第七章 激突! オースヴァール -3-
第二試合は、マリーとオーギュスト・ベルナールで行われた。
高等科でも屈指の属性魔法使いであるベルナール先輩に対し、中等科で四位のマリーの評価は低く、賭け率は八倍であった。
泣きそうになりながら金貨八十枚を持ってきたカレルに対し、二十枚を突き返してマリーの券を買う。
「いいのかよ、アラナン。流石にマリーちゃんに勝ち目はないぜ。彼女も強くなったけれど、まだハンスにも勝てないしな」
「さっき勝たせてもらったしな。お返しだよ、お返し」
カレルは機嫌を直して次の商売相手に向かっていく。
いいのかカレル。
これでマリーが勝ったら、百六十マルクだぞ。
どちらもアルマニャック王国出身だけあって、訓練場に現れたときの所作は垢抜けた感じがある。
マリーは地方貴族の娘だが、作法はみっちり叩き込まれていたみたいだし。
逆にベルナール先輩は貴族ではないが、王都ヴィフルールで都会暮らしをしていたせいか、物腰や服装が格好いいんだよな。
サルバトーレみたいな気障っぽさがないところがまたいいんだ。
身についているって感じかな。
「どうも、ダルブレ嬢。故国の後輩と久闊を叙したいところなんだけれどね。わたしも故国を捨てて魔法を極めることを選んだ以上、後輩に負けるわけにはいかない」
ベルナール先輩の口調は意外と穏やかで、激しい炎を操る魔法師の印象とはちょっと違う。
だが、優雅な物腰の中にも鍛えられた力は見え隠れしてるな。
対して、マリーは憧れの先輩に会ったせいか、少し緊張気味だ。
そういや人見知りしがちだよね、マリーは。
開始の合図とともに、ベルナール先輩が手に持った杖を振る。
高速で描かれた魔法陣が、先輩の魔力を増幅する。
へえ、魔力圧縮以外にあんな強化の方法だあるんだな。
マリーにしてみれば、その隙に接近戦を挑むのが良策だったであろう。
だが、緊張で対応が遅れた。
痛い失敗だ。
増幅された魔力が上空に炎に変換され、美しい紅蓮の火の鳥が現出する。
炎の芸術家と言われるだけあって、見事な独自呪文だ。
ベルナール先輩が杖を一閃すると、火の粉を撒き散らしながら火の鳥が飛翔してくる。
あれは危険な熱量だ。
マリーの魔力障壁じゃ一撃で貫通するんじゃないか?
訓練場は、安全策として、致死量を超える傷を負いそうなときは、訓練場を囲む障壁がダメージを肩代わりする。
無論、それが発動した瞬間に勝敗は決してしまうので逆転劇などは起こりにくい。
そして、あの火の鳥は、容易くその領域に達しそうな攻撃である。
「マリー……!」
思わず声を上げてしまったが、次の瞬間ぼくは予想だにしない光景を見た。
「氷壁!」
マリーが両手を差し出すと、その前方に薄い氷の壁が出現する。
そこに襲い掛かる火の鳥。
魔法陣で強化された炎の呪文の方が威力が高く、マリーの氷壁が一瞬で溶ける。
そのまま魔力障壁を破り、業火がマリーを焼き尽くす……あれ?
ふっと、陽炎のようにマリーの姿が消えた。
慌てて視力を増幅強化すると、業火の中にはマリーの魔力の残滓しかない。
本体は──左だ!
マリーは、己の姿を偽装で周囲に同化させている。
ぼくの強化した視力でも、朧げにしかわからない。
ベルナール先輩には見えていないはずだ。
急加速してマリーが突っ込む。
速度に特化した身体強化を操るマリーは、ジリオーラ先輩に匹敵する踏み込みをする。
死角から飛び込んだマリーの細身の剣がベルナール先輩の急所を貫き、一撃で致死量のダメージを与えた。
吹き飛ばされて転がったベルナール先輩は、ストリンドベリ先生がマリーに勝者のコールをするのを茫然と見守っていた。
「勝ったわよ!」
誇らしげに胸を張りながら、マリーが戻ってくる。
ぼくもあんぐりと開けていた口を閉じ、番狂わせを演じたマリーを褒め称えた。
「凄い……正直びっくりした。まさか、幻影を操るとは思ってなかったよ。あれは、光魔法なのか?」
「アラナンは次で当たるから、手の内は明かさないわよーだ!」
マリーは、舌を出して返答を拒絶する。
だが、大体の見当はつく。
マリーの得意な独自魔法偽装も、光魔法の応用だ。
あれは、恐らくその発展形であろう。
ここにきて新たな独自魔法を開発しているとは思わなかった。
おっと、これはもしかして、八倍の戻りがあるんじゃないか?
「主様は強うござんすが、いまのマリーも成長してなんす。侮ると痛い目に遭いなんすよ」
ファリニシュが満足そうに頷いている。いまマリーを鍛え上げているのは、属性魔法の担任というより。この狼だ。
それに、シピまで加わるのである。
うん、そりゃ強くならない方がおかしいや。
呆気なく見えるが、ベルナール先輩の火力はかなりのものだった。
あれをまともに食らって生き延びる生徒は多くあるまい。
単純な攻撃力では、マリーはベルナール先輩に大きく負けていただろう。
だが、組み合わせの相手が悪かったな。
マリーの戦法は、相手の攻撃をいなして隙を突くものだ。
正面からぶつかり合うタイプじゃない。
自慢の高火力も空回りしちゃあな。
放心状態のベルナール先輩が救護の先生に運ばれていく。
体に問題はないだろうが、立ち直れるかが心配だな。
中等科のランキング四位に負けたとあっては、以後同級生に侮られる可能性もあるし。
そして、ベルナール先輩以上に放心状態のカレルが、認証機を持ってきてぼくの勝ち分を精算していった。
もうぼくは賭けないでくれと泣いて頼まれる。
儲けが全部吹っ飛ぶどころか、足が出るらしい。
ちえっ、結構面白かったのにな。
そして第四試合。
ついに、ジリオーラ先輩の後に中等科不動の王者の座に就いたハーフェズの登場である。
訓練場の周りは観客で一杯だ。
勿論、みんな女の子ばっかりだ。
相変わらず人気抜群だな。
豪奢な黄金の髪が、長い睫毛が、湖水のような眼差しが、女の子の黄色い歓声を呼び起こす。
いつもは愛想よく女の子に調子を合わせるハーフェズだが、今日は真剣な表情で歓呼の声にも応えなかった。
余裕そうなことを言っていたが、やつも高等科が相手で警戒しているのか。
ハーフェズの対戦相手であるイシュマール・アグ・ティナリウェンは、静かに瞑想しながら開始を待っている。
使い込まれた偃月刀の輝きが、ハーフェズを落ち着かなくさせてるのか。
実際、高等科で最も巧みに剣を操るのはこの男だ。
特徴的な青い布で頭を覆ってはいるが、日頃着ている布を巻き付けたような砂漠の民の服装ではなく、動きやすい革製のチュニックに布の下穿きを履いていた。
ぼくの視たところ、近接戦ではティナリウェン先輩に分がありそうだ。
さて、ハーフェズは先輩を近付けさせずに勝利することができるかな。




