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ルーの翼 ~アラナン戦記~  作者: 島津恭介
第三部 イスタフル激動編

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第三十六章 タル・イ・マルヤーンの迷宮 -1-

日頃「ルーの翼」を御愛読頂き、誠に有難うございます。 ページ下部から、ブックマーク、評価など頂ければ作者の励みになりますので、できましたらお願い致します。 (要ログインです) 

 ツァグロシュ山脈。


 イスタフルの西部を縦断する大山脈。

 帝都ヤフーディーヤも、山脈の北部の東に位置している。

 ぼくらは帝都には寄らずに南下し、その南部の山中の盆地にある古都アンシャンに来ていた。


 このあたりは乾燥したイスタフルには珍しく、水が豊富な地域である。

 それだけに、木々や農地も散在しているようだ。

 

 アンシャン自体は大きな都市ではない。

 近隣の大都市は、もう少し南東にあるティラジスである。

 朽ちた乾煉瓦の住居が散在する田舎の小さな村。

 いまのアンシャンの印象は、そんなところだ。


「宿どころか店もないわね」


 見知らぬ軍装をまとった我々の姿に住民は警戒していたが、火の精髄(アサーレ・アタッシュ)を見せると愛想よくなった。


「自給自足みたいやね。商人はティラジスにしかおらへんようやで」


 かつてのアルタム王国の都も、いまは昔。

 その面影は全くない。

 村人は農耕と牧畜に従事し、素朴な生活を送っている。

 見るべきものもないかと思ったが、意外なものにマリーとジリオーラ先輩が注目していた。


 絨毯だ。


「いい織りやね、この絨毯」

「色遣いが素敵ねえ」


 壁に掛けられた色彩鮮やかな絨毯に、二人が足を止める。


「イスタフルの織物は有名やけど、この村の絨毯は極上物やんか」

「うちにもひとつ欲しいくらいだわ」


 女性陣が動こうとしない。

 参ったな、絨毯の良し悪しはぼくにはわからないよ。

 とは言え、絨毯くらい買う程度の蓄えはある。


 話してみると、アンシャンでも貨幣は通用するようだ。

 村人は絨毯や作物を売りにティラジスに行き、売った代金で生活に必要な雑貨を買ってくるらしい。

 絨毯の価格はびっくりするくらい高かったが、それでも三枚くらい買っても問題ない。

 色々な褒賞金で、ぼくの財布は大分重くなっている。


「わあ、ありがとう、アラナン!」

「太っ腹やね、アラナン!」


 マリーが選んだ絨毯は、華やかではあるが上品でくどくない一品である。

 マリーの部屋は洗練されており、そこに飾っても調和するものを選んだのだろう。

 ジリオーラ先輩は、逆にかなり派手な色彩の絨毯を選んでいた。

 彼女の部屋は癖のある調度が多く、それぞれ個性を主張するが、何故かうるさく感じない。

 これだけ目立つ絨毯は普通だと浮いてしまうが、ジリオーラ先輩の部屋だとちょうどいいのかもしれない。


 ファリニシュが選んだのは、落ち着いた色合いの地味な絨毯だ。

 イスタフルの絨毯はカラフルなものが多いので、こういう色柄は珍しい。

 ぼくは派手なのはあまり好きではないので、こっちの方が好きだけれど。


 絨毯をファリニシュの魔法の袋(マジックバッグ)に入れると、村人から聞いた遺跡に向かう。

 アンシャンが都だったのは、何千年も前の話だ。

 地上にその痕跡は残っていない。


 だが、地下は違う。


 話によると、郊外にある坂を下り、穴の中に入っていくと、地下にある古代都市にたどり着くと言う。

 坂の途中には巨大な魔犬がいて、進路を阻んでいると言うが……。


「魔犬ねえ。狗神の眷属かな」

「アンシャンを守るは三ツ首の魔犬。そは都を守護する門番なり。凍える吐息は人の生命を吹き消し、飛爪、血の雨を降らさん」


 村で教えてもらった古い歌をマリーが(そら)んじる。


「ただの獣でやがりますよ。ちーっとばかりでかいですが、狗神のような理不尽な神力は持ってないですよ。まあでかいんで、物理的な力は強いですがね」


 アンヴァルは魔犬を知っているようだ。

 当然、ファリニシュも知っているのだろう。


「イスタフルの軍は討伐しなかったのかい?」

「結界の外には出てこねーでやがりますし、わざわざこんな田舎に討伐に来ないですよ。そんな暇人は、アラナンくらいでやがります」


 いや、ぼくも暇人ではないんだけれど。


 とはいえ、マタザほどの強敵でないと知って安心した。

 ファリニシュもいるし、魔獣の討伐には慣れている。

 これでも、学院の迷宮は一人で踏破したんだ。


「アラナンと迷宮行くのは初めてね。ちょっと楽しみだわ」

「せやな。うちも年次がちゃうし、一緒には行けんかったし」

「アラナンは一人でどんどん進んで行くから、後追うの大変だったのよ。入学してすぐは、そこまですごいとは思わなかったのに」

「主様の魔力の扱いは、細やかではなさんしたな」


 なんだろう。

 本人を目の前にして、噂話はやめてほしい。


「それで、遺跡に続く坂ってのがこれかな」


 山中に二本の石柱が立っている。

 石柱の上部に縄のようなものが巻かれており、石柱同士を結んでいた。


 そして、その間の空間は闇に包まれており、明らかに通常の空間とは異なって見える。


「いややわあ。うちの毛え逆立ってきよる。なんなんこれ」

「瘴気……? あの黒い空間から漏れているようね」

「濃密な魔力の波動だな。並みの魔族よりかなり強力なものだ。三ツ首の魔犬、侮っているとまずいかもね」

「このまま入ってくのはいやよね。ちょっと待って。やってみるから」


 マリーが聖杯(グラアル)を取り出すと、頭上に掲げて二言、三言呟く。

 聖杯(グラアル)の発する光が黒い空間に突き刺さり、その闇を突き通した。


 闇が、()れる。

 石柱の間に、地下へ続く緩い下り坂が続いている。

 光の先から、低い唸り声が響いていた。


 あれが、魔犬か。


 先頭を、進む。

 ぼくの後ろにマリー。

 その後ろにファリニシュ。

 ジリオーラ先輩は最後尾。

 アンヴァルは、ついてこない。

 外で待っているそうだ。


「イスタフルなのに、気温が下がってきているな」

「寒くなってきたわね……。でもこれ、普通の温度じゃないわよ。魔力による冷気。この先にいる存在が、温度を下げているのよ」


 まあ、メートヒェン山ほどじゃない。

 あの氷河と吹雪を経験した後じゃ、この程度の冷気はかわいいものだ。

 ぼくが周囲の領域を掌握して温度を上げると、マリーとジリオーラ先輩はほっとした表情を浮かべた。


「便利やな。温うなると勇気も湧いてくる気がするで」

「そうね。冷え込むと心まで凍てついてしまうもの。暖かさって大事よね」

「──おしゃべりはそこまでだ。出たぞ」


 坂の途中に、巨大な影が(うずくま)っている。

 全長は五十フィート(約十五メートル)以上はあるだろうか。

 漆黒の毛並みに赤い瞳。

 めくれ上がった口から覗く牙は、獰猛な輝きに満ちている。

 そして、その首は三つ。


 アンシャンを守護する三つ首の魔犬。

 ひとつの頭ごとに四つの目がある。

 白い息が漏れると、氷の粒がキラキラと舞った。


 サグディード。


 それが、この魔犬の名前だ。


 

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