第五章 ケーファーベルクの初級迷宮 -12-
「闇黒」
シピの声が部屋に響き渡る。
同時に、ぼくの視界が真っ暗になった。
いや、これは部屋全体が暗くなったのだ。
暗くなったってことは──全て影になったってことじゃないか!
「残念、もうそこにはいないわよ」
シピのいたあたりを魔力の糸で探ったが、手応えはなかった。
すでに影渡りで脱出されたのか。
くっ、折角追い詰めたのに、こんな理不尽な脱出方法ってあるかよ!
これじゃシピを捕まえるどころか、目視することもできない。
まずいな、長期化すれば、魔法を維持する魔力がなくなる。
「アラナン、アラナン、魔力が弱くなってきているわよ。障壁を維持する魔力が心配なの? それは、貴方の魔力の使い方がよくないのよ。魔力をただ垂れ流すのではなく、循環させて障壁を維持するのよ」
何ですと。
確かに、身体強化の基本のところで魔力を循環させることは勉強したけれど、そんな利用方法は教わらなかったぞ。
「基礎魔法も奥が深いのよ、アラナン。黄金級最強の男飛龍は、基礎魔法を突き詰めることでその地位を築いたのよ」
シピ先生、為になるなあ今日の講義は。
えーと、要するに発動に使った魔力を逃さずに維持に回し続けるってことだよな。
それによって魔力の消耗を抑えると。
そうか、達人級の魔法師が常に障壁を纏っているのは、これで魔力の消費を抑えているからか。
これって、身体強化でも同じだよね。
えーと、こうかな。
流石にすぐに全部を循環させることはできなかった。
だが、意識して回すことで、確かに消費を抑えることができる。
うん、これも練習すれば、そのうちほとんど魔力を消費せずに維持できるようになりそうだ。
「そうよ、アラナン。ちょっとよくなったわ。それじゃ、わたしを探してご覧なさい」
おっと、それが問題だ。
この暗闇の中、どうやってシピの位置を探るのか。
そして、どうやって影渡りを防ぐか。
うん、無理だ。
部屋の中が全部暗闇じゃ、シピは幾らでも逃げられる。
どんなに位置を特定しても、捕まえられっこない。
じゃあどうするか。
そりゃ、暗闇をなくすしかないわな。
そして、ぼくにはそれができる呪文があるじゃないか。
「閃光」
瞬間的ではあるが、ぼくの背後から強烈な光が周囲を照らす。
その一瞬で浮かび上がったシピに向けて、部屋全体に張り巡らせた魔力の糸から、再度閃光を放つ。
全方位からの光を浴び、シピは逃げるべき影を失った。
「捕まえたぜ」
立ちすくむ黒猫に、ぼくの魔力の糸が絡み付いた。
これで試合終了だよ、シピ・シャノワール!
「……予想した正解じゃないわよ、これは」
闇黒が解除され、再び部屋が明るくなると、シピは人間の姿に戻っていた。
「暗闇の中でわたしの位置を発見させるつもりだったのよ。魔力の流れを見ることでね。でも、まあそれは宿題にしてあげるわ。一応の解答は出したことだしね」
魔力を視る訓練か。
今までも戦いの中でそれなりにはやってきたつもりだったが、確かに今回それはやってなかったな。
それも常時展開できるように訓練しろってことか。
了解であります、シピ先生!
「それにしても、伸ばした魔力の糸から閃光を放つなんてね……。そんな応用、高等科の学生でも滅多にできる者はいないわ。変なところで器用よねえアラナンは」
「褒めてるのか微妙な気がするよね、シピ!」
「一応、褒めてるのよ。さて、それじゃ補助に使っていた魔道具を返してもらおうかしら。それは、初級迷宮で死なないためのものなのよ。学院の保険ってところかしら」
え、これ返すの?
この刀とか結構気に入っていたんだけれど。
「駄目よ、アラナン。道具に頼っては勉強にならないわ。これは、まだ魔法を使いこなしていない初心者のための道具なのよ。貴方は、その上を目指すのでしょう?」
そう言われると返す言葉もないですよ。
仕方ないなあ。
また武器買わないといけないのか。
ああ、この指環とかも惜しいなあ。
あ、魔法の袋!
これもか!
「あ、その魔法の袋は貴方にあげるわ、アラナン。それくらいは、特典として認めてあげましょう」
え、本当!
それだけでも嬉しいや。
だって、これ買うとなると十万マルクはするよ。
正直ぼくの所持金じゃ手が出ないからね。
魔力の指環や再生の指環は惜しかったけれど、考えてみればこれだけの魔道具がそう簡単に手に入るわけないよね。
学院が安全マージンとして貸与してくれてたってことか。
確かに、それなかったら結構きつかったなあ。
「それと、アラナン。貴方に渡すように学長から言付かってきたものがあるわ」
「大魔導師から?」
何だろう。
そう言えば、そもそも初級迷宮を一人で突破しろっていうのはオニール学長に言われたんだっけ。
その目的が、それを渡すことなのかな。
シピが手を掲げると、奥の壁に扉が現れた。
「行きなさい、アラナン。わたしはそこに入ることは許されてないの」
入ることが許されていない?
そんな場所なんて、心当たりはひとつしかない。
セルトの聖所だ。
扉を開けると、清涼な空気が肺に流れ込んでくる。
細胞が賦活し、体の隅々まで生気で溢れるようだ。
正面には楢の木とイチイの木が植えられ、その奥には小さな泉が湧き出ていた。
泉の前には小さな箱が置かれていた。
あれが、渡すべきものなのかな。
小箱を開けると、中には短銃が入っていた。
イグナーツの竜騎銃はレオンさんの火縄銃より銃身が短かったが、これは更に短い。
銃床もないから、片手に収まりそうな大きさしかない。
銃把を弄っていると、中に弾倉を発見した。
弾丸は十発。
不思議な丸い輝く金属でできている。
とりあえず構えて撃鉄を引こうとするが、びくともしない。
何か、既視感があるよ。
なるほどね。
これはあれだ。
神の眼を開けということなんだろうな。
周囲から魔力を集め、久しぶりに神の眼を開く。
以前に比べると、滑らかに解放できるようになった気がする。
ん、体から発する光が短銃に吸い込まれていっているな。
再び撃鉄を起こす。
今度は、簡単に作動した。
適当に宙に向け、引き金を引いてみる。
音もせず弾丸が発射され、宙空に向けて飛び去った。
これは、火薬の代わりに神聖術で撃つ銃だな。
神の眼を発動した状態ならわかる。
これは、神銃タスラム。
太陽神の武器だ。
「再装填」
神の眼の感じるままに呟く。
弾倉を抜いてみると、一発撃ったはずなのに、また弾数は十発に戻っていた。
連射ができ、弾数に制限がないということか。
これは凄い。
恐ろしい武器なんだけれどさ。
結局これ、普段使えないよね!




