第三十六章 タル・イ・マルヤーンの迷宮 -4-
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(このデル・シアーのもとに辿り着く人間がいるとは)
陰々と頭の中に念話が響く。
この死霊は、尋常の魔力ではない。
その証拠に、ぼくの領域支配と拮抗し、主導権を譲ってこない。
「お前も八色の雷か」
(そうだ。このアンシャンの市街を警護する者。わたしが八色の雷の二、デル・シアーだ)
黒い雷が、死霊の周囲を覆っている。
あれは、マリーやジリオーラ先輩ではちょっと近づけないだろう。
ぼくでも、何発も受けたら障壁が保たない。
ファリニシュの援護を受けるべきか。
死霊が右手をかざすと、黒い雷が火花のようにスパークしながら飛んでくる。
ぼくとマリーは障壁で防いだが、なんとジリオーラ先輩は長剣で雷撃を受け流した。
流水って、斬撃以外も受け流せるんだ……。
流石に高等科生である。
剣と魔法の技倆は半端ではない。
「こいつは魔法使いのようやな。接近すれば、勝機はあるで!」
流水で黒い雷を捌きながら、ジリオーラ先輩が前に出る。
だが、前に出れば、稲妻の密度も上がる。
数歩進んだところで、それ以上前に出られなくなった。
踏み出すには、被弾する危険も負わなければならない。
そんな境界にまで来たのだろう。
「援護するよ!」
雷撃は、ぼくも得意の魔術である。
そもそも、ぼくは魔術師なのだ。
本来、空がないこの地下空間で雷撃を落とすのは難しい。
だが、これだけ雷の魔力が満ちているならば、それを利用して雷撃を撃つことができる。
障壁に当たって散った雷撃の魔力を掌握し、白い雷光に変えて叩き返す。
たちまち、空間が黒と白の雷光で氾濫した。
「援護おおきに……。これなら行けるで!」
デル・シアーの黒い雷をぼくが相殺したため、ジリオーラ先輩に向かう雷撃が半減した。
その程度なら、先輩は流水で捌ける。
華麗に黒い雷光を受け流しながら、先輩が加速した。
(小癪な)
デル・シアーの空洞の目が、赤く輝く。
左手を掲げると、不気味な魔力が集まっていく。
(奪命)
ぞわっと全身の毛が逆立った。
死霊の左手が、青白い光を放つ。
思い出したのは、あのセンガンの母親。
死の女王の使徒、アルトゥンの使う魔法。
生死球。
「マリー、聖杯だ!」
咄嗟に、声を出す。
あのときは、身体から生命そのものを奪い取られる感覚を味わった。
あんな経験は、そう何度も味わいたくはない。
青白い光に捉えられたジリオーラ先輩が、がっくりと膝をつく。
だが、聖杯の発した輝きが、その不気味な光を蹴散らした。
先輩の息は、荒い。
が、命に別条はないようだ。
(アアアアア、邪教の神器……!)
死霊が、悲鳴を上げる。
やはり、聖杯は苦手のようだな。
「大丈夫?」
「た、助かったで。おおきに」
ジリオーラ先輩が、下がった。
デル・シアーの奪命を警戒したのだろう。
雷撃と違い、あれは防ぐことができない。
先輩の目に、怯えがあった。
「ぼくが、行きます」
マリーやジリオーラ先輩の力を上げるために控えていたが、この敵はなかなか強力だ。
マリーが聖杯で援護すればジリオーラ先輩でも斬り込めるだろうが、奪命のショックですぐには無理だろう。
ぼくが出るしかないようだな。
相変わらず、黒い雷が無数に放たれる。
それを白い雷で相殺しながら、前進する。
一定の距離まで詰めると、デル・シアーは左手を上げる。
奪命。
射程距離が短いのか、距離が近くなるとこれを使ってくる。
だが、これの防御法はわかっている。
太陽神の翼を起動すると、その光の翼で全身を覆い、死の魔法を弾き返す。
「初見ならおまえの勝ちだったかもな!」
滑るように懐に入り込む。
デル・シアーは魔法使い。
ここまで接近すれば、対処するすべはない。
両手に紅焔を纏い、死霊に喰らわせる。
死霊に通常の打撃は効かないが、全てを燃やし尽くす神の焔は有効だ。
全身を炎に包まれたデル・シアーが、金切り声を上げる。
火炎は、死霊の存在ごと焼き尽くすのだ。
炎が消える頃には、デル・シアーがいたあたりには黒いしみのような跡しか残っていなかった。
「アルトゥンの方が、強敵だったな」
「ブリュンの西の原野で会ったあの女魔術師ね。確かに、アラナン、あの女に殺されそうになっていたものね」
「うちは、こいつにやられかけたんやけどな」
「まあまあ。ちょっと相性が悪かったんですって」
自分がやられた相手をぼくが簡単に倒したので、先輩は機嫌が悪い。
とは言っても、イスタフルの武将たちでも、あの死霊には苦戦したはずだ。
ジリオーラ先輩が弱いわけではない。
ぼくが勝てたのは、魔術師と拳士の両方を高度に修めている上に、神の加護があったからだ。
そんな存在、そうそういるわけではないからね。
デル・シアーを倒し、暫く市街を探索する。
市街というか、むしろ死の街だな。
徘徊しているのは、死霊だけだ。
まあ、並みの死霊相手なら、ぼくじゃなくても蹴散らせる。
ジリオーラ先輩は長剣に魔力を纏わせて斬り裂くし、マリーは聖杯を掲げただけで浄化してしまう。
むしろ、この敵はマリーと相性が悪すぎる。
触れることもできず、一方的に浄化され消えていく。
「どうやら、市街区から貴族区へ行くには、障壁があるようだな」
突き当たりに、崩れかけた日干し煉瓦の壁がある。
乗り越えようとしても、見えない神力の壁があって抜けられない。
何処かに門があるかと探してみると、遠くない地点に存在していた。
だが、そこには大きな魔獣も立ち塞がっている。
「デル・シアーを倒したか。だが、この八色の雷が三、ライェダンは甘くはないぞ」
獅子のような顔の巨獣。
全身に、雷光をまとっている。
そして、巨獣に従う六人の従者が控えていた。
いずれも、瘴気を発する甲冑で武装している。
「今度は、一体じゃないのか」
「面倒ね」
「なんやろか……雷獣? そんな感じなんやろか」
甲冑の従者たちは、格が高い死霊のようだ。
デル・シアーほどじゃないにせよ、市外にいた雑魚よりは強力だろう。
「あの従者はうちらで相手にするで、マリー」
「わたし一人でも十分じゃないかしら」
ジリオーラ先輩の気力が戻っている。
あれなら、従者は任せてもいいだろう。
雷獣は、ぼくが相手をしよう。




