第七章 激突! オースヴァール -4-
試合開始と同時に、ハーフェズの背後に五つの魔法陣が展開する。
げ、あいつ炎の芸術家がやった魔法陣魔法を、より高いレベルで習熟してやがる。
急速に高まる魔力に、ティナリウェン先輩は危険を感じたようだ。
砂塵が巻き起こり、みるみるうちにティナリウェン先輩の姿を隠した。
魔力感知も砂塵嵐の魔力で妨害され、効力を発揮しないぞ。
結構高度な術を使うじゃないか。
ハーフェズの魔力感知は、一年前はぼくよりかなり習熟度が高かった。
現状がどうかはわからないが、ぼくの魔力隠蔽を見破るくらいには高いはずだ。
それでも、ティナリウェン先輩の感知妨害は貫けないようだな。
ハーフェズの背後に浮かぶ魔法陣のひとつが光を発した、
「太陽光」
魔法陣が一瞬鮮烈に輝き、同時に砂塵に光線が走った。
だが、その光線は砂塵の幕で遮られたか、思ったほどの威力がない。
砂塵嵐は健在で、次第にハーフェズに近付いてくる。
あれに飲まれたら、ハーフェズの負けだ。
剽悍な砂漠の戦士であるティナリウェン先輩が、砂塵の中でハーフェズに遅れを取るとは思えない。
「砂漠の魔風に身を潜めるか、青衣の民。だが、砂塵の風はお前だけの技ではない。西に砂漠の魔風あらば、東に大いなる砂塵嵐あり!」
ハーフェズの背後の魔法陣が、ふたつ同時に輝きを発した。
ティナリウェン先輩の砂嵐に、ハーフェズの背後から沸き起こった熱風が迎撃に向かう。
一見同じ砂塵嵐に見えるが、どんなにティナリウェン先輩の独自呪文が強力だろうと、ただでさえ強大なハーフェズの魔力が魔法陣で二重に強化されているのだ。
拮抗できるはずがなかった。
ハーフェズの大いなる砂塵嵐が、ティナリウェン先輩の砂漠の魔風を吹き散らし、押し返していく。
これで、砂嵐の中に隠れていたティナリウェン先輩を引きずり出す。
ハーフェズの意図もそこにあったはずだ。
だが、砂嵐が霽れた後に、先輩の姿はなかった。
魔力感知を増幅しても、捉え切れない。
いや、上に感ありだ!
まさかと思ったが、先輩は宙を蹴って跳躍していた。
いや、違う。魔力を固形化して宙に固定し、それを踏み台にして跳び上がったのだ。
魔力物質化とは、凄い独自呪文を持っているな!
陽光を反射し、ぎらりとティナリウェン先輩の偃月刀が輝いた。
まだ間合いは遠い。
だが、先輩はすでに刀を振り下ろし始めている。
まだ早いんじゃないか?
いや、ハーフェズが回避に入っている。
何だ?
その答えは、すぐにわかった。
先輩の刃が振り下ろされる瞬間、魔力を纏って急速に伸びたのだ。
「偃月の牙!」
轟音が鳴り響き、訓練場の地面に直線の斬撃が走った。
あれは間合いも掴めないし、必殺の威力もある。
ティナリウェン先輩もこれで仕留めるつもりだったのだろう。
かなりえげつない攻撃だった。
でも、それをハーフェズのやつ、初見で避けやがった。
そして、勝ちを確信したかのように唇を吊り上げ、跳躍して逃れようとするティナリウェン先輩に視線を向ける。
その先輩の周囲に、五つの魔法陣が浮かんでいた。
ハーフェズの背後にも、魔法陣はまだ浮かんだままだ。
つまり、あいつは同時に十個の魔法陣を操るのだ。
恐ろしいやつ。
あの魔法陣魔法は、執事の直伝か?
ティナリウェン先輩が周囲を見回し、完全に逃げ場を塞がれたことを悟ったようだ。
やられる前にと、偃月刀を構え、もう一度偃月の牙を出そうとする。
だが、ハーフェズの方が速かった。
「食らえ、雷霆縛鎖!」
同時に五つの魔法陣が輝き、無数の雷撃が五方向から放たれた。
電撃の網に捉われ貫かれたティナリウェン先輩は、それでも強い光を瞳に宿したままだったが、体が動かずストリンドベリ先生に試合終了を告げられた。
高等科でも実力者であるベルナール先輩に続き、ティナリウェン先輩が敗れたことで観客たちは大騒ぎだ。
ハーフェズ親衛隊の女の子たちも狂喜乱舞している。
ハンスとアルフレートは、祝福しつつも複雑そうな表情だ。
ぼく、マリー、ハーフェズと、中等科が高等科を破ってきたからな。
プレッシャーがあるのかもしれない。
「なあ、ハンス。ハーフェズとエリオット卿どっちが強いかな」
「今のを見た後だと言いにくいけれど、それでもエリオット卿だと思うよ、アラナン。卿の加速は、他人と比べようがないんだ。大魔導師から直接指導を受けている高等科の学生は、卿だけなんだから」
うん、どうやら選抜戦を勝ち上がるのは、想像以上に大変のようだ。
でも、魔法武闘祭には、学院の先生に冒険者も出場してくる。
まあ、優勝は飛竜なんだけれどね。
彼と戦うことが栄誉なのだ。
あの人と手合わせをしたいと熱望する術者は後を絶たない。
「ハンスさん、ぼくは卿相手に何秒持つと思いますか?」
「うーん……中等科で十秒持った人はいないらしいからねえ。ジリオーラ・ブラマンテさんですら、去年卿に秒殺されているんだよ」
アルフレートは、どうやら目標を十秒持たせることにしたらしい。
エリオット卿との対戦だと、低い目標だと言えないところが恐ろしいな。
「わたしもアラナンやハーフェズに負けていられないよ。わたしは次代の黒騎士になりたい。皇帝陛下の剣として、帝国の頂点に立ちたいからね」
「帝国の男子たる者、剣の黒騎士と槍の竜騎士に憧れない者はいませんからねえ」
アルフレートが目を輝かせる。
まだ若いだけあって、純真だな、アルフレートは。
ぼくは帝国の人間じゃないからそういう憧れはわからないけれど、そういやマリーも王都の貴公子について語るとき、こんなきらきらした瞳を見せていたっけな。
「どうだ、アラナン。わたしより先に中等科に進級した程度では、まだ決着とは言えないからな」
ハーフェズがぼくのところにやってきて自慢していく。
マリーも勝ったときはそうだったが、何故かこいつらはみんなぼくのところにきては得意そうに鼻を高くするんだよね。
「ぼくは目の前にまだマリーがいるんでね。ハーフェズ、君とはそれに勝ってからさ」
「ふふ、偽装に蜃気楼。いい呪文だけれど、わたしの目には通じない。わたしはマリーには負けたことがないんだよ、アラナン。それを抑えてどう戦うか、じっくりと見せてもらうさ」




