えた左手は、そのためだ。
「太陽の白き炎!」
膨れ上がった魔力が、鮮烈な輝きとなって目を灼いた。
右掌から放出された巨大な白い炎が、ハーフェズの竜炎の三角形を飲み込み、蹴散らしていく。
自身の火炎呪に絶対の自信を持っていたハーフェズが、驚愕の表情を貼り付けたまま、炎に包まれた。
その瞬間、試合終了を告げるストリンドベリ先生の声が訓練場に響き渡った。




