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ルーの翼 ~アラナン戦記~  作者: 島津恭介
第三部 イスタフル激動編

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第三十六章 タル・イ・マルヤーンの迷宮 -2-

日頃「ルーの翼」を御愛読頂き、誠に有難うございます。 ページ下部から、ブックマーク、評価など頂ければ作者の励みになりますので、できましたらお願い致します。 (要ログインです) 

 坂の途中。


 階段の踊り場のように、平板な広場のようになっていた。


 のそり。


 蹲っていた魔犬が起き上がる。

 大きい。

 見上げなければ、首が見えない。

 竜ほどではないが、それでも馬や牛より巨大だ。


 ぐるるるる。


 ぼくらを認めると、威嚇の唸り声を上げる。

 いきなり襲ってこないのは、ぼくやファリニシュを見て警戒しているのだろう。

 知能はあるようだ。


「あの犬は氷の吐息レディアノイェ・ディハニイェを吐きなんす」

「させないよ」


 中央の頭が息を吸い込むと同時に、一足飛びに接近してその頭をかち上げる。

 煌めく氷の粒が、頭上に向けて吐き出された。

 あのブレスは、危険だ。

 吐かれる前に対処しなければならない。


 だが、魔犬の頭は三つある。

 左右の頭が、飛び込んだぼくに照準を定める。


「させへんで!」


 そこにジリオーラ先輩が突っ込んでくる。

 学院最強の剣の使い手であるエスカモトゥール先生直伝の剣の冴えは、高等科生でもトップクラスだ。

 噛みつきを流水(コッレンテ)でいなすと、左の頭に一撃を入れる。

 鮮血。

 だが、その傷はすぐに塞がっていった。


「再生能力持ちかいな!」

「厄介な。再生能力にはいい思い出がないよ」


 円眼の巨人(キュクロープ)は面倒な相手だった。

 飛竜(リントブルム)じゃなければ、あそこまで容易く倒せなかった。

 あのときは、どうやって倒していたっけ。


「一撃が、重いわね!」


 反対側の頭の噛みつきを、マリーが細身の剣(エペ・ラピエル)で防ぐ。

 だが、マリーの武器では重量級の攻撃を捌くのは苦労しそうだ。

 それでも受けられるのは、強化した基礎魔法(ベーシック)の賜物だろう。


「気を緩めなさんす!」


 噛みつきだけではない。

 前足が上から降ってくる。

 叩き潰そうと言うのか。

 だが、甘い。

 ぼくは、マリーのように優しくはない。


 大地を踏みしめると、右の掌を撃ち上げる。


 通天掌ヒンメル・ベネトリーレン


 振り下ろした前足を弾き返され、魔犬がバランスを崩す。


「今や!」


 ジリオーラ先輩とマリーが左右の頭を切り刻む。

 だが、予想以上に再生の速度が早い。

 これは、普通にやっていては致命傷を与えるのは難しいだろう。


「魔力の流れを狂わせるんだ! そうしないと、無限に再生するぞ!」

「それって……どないするんや?」

「自分の魔力を相手の体内に撃ち込むんだ。攻撃に、魔力を乗せろ!」


 そんな無茶なとぼやきながらも、マリーは細身の剣(エペ・ラピエル)に魔力をまとわせる。

 学院の高等科生ともなれば、その程度の魔力の扱いはできて当然だ。

 問題は、相手に魔力を撃ち込んだ後。

 相手の魔力操作(オペレーション)を上回らなければ、流れを狂わせることはできない。


「簡単に言いよるけれど、えらい高等技術やでこれ……。うちらイシュマールみたいな武闘派やないねんから」


 確かに、ティナリウェン先輩なら、やってのけるだろう。

 魔力物質化(マテリアリゼイション)は、魔力操作(オペレーション)の技倆がないとできない術だ。

 だが、マリーの魔力操作(オペレーション)の技術はかなり高い。

 一部分とはいえ、虚空の記録(アカシック)の書き換えをやってのける力を持っているのだ。

 たかが魔獣の魔力程度、上書きできないはずがない。


「これ……!」


 細身の剣(エペ・ラピエル)が、ざっくりと魔犬の頬を斬り裂く。

 深い。

 魔力の乗った攻撃で、今までよりかなり大きな傷を与えている。

 そして、傷口がしゅうしゅうと泡を噴き、再生する気配を見せなかった。


「やるやんか!」

「と、当然よ!」


 もともと短剣使いであったジリオーラ先輩だが、馬上で戦う機会が増えたため、最近は長剣を使っている。

 船上や地上での対人では短剣の方が使いやすいらしいが、こういう巨大な魔獣相手では無謀だ。

 長剣でも流水(コッレンテ)は健在であり、流れるような剣捌きで魔犬の牙や爪を防ぎ、全く危なげがない。

 だが、魔犬の再生を崩すのには手こずっている。

 マリーがあっさり決めてみせたので、結構悔しがっているのがわかる。


 無理もないか。

 これは、突き詰めれば飛竜(リントブルム)の秘奥にも通じる技術。

 マリーができることの方が異常なのだ。


「ジリオーラ先輩、こうやるんだ!」


 噛みつきにくる中央の頭を右肘でかち上げ、仰け反ったところに門の破壊者ツェルシュトーラー・デストーレスを叩き込む。

 爆砕。

 吹き飛んだ頭は、再生することはない。


「無茶言いよるでほんま!」


 円眼の巨人(キュクロープ)と戦った頃のぼくだったら、これほど綺麗に再生を防ぐことはできなかっただろう。

 だが、領域支配ドミーネン・シュタイアルンクの理を覚えた今なら、再生能力などないも同然だ。

 ジリオーラ先輩も、すぐに無効化するのは無理でも、妨害するやり方くらいは覚えてほしいところではある。


「主様、そろそろ行きますえ」

「ああ、頼む」


 待機していたファリニシュが、軽く右手を振るう。

 魔犬の四肢が凍りつき、その動きが止まる。

 マリーの細身の剣(エペ・ラピエル)が目を貫き、悲鳴を上げさせた。


「終わらせるよ」


 無防備な魔獣の胸に、覇王虎掌(ケーニヒスティーガー)をねじ込む。

 再生能力を狂わされた魔犬は、身体の端から崩壊し、ぐずぐずに崩れていった。

 気持ちのいい倒し方ではないな、これ……。


「うちらの練習の為に、随分手加減しよったんやな」

「まあ、折角だしね。ぼくやイリヤ抜きでも倒せるようになってもらわないといけないし。感覚を摑む練習さ」

「その割にあっさり倒したじゃない」

「仕方ないよ。魔犬だけで終わりじゃないだろうからね」


 本来は凶悪な魔獣だったんだろうが、今回は相手が悪かった。

 もっとも、狗神の眷属なら、当然か。

 神であるマタザは、ぼくが倒したんだ。

 その下っ端程度に、負けるはずがない。


「瘴気の根源は、こいつじゃなさそうだね。もっと奥に、こいつより強い気配がいる」

暴風神(シャルヴァ)の手下の雷神がいるという話よ。見た人は、いないらしいけれど」


 暴風神(シャルヴァ)というのは、破壊神のことだ。

 アルタム王国では、シューシュの王イン・シューシュ・ナークと呼ばれた存在である。

 つまり、魔王。

 今の、テンマ・ゼクスである。


「雷神……ね。魔王自身も、雷の権能を持っているらしいけれど……その権能を分け与えられたのかな」


 マタザも、破壊の権能を分け与えられていた。

 暴風神(シャルヴァ)は風と雷の神のようだから、当然そのふたつの権能も持っているだろう。

 下位神に、雷神がいてもおかしくない。


 マタザほど、面倒でなければいいが。

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