第三十六章 タル・イ・マルヤーンの迷宮 -6-
日頃「ルーの翼」を御愛読頂き、誠に有難うございます。 ページ下部から、ブックマーク、評価など頂ければ作者の励みになりますので、できましたらお願い致します。 (要ログインです)
マリーの聖光は、三つの攻撃方法があるそうだ。
広範囲に照射、光線として射出、そして武器に付与しての攻撃である。
広範囲への照射は消費する魔力も大きく、威力も弱い。
光線として射出するのは、聖騎士の聖光刃に似ているが、あれより発動が遅く、軌道も見切られやすい。
武器への付与が一番手軽で効果も見込めるというのが現状のようだ。
一時的に盾として使用することもできるようだが、聖騎士のように常に纏っていることはできない。
もう少し、訓練が必要なのだろう。
貴族街に入ると、徘徊しているのは先ほどの死霊の騎士ばかりになった。
ちょうどいいとばかりに、マリーが聖光を剣に付与して無双する。
マリーの光は、死霊系の敵には絶大な威力を発揮していた。
ジリオーラ先輩の魔力刃より、威力は大きい。
「うちより倒す速度が速いなんて納得いかへん」
聖光の剣で斬りまくったマリーは、さらに別な魔法を開発していた。
聖光の光球を作り出し、自分の頭上に展開したのである。
これは、一定の範囲内に近付いた敵性生物を自動的に攻撃するようであった。
アルトゥンの生死球に似ているのではないか。
これのお陰で、マリーは死霊の騎士の集団に一人で突っ込んでも蹂躙できるようになった。
背後から来る敵も、光球が聖光の光線を発して撃退するのだ。
圧倒的な強さで、死霊が可哀想になるくらいであった。
ジリオーラ先輩は、マリーに負けまいと頑張った。
長剣の斬撃に合わせて水の刃を操り、一回の斬撃で複数体の死霊を斬り倒す芸当までやってのけた。
流刃というらしい。
水流は意のままに操れるらしく、囲まれても一瞬で蹴散らし、抜群の安定感を見せる。
でも、それでもマリーのが殲滅速度が速い。
先輩が憮然とするのもわかる。
「次の選抜戦どないなるんやこれ」
先輩の呟きに、ぼくも同感である。
いまの先輩とマリーなら、トリアー先輩やベルナール先輩の力を凌駕しているだろう。
伯爵やティナリウェン先輩ともいい勝負なんじゃないかって気がする。
あの二人も相当腕を上げているんだけれどね。
貴族街を探索するうちに、だいぶ時間が経過していた。
地下なので昼夜はわからないが、そろそろ休息が必要であろう。
適当な廃墟に入り、死霊が入ってこないように聖杯で結界を作ってもらう。
腹も減ってきた頃合いだ。
ファリニシュに、食事を出してもらう。
ナン、きゅうりとヨーグルトのサラダ、玉ねぎ入り羊ミンチ串……イスタフルで仕入れた料理のようだ。
「よく食べられるわね」
キャバーブをむしゃむしゃ食べ始める先輩を見て、マリーが嘆息する。
「お姫さんは繊細やなあ。商人はこないな程度でへこたれへんで」
「わたしだって平気だけど……あの腐った連中見ると流石に……ねえ」
死霊の中には、だいぶ身体が損傷して腐乱しているのもいる。
そういう連中は弱いから倒すのは楽だが、臭いや見た目で辟易とするらしい。
ぼくの場合は、たいして気にならない。
エアル島での訓練で、どんな状況でも食べ物を摂取できるよう鍛えられている。
とは言え、美味しいにこしたことはないけれどね。
「それより、明日は宮殿に突入する予定ですんで、いまのうちにしっかり休んでおいてください。マリーも食べられるときに食べるんだ」
「宮殿の前にも八色の雷ってのがおるんやろか」
「いるようですね。神の眼で見たところ、炎の精霊のような存在がいるようです」
「炎ならアラナンには通じないんじゃ。楽に突破できるんじゃない」
「そうだね。でも、ライェダンの雷を奪えなかったように、何があるかわからない。太陽神の翼を解除されたのも初めてだしな」
並みの魔族では突破できない強力な守護者が揃っている。
アンシャンの遺跡が長いこと放置されていたのもわかる気がする。
何らかの理由がないと、こんな危険な場所に来ようと思う者はいない。
「ここの最奥に何があるかも見れるんじゃないの?」
「いや、障壁で閉ざされていて城内はわからないんだ。守護者を倒さないと、中の様子は見ることができない」
城内には、かなりの脅威が存在している。
それは、ファリニシュの態度を見ていればわかる。
この魔狼は、明らかにアンシャンに何がいるかを知っている。
道中の守護者をぼくらに任せっぱなしにしているのは、その存在を警戒しているのだ。
だが、死の街と化したこの太古の都市に、いったい何が潜んでいると言うのか。
「──それにしても、アンシャンはかつては魔王の都だったわけよね。でも、今まで魔王を祀っていた跡はなかったわね」
崩壊が酷いせいでどんな建物だったかわからないものが多いが、確かにマリーの言う通り魔王の像のひとつもない。
シューシュの王は、牛の角を持つ巨神と聞く。
嵐の王、破壊の権化。
マタザが立ち寄るくらいなら、その神像くらいあってもおかしくない。
「アンシャンは、あの野暮が奪った都でござんす」
ファリニシュは、魔王の存在を言葉にしたくないようであった。
慎重に、言葉を選んで口にしているように見える。
「もともとは、わっちのおゆかり様がおりんした。古い馴染みでござんす。でも、もう何千年も前に、あの野暮にその身を砕かれたでありんす。そして、あれは都をアンシャンからシューシュに移しんした」
「魔王以前に信仰されていた神ってこと? え、それをイリヤが知っているの?」
「ほんまかいな。ほんなら、イリヤは何千年も生きている神ってことやんか」
ファリニシュが素性を明らかにするようなことを言ったのにも驚いたが、頃合いだと思ったのかもしれない。
そろそろ、自分の本来の力を解放しないとまずい敵も出てくると言うことだろう。
「彼女は太陽神の眷属となった旧い神の一柱だ。あの大喰らいの馬と同じさ」
「ええっ、アラナンは知っていたの!」
「あの馬もかいな。確かに、ペレヤスラヴリの白き魔女は魔王の軍勢をも退けはったとは言いよるけど……」
混乱する二人を宥めて、ぼくはファリニシュに向き直る。
アンシャンには、敵の手が伸びている。
だから、ファリニシュは警戒して敵の名を口に出さない。
だが、その名前だけは知っておきたかった。
「それで、アンシャンを治めていた神は、誰なんだ」
ファリニシュはためらっているようだったが、ぼくの顔を見て考えを変えたようだ。
いまのぼくなら、言っても大丈夫だと判断したのかもしれない。
寂しそうに微笑むと、狼は口を開いた。
「太古の蛇、母なる竜……多くの名を冠されさんしたが、もっとも知られた名は大いなる海でござんす」
 




