第五章 ケーファーベルクの初級迷宮 -1-
アンサー・ブランことイフターハ・アティードが去り、平和な日常が戻ってきた。
オニール学長とシピの推測では、ロタール公がルウム教会には内密に聖典教団と手を組んだということだ。
基本的に聖典の民と呼ばれる連中は、ルウム教会と同じ神を奉じている。
むしろ、元々は連中が信じていた神だ。
それが、ルウム帝国に取り入れられたのである。
だが、その選民性と頑迷さから、ルウム教会には同じ宗教と認められていない。
しかも、砂漠の遊牧民によって国を滅ぼされており、長年大陸を放浪する根無し草の生活を送っている。
ルウム教会は保護しないし、自然と迫害される傾向にあった。
その聖典の民を保護するとなると大事件だ。
ロタール公は下手をすれば教会から破門される。
それでも、超常の力を欲したのか。
フラテルニアと対峙するために。
ヴィッテンベルク皇帝位を狙うエーストライヒ公は、そこまで踏み込めないはずだ。
皇帝は、ルウム教会が認めて初めて即位できる。
だから、これはロタール公の独断だろう。
エーストライヒ公が聖修道会と取引したことで、ロタール公は暴走しているのではないか。
そんな内容を大魔導師から聞き出したが、基本ぼくたちの生活に影響があるわけではない。
シピ・シャノワールの監視の目が少し厳しくなり、何人かの冒険者がフラテルニアに派遣されるようだが、ぼくには関わりがなかった。
ぼくが大魔導師に言われたことは、ケーファーベルクの初級迷宮を、一人で突破しろと言うことだけだ。
当然、魔術と神聖術は禁止である。
前回の野外実習と異なり、ケーファーベルクの初級迷宮挑戦は一斉に行われるものではない。
来月行われる試験を突破した者だけが中に入ることができる。
試験は四人一組で、中等科の生徒が試験官となる。
四対一の模擬戦だ。
マリーはハンスら三人組の班に入った。
ファリニシュが試験免除になったせいだ。
一応マリーについていくようだが、手出しはしないらしい。
残念ながら、ジャンは迷宮の中に入れない。
生徒資格がないと駄目らしい。
ぼく、ハーフェズ、イグナーツの三人は一人で受けろというお達しが出た。
ぼくとハーフェズは力量的に、イグナーツは組む生徒がいないせいだろう。
仲間外れのようで可哀想ではあるが、後ろから斬り付けられたい人間はいないから仕方がない。
試験はランキング順なので、まずはハーフェズから受けることになっている。
ハーフェズとぼくの試験官は同じで、中等科のランキングトップの生徒だ。
結構難易度が高い気がするんだが、大丈夫なんだろうか。
ぼくたちの相手となる中等科のトップは、ジュデッカ共和国の出身だと言う。
水の都と呼ばれるジュデッカは、ノストゥルムの内海の覇者に相応しい艦隊を有している。
セイレイス帝国の西進に歯止めを掛けている大きな要因のひとつだ。
ジリオーラ・ブラマンテは、そのジュデッカの豪商の娘だ。
赤毛の快活な女性で、気さくな人柄からか誰からも好かれている。
中等科からはクラスが幾つかに分かれるが、彼女は属性魔法の専門家だった。
派手な王道の魔法だが、これでランキングトップを維持しているのだ。油断はできない。
そして、初等科の先陣を切ってハーフェズがジリオーラさんと激突した。
例によって無数の魔法の矢を作り、問答無用で力押しに出るハーフェズ。
だが、ジリオーラさんが右手を一閃すると、空中に巨大な静水の鏡が出現した。
ハーフェズの魔法の矢がその水鏡に衝突すると、そのまま全て反射され、術者へと弾き返される。
流石のハーフェズも、目を剥いた。
「属性魔法の独自呪文だと。中等科じゃなくて、高等科の間違いだろう!」
その叫びだけを残し、ハーフェズは盛大に自滅した。
魔力障壁の限界を超えて魔法の矢を食らい、ぼろぼろになって吹き飛んだのだ。
ダンバーさん以外に喫した手痛い敗北に、自信家のハーフェズもちょっと落ち込んでいた。
確かに、あれなら中等科ランキングトップを走るはずだ。
遠距離攻撃はほぼ無意味じゃないか。
さて、どうしたらいいか。
ハーフェズですら圧倒される相手に、ぼくが何ができるだろう。
風刃なんて使ったらハーフェズの二の舞だし、接近戦に賭けるしかないのかな。
でも、自前の魔力だけだと厳しいなあ。
ああ、あれならできるかもしれない。
ぼくの得意技ではあるし、イメージはできている。
魔力の消費は激しそうだが、短期決戦ならいけるかもしれない。
「かなわんなあ、次の相手はまた一人かいな。中等科の一番も軽う見られたもんやね」
ジリオーラさんは愛想よく笑って握手を求めてきたが、目が笑っていなかった。
あれ、おかしいな。
優しい笑顔、お姉さんにしたい先輩ナンバーワンのはずなのに。
ハーフェズとぼくが一人で戦うから怒ってらっしゃるのか。
「はあ、ぼくはハーフェズの次の順位なんで、お手柔らかにお願いします」
「ほな、向こうが初等科の一番なんやね。よかったわ、あの魔力はいけずやもん。あんな子が仰山おったら、ほんまたまげるわ」
こいつはハーフェズほどじゃない、とジリオーラさんが油断してくれたら幸運だ。
まあ、勿論中等科トップともなればそんな心の緩みなんてあるはずがない。
開始早々に鉄壁の静水の鏡を展開し、飛び道具を封じに掛かってくる。
そのまま身体強化を発動し、同時に流水という二つ目の独自呪文を唱えてぼくに向かってくる。
その突撃速度は、初等科の生徒とは比較にならなかった。
本来の力を発揮していれば、ぼくの身体強化では彼女の速度に追い付けなかっただろう。
事実、ぼくは彼女の動きがほとんど見えてなかった。
中等科のレベルを完全に超えている動きだ。
これがジリオーラさんの必勝の手順。
不敗の連携であった。
それに対してぼくがやったのは、魔法の手の応用である。
魔力を見えない糸状にまで細くし、自分の体を中心に円状に張り巡らせる。
魔糸陣と名付けた結界だ。
この魔力の糸に触れた瞬間、どんなに速くてもぼくにはその位置がわかる。
そして、触れた足に対して瞬時に足許の糸が絡み付くのだ。
その動きは、蔦の手をイメージしてある。
魔力の糸が撚り合って太く強くなり、ジリオーラさんの足を縛り付けた。
「なんやこれえ!」
ジリオーラさんが叫ぶのと、ぼくが楢の木の棒を突き付けるのはほぼ同時だった。
「初等科で独自呪文ってあかんやん。どんな天才君なんほんま!」
駄目だと言われてもな。
確かに魔力はごっそり削られるし、連発はできない大技だ。
でも、結構これは使い勝手いいな。
二度目からは警戒して対策取るだろうけれどね。
何はともあれ、こうしてぼくは、今年ケーファーベルクの初級迷宮に挑戦する権利を獲得した初めての初等科生徒となったのだ。




