第七章 激突! オースヴァール -1-
四月になっても、フラテルニアの風はまだ冷たい。
外套の襟を合わせると、ぼくは学院の敷地の中に入った。
中に入ると、逆に暖かさを感じる。
学院のある菩提樹の丘は、空間がフラテルニアの市街とは違うのだ。
この学院に通い出して一年が経過するが、毎回これには驚かされる。
建物の入り口の隣にある掲示板に、人だかりができていた。
後ろの方で、アルフレートが爪先を立て、必死に掲示板を覗こうとしている。
ぼくはアルフレートの肩を叩くと、何をしているのか聞いた。
「選抜戦の組み合わせですよ!」
オースヴァール?
ああ、選抜戦か。
要は、来月開催されるベールの魔法武闘祭に出る選手を選ぶトーナメントだ。
学院の生徒枠が一枠あり、高等科と中等科の希望者が模擬戦をしてその席を奪い合う。
ま、高等科がいつも勝ち上がるんだけれどね。
「よろしゅうな、アラナン」
人混みの中から、ジリオーラ先輩が出てくる。
高等科に進級した先輩も、確か選抜戦に応募していたはずだ。
「えっ? よろしく?」
「一回戦や。うちとアラナンやで」
本当ですか!
高等科で、ぺてん師の異名を持つマノン・エスカモトゥール先生に師事している先輩だ。
彼女は心理魔法という魔法を使うらしいが、実際見たことがないからどんなのか全然わからない。
うう、やばいな。
ぼくはこの数ヶ月、基礎魔法の鍛練しかやってないぞ。
「ぼくは高等科のエリオット・モウブレー卿とですよ。確か、アルビオン王国のノートゥーン公のご子息ですよね。いきなり、去年の代表者と当たるなんてついてないです」
掲示板をようやく見れたアルフレートが、がっくりと肩を落とす。
中等科に進級し、召喚魔法の科目を選択したアルフレートであるが、流石に高等科最強の男には勝ち目はないだろうな。
「エリオット卿はあかんわあ。残念やけど、アルフレート君は参加賞で終わりやねえ」
落ち込むアルフレートに、ジリオーラ先輩が追い撃ちをかける。
無慈悲な一撃を食らってアルフレートは悶えているが、他の組み合わせも見たい。
ぼくも掲示板を見よう。
「参加者は十六人、中等科から六人、高等科から十人か」
ぼくの初戦の相手はジリオーラ先輩。
勝ち上がると、次の相手はマリーと高等科の先輩の勝者。
その次は──このブロックはハーフェズが来そうだな。
最後に恐らくエリオット卿か。
「ど、どうしよう。わたしの相手、炎の芸術家よ!」
お、おう……。
掲示板を注視していたら、いきなりマリーが現れてぼくの肩を揺すぶった。
おう、ちょっと待って。
たんま、たんま。
揺れる、揺れるから!
──全く、やっと落ち着いた。
「ま、ちょうどいいじゃないか。マリーはいま、属性魔法専攻だし。しかも、ファリニシュに氷属性を、シピに闇属性をこっそり教わっているって聞いたぜ。芸術家だか何だか知らないけれど、やっつけちゃえよ」
「そう簡単に言わないでよ! オーギュスト・ベルナールよ? わたしの前のアルマニャック王国からの留学生で、神童って言われた人なのよ!」
よく知らないけれど、結構すごい人みたいだ。
でも、前回のアルビオンとアルマニャックの留学生は、どっちも国に帰らなかったんだな。
特に、エリオット・モウブレー卿は大貴族の跡継ぎで、国からは期待されていたはずだ。
よく帰らない決断を下せたもんだよなあ。
「参ったよ、アラナン君。わたしの一回戦は高等科のブリジット・トリアー嬢なんだが、次がエリオット卿だったよ」
ハンスも人混みから抜け出てくる。
甘いんじゃないの、ハンス君。
高等科が相手なのに二回戦の心配するなんて。
「ブリジットは念動魔法の使い手やからね。手強い相手やで。一回戦でこけんといてや」
ジリオーラ先輩も、舐めたらあかんと釘を刺してくる。
実際、ジリオーラ先輩はブリジット・トリアーに勝ったことはないらしい。
オーギュスト・ベルナールには、静水の鏡が効果的なので負けないそうだが。
ちなみに、カレルやビアンカも中等科に進級しているが、今回の選抜戦には参加していない。
まだ力が足りないとわかっているようだ。
「ハーフェズの相手も、高等科のイシュマール・アグ・ティナリウェンやったで。イフリキアの青衣の民や。戦闘能力はえらい高いで。結構危ないんちゃうかな」
高等科の実力ランキングでは、ぶっちぎりのトップがエリオット・モウブレー卿で、次にブリジット・トリアー、イシュマール・アグ・ティナリウェン、オーギュスト・ベルナールの三人が来る。
最近ではそこにジリオーラ先輩が食い込みつつある感じだな。
こうして見ると、中等科の生徒は見事に高等科の実力者にぶつけられた感じがある。
「でも、ハーフェズ君も属性魔法を修得して、中等科トップに居座っているからねえ。アラナン君が全然ランキング戦に出てこないから」
「いや、ぼくはクリングヴァル先生に出るなって言われていて。この選抜戦でやっと許可が出たんだよ」
中等科のランキングは、ハーフェズがすでに不動のトップを獲得している。
ハンスが三位、マリーが四位、アルフレートが五位だ。
カレルだけまだ二十位くらいの低位に位置していて、結構焦っているようだ。
いや、それはぼくも同じだけれどね。
一回もランキング戦に出てないから、ぼくの順位は最下位だからね!
クリングヴァル先生は何を考えているのか。
そう言えば、サルバトーレは結局初級迷宮を突破できずに国に帰ったらしい。
別に初等科に何年もいる人もいるのだから、恥ずかしいこともないのにな。
正直、初等科から上がって半年足らずでランキング上位に駆け上がってくるハーフェズたちが、異常なんだ。
「選抜戦の第一試合はうちとアラナンやで。今度は負けへんから」
右手をひらひら振りながら、ジリオーラ先輩が校舎の中に入っていった。
何というか、女の子なのに格好いいな、先輩。
アルフレート、君も地面に蹲っていないで、エリオット卿に挑戦状でも叩き付けてきたらどうだ?
「アルにそんな根性あるわけないじゃないか、なあ!」
おお、いないと思ったら、いたのかカレル。
錬金術を専攻したそうだから、戦闘より生産に没頭していると聞いていたが。
そのカレルが、声を潜めて近寄ってきた。
「エリオット卿とアルの試合の倍率は、百対一だぞ。がちがちすぎて誰もアルの券を買わねえんだ。アラナン、一枚買っておくか?」
姿を見ないと思ったら、そんなことやってたのか!
全く、怪しからんじゃないか!
で、ぼくとジリオーラ先輩の試合の倍率はどうなんだ?
「……お前も好きだな。だが、アラナンの情報がないせいで、四倍でジルちゃん先輩有利だな。自分の分を買っておくか?」
「よし、金貨二十枚買おう」
「まじか。そんなに自信あるのか」
ぼくがジリオーラ先輩との対決に怯む様子がなかったので、カレルは慌てたようであった。
ふ、遅いよ。
金貨八十枚用意しておけよ。




