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ルーの翼 ~アラナン戦記~  作者: 島津恭介
第一部 フラテルニア魔法学院編
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第四章 ルンデンヴィックの黒犬 -2-

聖修道会セント・レリジャス・オーダーの……お会いできて光栄です、猊下」


 慌てて起立して、一礼する。

 だが、周りのハンスたちはくすくすと笑った。

 何だ? そういや、ハンスたちはフラテルニア大聖堂(グロスミュンスター)には行っているのか?

 ルウム教会と聖修道会セント・レリジャス・オーダーは同じ神を信仰しているんだっけ?


「ベルンシュタイン様は気取らない方なんだ。公式な場ではともかく、こんな酒場で堅苦しい礼はいらないよ」


 ハンスが笑いながら言ってくる。

 カレルも、親しそうにベルンシュタイン大主教の肩に手を掛ける。


「そうだよ。おれたちはウルとは友達だからさあ。夕方の礼拝もいつも行っているんだぜ」

「カ、カレルさんはもう少し節度を持った方がいいですよ!」

「そうよ。カレルは顔は出すけれど、礼拝よりお菓子目当てじゃないの。あれは小さな子用なのよ」


 ああ、マリーが彼らに人見知り癖がなくなったのは、礼拝でも一緒だったんだな。

 カレルみたいに社交的で気さくに話し掛けるやつがいたら、ぼっちにはならないだろう。

 マリーとアルフレートに引き離されるカレルを見ながら、あのときカレルが助かってよかったと思った。


「いいんですよ。カレル君みたいな爛漫な者こそ、神は愛されるのです。でも、無闇に騒いで酒場に迷惑を掛けてはいけませんよ。自由に振る舞うことは、自分の行動に責任を持つことです。人に迷惑を掛ける振る舞いは、自由ではなく勝手と言うのです」

「いやー、だからおれたちウルが好きなんだよ。故郷の司祭たちは威張ってるやつが多くてさあ」


 ボーメン王国のルウム教会の司祭たちは、いにしえのルウム帝国の共通語であったラティルス語を使う。

 ラティルス語を解さないチェス人の子供たちには、ちんぷんかんぷんらしい。

 ベルンシュタイン大主教は、ヴィッテンベルク帝国語で教典を書き、礼拝を行なっている。

 それが聖修道会セント・レリジャス・オーダーの強みのようだ。

 ルウム教会の教皇集権主義と対立を繰り返しながら、未だに潰されていないところに(したた)かさを感じる。


「ベルンシュタイン様は時々学院でも講義されるのよ。アラナンは来てなかったから知らないでしょう」

「いや、マリーさん。ぼくはさぼっていたわけじゃないからね? ベルンシュタイン大主教はご存知ですよね?」

「そうですね。ティアナンから聞いてますよ。アラナン君も頑張っているのですから、マルグリットさんもそれは認めてあげないと」

「うー、でも、何の連絡も寄越さなかったのよ。一言くらい伝言を残してもばちは当たらないと思うわ!」

「そうですね。配慮は必要だと思いますよ、アラナン君」


 あいた、藪蛇だ。


 それから、如何にぼくが女性への配慮に欠けるかを、延々とマリーはベルンシュタイン大主教に説き続けた。

 すっかりへこまされて小さくなったぼくを哀れに思ったのか、ハンスがそっとビールの杯を差し出し、カレルが新しいソーセージ(ヴルスト)の皿を押し出した。

 ちえっ、こいつらいいやつだな。

 なんかソーセージ(ヴルスト)がしょっぱいや。


 食事が終わったベルンシュタイン大主教が引き上げると、ぼくたちもお開きにすることにした。

 マリーはジャンとファリニシュを連れて満足そうに帰路に着き、ぼくは三人に肩を叩かれながら悄然(しょうぜん)と歩いた。

 うん、色々あったけれど、男の友情が深まったのはいいことだよね、きっと。


 学院の講義では、未だに身体強化(ブースト)魔法の矢(マジックアロー)をやっている。

 だが、どちらも習熟しているぼくとハーフェズには、魔力の手(マジックハンド)魔法(ソーサリー)を新たに教えられた。

 まあ、魔力を伸ばしてものを動かしたり掴んだりする呪文だな。

 これのコントロールは流石に難しく、大きな動きはできるんだが緻密な作業はやはり難しい。

 ハーフェズも同時に何本も出すことはできるが、豆を掴むようなことはできない。

 この天才でもできないことがあるなんて、 ちょっとだけ安心したよ。


「しかし、学院の初等科は戦闘を想定した魔法(ソーサリー)ばかりだな」


 ハーフェズと二度目の対戦をやった。

 当然、無数の魔法の矢(マジックアロー)魔法の手(マジックハンド)に翻弄されて終わりである。

 いまの初等科生徒であれに対抗できる者は誰もいない。


「各国が望んでいるのはそれだからね。優秀な兵士が欲しい。だから、最低限それだけは鍛えるのさ。資質のある者は中等科で専門的な魔法(ソーサリー)を習い、そしてヘルヴェティアに忠誠を誓う者だけが高等科で秘儀を学ぶ。学院としては高等科に進む人間を少しでも多く集めたい。だから、各国に餌を撒いて人を集めている。各国も学院に人を取られる危険はあるものの、魔法(ソーサリー)の 力を無視できずに学院に人を送る。危うい均衡がそこにあるのだよ」

「でも、ハーフェズなら、国に帰って人に教えられるんじゃない?」

「ははは。アラナン、わたしは自分でできることを、体系化して人に伝えることなどできないよ。わたしにはできることが、他人に何故できないのかわからないからだ」


 うん、もっともだ。

 こいつは結構自分がわかってやがるな。


 ファリニシュの特訓の効果か、マリーの魔法の矢(マジックアロー)のレベルが上がってきていた。

 威力は大したことはないが、器用に操作して命中性が大幅に上がっている。

 巧く魔法の矢(マジックアロー)を牽制に使われ、剣を振るう間もなく転がされたアルフレートは、マリーの上達ぶりに素直に感嘆の声を上げていた。


「ふえー、やられましたよ、マルグリットさん。魔法の矢マーギッシュ・プファイルを防ごうとしたら逆から足が飛んできていました」

「アルフレートは性格も素直だけれど、剣も素直すぎるのよ。それでは騎士として致命的すぎるわ。ハンスも真面目だけれど、彼の剣はもっと(したた)かだわ。特に、アラナンとやるようになってから、凄い考えているのがわかるもの」

「ぼくを引き合いに出すのはいいが、褒められている気がしないんだけれど」


 最近、三人組は冒険者ギルドに登録したらしい。

 魔物との実戦訓練を積んでいるせいか、特にアルフレートは実力を上げてきている。

 それをあっさり倒すのだから、マリーの上達も大したものだ。


「あれ、カレルがサルバトーレに勝ってるわ」


 隣の試合を見ていたマリーが目を丸くする。

 そこには、サルバトーレの首に剣を突き付けて得意げな顔をしているカレルがいた。

 いつの間に腕を上げたんだろう。


魔法の矢(マジックアロー)をサルバトーレが防ぎ損なったんだよ。カレルの魔法の矢(マジックアロー)の威力がサルバトーレの想定を超えていたんだな」


 ハーフェズが見ていたようで解説をする。

 アルフレート曰く、カレルは三人組で一番魔法の矢(マジックアロー)が巧いらしい。

 最近、身体強化(ブースト)だけじゃ勝負が決まらなくなってきたね。

 これは対戦ランキングにも影響を及ぼしそうだ。

 ま、ハーフェズの牙城は揺るぎないんだけれどさ。


 二ヶ月が過ぎる頃、学院にイグナーツが戻ってきた。

 どういうことかと思ったが、エーストライヒ公が学院に賠償金を支払ったようだ。

 ファドゥーツ伯は、責任を取って家督を息子に譲って隠居したと言う。

 その交渉を纏めてきたのが、あのベルンシュタイン大主教らしい。

 オニール学長の要請で、エーストライヒ公爵領の領都ヴェアンまで行っていたのだ。


 正直、初等科の生徒がイグナーツに向ける目は冷たかった。

 何で退学にしなかったのか、理解に苦しむ。

 イグナーツも針のむしろだろうが、こうなることはわかっていたはずだ。

 何故マジャガリー王国に帰らなかったのだろう。


「エーストライヒ公は、手駒を学院に残すために金を支払ったんだろうな」


 悩んでいると、事情に詳しそうなハンス・ギルベルトが説明してくれた。


「その代わりベルンシュタイン様は、フランデルン伯爵領、エノー伯爵領、ブリュバン公国の布教の自由をもぎ取ったらしい。あの辺りは聖修道会ハイリヒ・オルデン・デア・ブルーダーがルウム教会と衝突しているからな。ヴァイスブルク家の公認を得ておきたかったんだろう」


 そこはアルトワ伯爵領の北東にある地域だった。

 そこもヴァイスブルク家が支配しており、その気になればアルトワ伯爵領に圧力を掛けられる。

 ベルンシュタイン大主教は、そこに楔を打ち込むつもりなのだろう。

 優しい巨人の(したた)かさを見た思いだった。

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