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ルーの翼 ~アラナン戦記~  作者: 島津恭介
第一部 フラテルニア魔法学院編
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第一章 黒猫を連れた少女 -5-

 ジャンの顔も強張っている。

 本物の騎士が一騎いるだけで、その部隊の戦闘力は跳ね上がる。

 ジャン・アベラール・ブロンダンが騎士としての装備を整えていれば、ユルゲン・コンラートにも対抗できたかもしれない。

 だが、胸当てひとつ着ていないジャンでは、ランスチャージを食らった時点で死が決まる。


「逃げるべきじゃないかしら」


 黒猫のシピが常識的な意見を言う。

 だが、彼らは街道を封鎖している。

 街道の左はレナス川で、右には森が()り出してきている。

 避けて前に進むことはできない。

 いや、一マイル(約千六百メートル)ほど戻ったところに南に進む間道があったかな。

 森の中を行く道だから、馬車では行けないかもしれない。


 愚図愚図している間に、ユルゲン・コンラートが進み出てきた。

 兜の面頰を上げ、素顔を晒す。

 意外と若い。

 まだ二十歳くらいだろうか。


「全員旅券を提示しろ!」


 いつも剛胆なマリーも緊張している。

 ジャンは一瞬振り返ってこちらを見たが、マリーと目が合うと腹を決めたみたいだった。

 ずいと一歩進み出ると、ジャンは胸を張ってヴィッテンベルク語で叫んだ。


「ここはヘルヴェティアの領内。帝国騎士(ライヒスリッター)に検問される()われはありませんな!」

「何がヘルヴェティアの領内だ。おれがいる以上はここは帝国領だ! 愚図愚図せずにとっとと出せ! 出さなきゃ、男二人は殺すまでだ!」


 無茶苦茶だな、この人!

 口を封じてなかったことにする気満々だよ。


 むかついたので、馬車を降りてジャンの隣に立つ。

 ユルゲン・コンラートが見下した目でぼくを見る。

 こいつは典型的な貴族様だな。

 マリーからは感じなかった嫌な気配を強く感じる。


「なんだ、小僧(キント)。お前に用はないから、女を出せ」

「小僧じゃない。アルビオン国王の命を受けたアラナン・ドゥリスコルだ。貴様のやっていることは、アルビオンを敵に回す行為。叩き出されないうちにその不法侵入をやめてとっとと帝国に帰れ」

「はっ! 魔法学院に入学するやつは、卒業するまでヘルヴェティアの国民だ。アルビオンは関知せん!」

「入学したらね。ぼくはまだ入学前だ。アルビオン王の効力下にあることをお忘れなく。わかったら、その船に大人しく乗り込むんだな」


 ちっとユルゲン・コンラートが舌打ちした。

 平民に言い負かされて、沸騰している様子はある。

 これで退()いてくれれば苦労はしないんだけれど、そんなに甘くはなさそうだ。


「ふん、殺してしまえば、誰がやったかわかりゃしない。おい、お前ら、射殺してやれ!」


 激昂(げきこう)して自分で突っ込んでくると思いきや、意外と冷静だよこの男。

 親玉一人制圧する方が楽だったのに、盾兵と槍兵が前進し、弓兵が射撃を開始した。

 本当に撃ってきやがったな、こいつら!

 

大地の壁(アーラー)


 楢の木(ロブル)の棒に魔力を通し、大地から力を吸い上げて眼前に土の壁を築く。

 隆起した土壁は七フィート(約二百十センチメートル)に達し、飛来した矢を防いだ。


「おかしな魔法を!」


 ユルゲンは土壁を回り込ませようと左から盾兵と槍兵を前進させてくる。

 あの前進の足を止めないと、数の力で押し込まれるな。

 盾使いが五人もいたら、ジャンもろくに身動きできないだろう。

 火種がないと使いづらいが、ここは使わざるを得ないかな。


 いつもより、魔力を楢の木(ロブル)の棒に込める。

 いつもは自然の精霊から力を分けてもらって呪文を唱えているから、さほど魔力を使わない。

 しかし、残念ながらここには火種がないから、自分の魔力で呪文を行使しなければならない。

 使おうとする魔術はかなりの威力のものだから、ぼくの魔力を結構持ってかれる。


聖爆炎(ウアサル・ティーナ)!」


 楢の木(ロブル)の棒の先端が鮮烈な輝きを発し、一筋の光条が兵士たちの中央に向けて放たれる。

 光が大地に突き刺さった瞬間、耳を(つんざ)くような爆音と衝撃が発生した。


 轟音とともに十人の兵士たちは吹き飛んだ。

 黒煙がたなびく中、兵士たちはみな地面に倒れ伏して動かない。

 ある者は腕が千切れ、ある者は首がおかしな方向に折れ曲がっている。

 無傷な者は誰もいない。

 それだけに、ぼくもかなりの魔力を使った。

 全身に虚脱感が襲ってくる。


「ジャンさん、今のうちに。ぼくもいまの呪文で結構魔力を使ったので」

「お、おう……」


 ジャンのぼくを見る目に畏怖が混ざっていた。

 だが、現実的で経験豊富なこの男は、すぐに頭を振って切り替えると、剣を抜いて前進した。

 ユルゲン・コンラートが呆然としている間に何とかしたい。


 ぼくの傍らを、素早く影がすり抜ける。

 馬車を降りたマリーが細身の剣(エペ・ラピエル)を抜いて飛び出したのだ。

 狙われているのがわかっていて大胆な。


 ユルゲン・コンラートは、信じられないと言った表情で吹き飛んだ部下たちを見た。

 音と衝撃にも僅かな動揺しか見せない軍馬は、かなり優秀だろう。

 だが、乗り手は馬に相応しいとは言えないかな。

 正気に戻るのに五秒も掛かっている。あれではエアル島で狩人にはなれないな。


 ジャンが接近するより少し早く、ユルゲンが正気に戻った。

 騎士槍(ランス)を構え直し、馬に拍車を当ててチャージを掛けようとする。

 距離は潰したから威力は減殺されるだろうが、鎧を着ていないジャンには危険だ。

 最低限の援護はいるだろう。


蔦の手(クラン)


 残り少ない魔力で妨害の呪文を唱える。

 使い勝手のいいこの呪文はぼくのお気に入りだ。

 使用する魔力も少なくて済む。


 軍馬の足許から伸びてきた蔓が、足に絡み付いて動きを制約する。

 いきなり動かなくなった馬にユルゲンは怒りの声を上げるが、蔓はそう簡単には切れたりしない。


 その間に接近したジャンは、板金鎧(プレートメイル)を着込んだユルゲンを無視して軍馬の足に剣を叩き付けた。

 右前足を半ば斬られた軍馬は痛そうな嘶きとともに大地に崩れ落ちる。

 バランスを崩したユルゲンは、装備の重量に負けて馬から転がり落ちた。


詰みだなエシェック・エ・マット、ユルゲン・コンラート。降参するなら、命だけは助けてやるぞ」


 ジャン・アベラールが得意そうにユルゲンの顔面に剣を突き付ける。

 ユルゲンの顔は引き攣っており、敗北を受け入れられない感じだ。

 ジャンの意地の悪い顔を見たら素直になれない気持ちはわかる。


「くそっ、弓兵、こいつらを撃て!」


 後方に控えている弓兵に対して、ユルゲンが援護の射撃を命じる。

 だが、そっちはすでにマリーが制圧していた。

 一瞬にして距離を詰めたマリーが、舞うように弓の弦を斬り裂いて無力化してしまったのだ。

 弓兵と従士は短剣を抜いて構えているが、構え方は素人でとてもマリーの相手になるとは思えない。


「このまま帰るなら、貴方たちは見逃してあげるわ。抵抗するなら、領土侵犯の現行犯でお仲間みたいになるわよ」


  ちらりとマリーが爆発で吹き飛んだ兵士たちを見る。

 三分の一は直撃を受けて即死し、三分の一は重傷を負い、三分の一はようやく体を起こしかけている。

 まあ、もはや彼らには戦意はなさそうだから、命まで奪う必要はなさそうだ。


 ユルゲン・コンラートを自由にしたら面倒そうなので、鎧を脱がして蔦の手(クラン)の蔓で縛り上げ、馬車の中に放り込んだ。

 一応、フラテルニアの近くで解放すると約束してやる。

 部下たちは重傷者の応急手当てをし、死者とともに船に運び込んで一度街に戻るようだ。


 マリーはジャンとともに御者台に座り、ぼくはユルゲンと馬車の中で親睦を深める係である。

 勘弁してほしいが、ユルゲンとマリーを二人きりにするわけにもいかない。


「頑張った結果が貧乏籤か」


 思い切り怨みのこもった視線をぶつけてくるユルゲンを見て、ため息を吐いた。

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