第五章 ケーファーベルクの初級迷宮 -3-
うん、あれだ。地図が欲しいよね。
地下一階を彷徨いながら、ぼくは何故迷宮と名付けられたか、その理由を味わっていた。
そう、迷路なんだ。
地下一階はそこまで広くはないらしいが、それでもあちこちに分岐がある。
行き止まりや十字路などが複数出てくると、とても道を覚えていられない。
「ジリオーラ先輩がペンと紙を入れてくれたのは、このためか」
仕方なくぼくは入ってきた地点まで戻ると、地道に地図を描き始める。
いやあ、迷宮探索って戦闘以外の仕事がとても多い気がする。
一人では大変だという意味がわかったよ。
罠を警戒するために、細い魔力の糸を数本伸ばして、探りながら進んでいる。
一階に出てくる罠は子供騙しで、殺傷力のないものばかりだ。
だが、これも経験だと思ってできるだけ注意を払う。
糸で感知したら、それをよく観察して肉眼でも察知できるように鍛える。
でも、罠の解除は手と糸を使ってやってみたが、全部失敗したんだな。
うん、練習が必要だよ、これは。
それでも、何とか地下一階の最奥の間には辿り着いた。
此処に来るまでにそれなりに魔力を消耗していたので、ちょっと扉の前で休憩する。
これ、前衛の斥候と背後の警戒人員が足りないや。
一人だと魔力の消耗もきついし、慣れないと奥まで行くのは大変だぞ。
最奥の間の中には、地下一階層のボスがいるはずである。
初等科の相手に大鬼ということはないだろうから、小鬼の亜種だろうか。
魔力の回復を待って扉を開けた。
扉の中にいたのは、小鬼の集団である。
だが、武装がそこら辺にいる貧弱な連中とは違っていた。
盾使いが二体、槍使いが二体、弓使いが二体に杖を持っている個体までいる。
これで連携を取ってこられたら、小鬼が相手とはいえひとたまりもない。
一番怖いのは、盾に止められている間に後衛に攻撃されることだ。
先制の風刃を放って、まずは後衛の処理を目論む。
二体の弓使いの喉を斬り裂くのは成功したが、中央の杖使いは魔法障壁でぼくの風刃を軽減した。
おう、小鬼で魔法障壁持ちだって!
ちょっと強力過ぎじゃないですかね。
杖使いが反撃の呪文を唱えてくる。
火弾か。
属性魔法まで使うって、それは中等科クラスじゃないですか。
地下一階から飛ばしてくれるなこれは。
魔力の節約なんて言っていられない。
身体強化を解放し、魔法障壁を最大に高める。
障壁に当たった火弾は衝突音を発して消え、微かに衝撃がぼくに伝わる。
ふう、危ない。
火力はそこまで高くはないようだ。
だが、ほっとしている暇はない。
魔法の応酬をしている間に、敵の前衛が距離を詰めてきている。
盾使いが前に出て、槍使いがその後ろから突いてくる形だ。
剣で攻撃しようにも、盾が邪魔で攻撃が届かない。
個々の技倆は高くはないが、こう隊列を組んでやられると厄介だ。
なので、隊列を崩させてもらう。
魔糸陣を展開し、右側の盾使いの足を絡め取る。
態勢が崩れるところに剣を強打し、盾を弾き飛ばす。
そこに槍が突き込まれてくるが、体を捻って穂先をかわす。
その回転の力を利用して、剣を盾使いの胸に突き刺した。
中に飛び込むと、敵は小回りが効かない。
それでも、左の盾使いは盾で殴り付けようとしてきた。
意外と臨機応変なやつだ。
ぼくは足で目の前の盾使いを蹴り飛ばし、剣を引き抜くと同時に後ろの槍使いへの牽制にする。
同時に盾が叩き付けられ、魔法障壁で衝撃を吸収しきれずに横に弾き飛ばされる。
敵の槍使いも態勢を崩していたので、追撃がなくて助かった。
と思ったら、後方の杖使いの火弾が障壁を揺らしてくる。
くそっ、早めに倒さないと魔力が保たないぞこれは。
盾使いが一人減ったので、やつらの隊列には綻びが生じた。
だが、それでもまだ向こうのが手数が多い。
再度魔糸陣で盾使いの足を止めると、空いた横の空間から接近し、剣に魔力を纏わせて一気に盾使いの首を飛ばした。
そこに、二本の槍と火弾が襲い掛かってくる。
ええい、もう一発くらいは保つだろう。
ぼくは火弾は無視し、槍の穂先が伸びてくるところを切断する。
同時に火弾を食らった魔法障壁が限界を迎え、効果を失う。
くっ、ここからは急ぎだな。
武器を失って硬直した槍使いの片割れの頭蓋を叩き割り、逃げようとした片割れの背後から心臓に剣を突き立てる。
これでようやく面倒な前衛を始末した。
だが、一番厄介な相手がまだ残っている。
追撃の火弾を転がって避けると、起き上がって一気に距離を詰めた。
予想通り、杖使いは身体強化を発動して杖を構える。
身体強化の練度がまだ甘いのが救いか。
あれならば、初等科の生徒に毛が生えた程度だ。
振り下ろされる杖を弾き返し、ぼくは杖使いの胸に飛び込んだ。
魔法障壁が一瞬抵抗したが、剣に纏ったぼくの魔力が上回った。
心臓を貫かれた杖使いは、血を吐きながら静かに倒れ込んだ。
やれやれ、何とか終わったか。
地下一階からこれって、この先に不安を覚えるな。
流石に疲労を覚えたぼくは、暫く座り込んでいた。
魔術で一掃できるなら楽なのにな。
まあ、これも経験だと思うしかない。
小鬼たちの死体は、やはり光の粒になって消えていく。
部屋に飛び散った血や武器なども消えていく。
不思議な光景だ。どういう仕組みなんだろうか。
光の粒が消え去った後に、小箱がひとつ残されていた。
何だろう。
魔力の糸で探っても罠はない。
箱の蓋を開けると、中には銀の指環が入っていた。
魔力を感じる指環だな。
効果はわからないが、一応しまっておこう。
地下一階のボスを倒したので、下に降りる階段と、外に出る門が出現している。
とりあえず、今日は此処までにしておこう。
門を潜って外に出る。
外はすでに陽が落ちかけていた。
思ったより長く中に入っていたようだ。
学院の職員がまだいたので、外に出た手続きだけはする。
中で倒した魔物は、学院の成績に影響するのだ。
旅券に登録されている情報の送信だけはしないといけない。
「お、出てきたぜ、アラナンが!」
何故か三人組がケーファーベルクの丘の麓にたむろしていた。
カレルは気安げにぼくの肩に手を回すと、背中を何度も叩く。
何だってんだ、全く!
「悪いね、アラナン君。カレルがどうしても迷宮の話を肴に飲みたいと聞かなくてね」
「あー、よく言うぜ、ハンス! お前だってアラナンから迷宮の話聞きたがっていたじゃないか!」
「ぼ、ぼくたちも明日試験なんですよ。勝てばぼくたちも迷宮に入れますからね!」
普段大人しいアルフレートまで興奮気味だ。
まあ、無理もない。
男として、迷宮聞くと何か滾るものがあるんだ。
ぼくにもわかるさ。
「わかった、わかった。話してやるよ。その代わり、今日はハンスの奢りだからな」
「有難うございます、ハンスさん!」
調子のいいカレルが、即座にぼくの台詞に乗ってくる。
ハンスは苦笑してカレルの頭を叩く。
だが、それでもハンスは奢ってくれるだろう。
そういうやつさ、ハンス・ギルベルトって男は。




