第五章 ケーファーベルクの初級迷宮 -7-
翌日は仕方がないので、学院に出席する。
一通り試験は終わっているようであったが、合格者はまだいない。
講義では、ドゥカキス先生が試験官の使う魔法について詳しく解説していた。
うん、流石先生だ。
魔法の知識は侮れないものがあるな。
簡単な魔力の属性変化についても語っていたが、それは中等科の科目だ。
あの程度でできるやつなんていないだろうさ。
うん、ハーフェズが指先に小さな火を灯しているが、見なかったことにしよう。
「と言うか、何であれ聞いただけでできるんだ、ハーフェズ!」
「ふ、何だ、アラナン。天才に不可能はないに決まっているだろう。だが、これは駄目だな。先生の語ったやり方では、煙草に火を点ける程度の火しか出せん」
「そりゃ、あれは点火の呪文だったしな。しかし、普通属性変化はそう簡単にできないんぞ。属性によって向き不向きもあるしな」
ハーフェズは相変わらずぶっ飛んでいた。
属性魔法に関しては、中等科の専門の人でもなかなか修得できない人もいるのだ。
それをちょっと聞いただけであっさりと再現しおってからに。
え、ぼくはどうかって?
悪いけれど、属性術を使う歴史が違うから!
ま、ぼくのは魔術だったから、再現にはそれなりに苦労したけれどね。
イグナーツとの対戦は、午後からだった。
ファリニシュの作ってきた昼食を食べていると、静かだったマリーがぼそっと呟く。
「あんた、竜騎兵なんかに負けないわよね。全く、平気な顔で学院にいるなんて、どういう神経しているのかしら。絶対、叩きのめしてきてよね」
ぼくはパンを食べる手を止めると、真面目な顔で頷いた。
イグナーツだって、好きでいるわけではないかもしれない。
だが、ヴァイスブルク家の手先として活動している以上、ぼくには情けをかける理由はない。
ましてや、マリーは狙われた当人だ。
イグナーツがいることに対する心理的負荷は大きいものがあるだろう。
此処は期待に応えてみるかな。
試合場には、何故か観衆が沢山集まっていた。
いつもそれなりには見物はいるけれど、鈴なりになっていることは滅多にない。
ぼくとハーフェズのときくらいか。
と言うか、隣で試合をやるはずのハーフェズとカレルまでいやがる。
ん、あれはジリオーラ先輩か。
なんで中等科までいるの!
どうも、中等科でも敵なしのジリオーラ先輩を破ったことで、注目を集めていたみたいね。
ぼくの試合を見てジリオーラ先輩と戦う参考にしたい人、ぼくと戦う参考にしたい人などがぞろぞろいるんだな。
イグナーツは気にしてないようだった。
彼は竜騎銃を手にしたまま、自然体で佇んでいた。
あの銃は火縄が付いていない。
新型か?
「おい、試合で銃は使用していいのか?」
「学長の許可は取った」
あの爺さん、ぼくを殺す気か!
レオンさんほどの腕も魔弾もないだろうが、銃はそれだけで危険な武器だ。
だが、一発撃たせれば連射はできないはず。
その一発を防ぐしかない。
魔力障壁で防げるのか?
立会のストリンドベリ先生の合図で試合が開始される。
合図と同時に五本の風刃を飛ばす。
イグナーツは竜騎銃を担ぎ上げたまま動かない。
何をと思った瞬間、イグナーツの魔力障壁に爬虫類の鱗のような紋様が浮かび上がった。
「竜鱗の防護壁」
にやりとイグナーツが嗤う。
風刃はその紋様に弾かれ、力なく霧散した。
マジャガリーの竜騎兵、シャールカーニアの秘伝の魔法か。
魔力障壁に竜鱗の堅牢さを持たせたのか?
「マジャガル人を魔族の末裔と呼んだのは貴様らだろう。学院の魔法が全てだと思ったか!」
イグナーツが竜騎銃の銃口をぴたりとぼくに向ける。
冷たい銃口に違和感を覚える。
この銃から、魔力の高まりを感じるぞ!
「竜の火弾」
イグナーツが銃の引き金を絞る。
撃鉄には火縄がなく、代わりに燧石が取り付けられている。
燧石が当たり金と擦れ、火花が飛ぶ。
竜騎銃から竜の咆哮のような轟音が響き渡り、燃え盛る高熱の弾丸が射出された。
危険を察知し、撃たれる前から横に飛んでいたが、それでも間に合わない。
高速の弾丸がぼくの魔力障壁にぶち当たり、紙のように破って脹脛をかすめていった。
「あつっ!」
かすめただけなのに、魔灰色熊の足甲が黒く焦げていた。
それなりに耐熱性はあるはずなんだが、とんでもない高熱だ。
火弾が着弾した地面が溶けてどろどろになっている。
ぼくの聖爆炎の方が衝撃力は高いが、熱量はこっちのが上かもしれない。
放置もできず、慌てて患部の温度を下げる。
「だが、撃たせたぞ!」
ぼくは身体強化を最大にし、楢の木の棒を構えて突進する。
先込めの銃は弾薬の装填と点火薬の補充に時間が掛かる。
今のうちに接近し、勝負を決める!
だが、イグナーツはぼくの接近に構わず悠々と弾薬の装填を行なっていた。
そうか。
竜鱗の防護壁の防御力に任せて、避ける気もないということか。
ならば、遠慮なく攻撃させてもらおう。
最大の身体強化に銀背猿の手甲の膂力を乗せ、楢の木の棒に火焔刃を纏わせる。
大岩だって叩き割れる豪快な一撃を振り下ろしたが、竜鱗の防護壁に阻まれて弾き返される。
くっ、堅いな。
イグナーツめ、微動だにしていないじゃないか。
装薬と弾丸は詰め終わり、火皿に入れる点火薬を取り出している。
余裕の表情だな、こいつ!
「どうした、アラナン。あの光の一閃は使わないのか」
イグナーツが飛竜を両断した一撃を要求してくる。
冗談じゃない。
あんなの使ったら、竜鱗の防護壁ごとイグナーツを真っ二つにしてしまう。
手数で打破しようと、燃え上がる楢の木の棒で何度も防護壁を殴るが、その度に竜鱗の紋様が浮かび上がるだけでイグナーツはびくともしない。
まずいな、そろそろ次弾の準備が終わる。
「貴様のお陰でおれは飛竜を失い、親父には勘当され、竜騎兵も馘首同然だ。その責任を取ってもらおう。覚悟はいいな!」
撃鉄が起こされる。銃口がぼくに向けられる。
二射目。
指環の魔力で魔力障壁は作ったが、耐えきれるか。
いや、ただの魔力障壁じゃ駄目だ。
もっと凝縮しないと。
左手の前に魔力障壁の魔力を集める。
幾重にも魔力を重ね、厚みを増す。
これはもう魔力障壁ではない。
魔法の盾だな。
竜の咆哮が轟く。
魔法の盾の上半分が消し飛ぶ。
それでも何とか下半分は残り、しゃがみ込んだぼくは一命を取り留める。
駄目だ、威力が桁違いすぎる。
銀背猿の魔拳が可愛く思えるくらいだ。
守勢に回ったら、押し切られてやられる。
何か、新しいことをやらないと。
唇を噛み締めながら、勢いよく立ち上がる。
黒衣を翻しながら、イグナーツが薄く嗤った。




