第七章 激突! オースヴァール -5-
昼食の後、ハンスとブリジット・トリアーの第五試合が始まった。
帝国の北方にあるダンメルク王国出身のデーン人である彼女は、短い赤毛に筋肉質の巨躯で、大剣を背負ったその姿はまるで男のように見える。
粗雑な口調あるが女子からの人気は高く、年下から慕われているらしい。
対するハンスは非常に正統派な堅物だ。
騎士として正しい道を真っ直ぐ見据え、ひたすら邁進することしか考えていない。
それが戦い方にも現れるのか、ぼくみたいな相手にはよく足許を掬われる。
正面から剣を撃ち合えば、彼に勝てる学生はそう多くないんだけれどね。
試合開始早々、トリアー先輩の周囲の地面に突き立っていた五本の剣が宙に浮かび上がる。
あれが念動魔法か。
牽制で空から襲い掛かる五本の剣を捌きながら、骨をも砕きそうに豪快なトリアー先輩の斬撃を処理するのは、かなりの難事に見える。
だが、ハンスはそれを正面から受けて立った。
付与魔法に進んだハンスは、自身の能力を高める呪文をふんだんに使っている。
身体強化との違いは、中から強化するのではなく、体の外を覆った魔力で能力を引き上げることだ。
つまり、ぼくの勇敢な戦士と原理は似たようなものだ。
あれを身体強化と同時に使っていると考えれば、いまのハンスの凄さがわかろうというものだ。
速度と剣の技倆では、ハンスがトリアー先輩を上回っていた。
だが、それを先輩は手数と膂力で逆に攻め立てる。
防戦しながらトリアー先輩の隙を窺っていたハンス。
恐らく、この調子でいけば、それも可能だったかもしれない。
だが、先輩の念動がハンスの剣を僅かに動かしたとき、危ういバランスで綱を渡っていたハンスは、ついに地面に落ちた。
大剣に剣を跳ね上げられ、五本の剣を同時に食らったハンスは、分厚い魔力障壁も突破されて力尽きたのである。
帰ってきたハンスは流石にやや表情が暗かったが、それでも次の試合のアルフレートに声を掛ける辺りは性格だろうか。
ちょっと痛々しいが、緊張しきっているアルフレートを放ってはおけないよな。
「惜しかったな、ハンス。いけるかと思ったんだが」
「相性は悪くなかったんだけれどね。わたしは、ベルナールさんのような大火力の遠距離攻撃の方が苦手だ。ティナリウェンさんやトリアー嬢のような近接型なら、まだ戦えるんだけれど」
身体強化と付与魔法による剣が命だものな。
本当は、ハンスも基礎魔法をやればよかったのだ。
とはいえ、クリングヴァル先生が認めるかどうかは全くわからないのだが。
そして、第六試合。
アルフレートが頑張ったかどうかは、実のところ全くわからなかった。
開始と同時にエリオット卿の姿が消え、アルフレートが斬られていた。
一秒も経っていない。まさに、瞬殺である。
「あれがエリオット卿の加速だよ」
ハンスがため息を吐く。
加速ね。
そりゃ、確かに速かった。
人間業とは思えぬほどだ。
だが、ただ速いだけなら、ぼくはクリングヴァル先生という最高の手本を間近で見てきているのだ。
そう簡単に見失うことはない。
それだけじゃない何かを感じるよ。
去年の魔法武闘祭はどうなったかといえば、エリオット卿は黒猫に二回戦で敗れている。
黄金級冒険者とやって敗れたとか、当然すぎて参考にもならないな。
一年前のぼくなんて完全にシピに遊ばれたし。
アルフレートは、片刃刀の一撃を食らっただけで安全措置が働き、負けとなっていた。
あの斬撃も普通のものではない。
が、一回見ただけじゃとても見切れないや。
一回戦での対戦じゃなくてよかった。
初戦がエリオット卿なら、完全に負けていたな。
「君がアラナン・ドゥリスコルかい。エアル島から来たそうじゃないか」
試合を終えたエリオット卿がこちらに近付いてくる。
彼は、すでに正式にアルビオン王国から騎士の叙任を受けていたはずだ。
しかも、未来の公爵となることを約束されていた大貴族なのだ。
彼がアルビオンへの帰国を断って高等科に進んだとき、王都ルンデンヴィックには激震が走ったという。
ぼくを学院に派遣するために、エアル島の祭司たちが必死に工作したわけだが、そのとき最も大きな障害となったのが彼の離反問題である。
エリオット卿ほどの大貴族が国から離れたのだ。
エアル島のような僻地にある蛮族が信用できるか、という話だ。
「初めまして、エリオット・モウブレー卿。故国の英雄と出会えて光栄ですよ」
「ははは。お世辞は要らないよ。エアル人の君たちに好かれているとは思っていないさ」
おっと、言いにくいことを爽やかに言ってくるやつだな。
確かにアングル人のエリオット卿は侵略者の末裔で、ぼくは征服された現地民族の末裔だ。
同じアルビオン王国からの留学生でも、立場はまるで違う。
「ぼくは、貴方の次のアルビオンからの留学生です。王家の密命を帯びているとか考えませんか?」
「裏切り者のエリオット・モウブレーを始末しろ、とかかね? 下らない。ああ、全く下らないよ。魔法の真理に触れれば、国なんてものが如何に莫迦莫迦しいものかわかる。アラナン・ドゥリスコル、早く君もこちら側に来るんだね」
ぽんと肩が叩かれる。
──一瞬、血が凍った。
さっきまでは、ぼくの正面でにこやかに話していたのだ。
だが、肩を叩かれたときは、ぼくの横にいた。
加速なんて生易しい話ではない。
まるで、時間を切り取ったかのようにぼくの隣に移動していたのだ。
エリオット卿が足音を立てて立ち去っていく。
ぼくの体に、嫌な汗が一斉に噴き出した。
「あれが、学生の頂点に立つ男か」
見ると、ハンスも端正な顔を苦しそうに歪めていた。
エリオット卿の魔力に当てられたか。
「アラナン君、あれは何か……別の次元にいる存在じゃないのかな。この先黒騎士になるべく研鑽したら、わたしもあんな感じになるのだろうか」
「ああ、ハンス。君は極めてまっとうな感覚の持ち主だ。その君が感じたんだ、間違いない。エリオット卿は、何処か異常だ。それが何処かはわからないんだが」
それにな、ハンス。
上の連中は、確かにみな何処か異常だよ。
クリングヴァル先生だって、あんなにひたむきに鍛練に打ち込む人を、ぼくは見たことがない。
そのクリングヴァル先生に、ぼくは選抜戦で優勝するように厳命されているのだ。
卿を相手にすることは当然想定しているだろう。
これは、乗り越えてみせろってことだよな。
「明日。まずは、マリーが相手だな」
「マルグリット嬢かい。結構手強いよ。わたしも毎回苦戦する」
「うん。マリーは強くなった。一年前のぼくじゃ勝てない」
でも、ぼくもあれから強くなったからね。
マリーには負けてられないな。




