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ルーの翼 ~アラナン戦記~  作者: 島津恭介
第三部 イスタフル激動編

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第三十五章 狗神 -8-

日頃「ルーの翼」を御愛読頂き、誠に有難うございます。 ページ下部から、ブックマーク、評価など頂ければ作者の励みになりますので、できましたらお願い致します。 (要ログインです)

 太陽神の翼エツィオーグ・デ・ルーの軌跡が流れる。


 光速の踏み込みで、一歩前に。


 正面から槍。

 閃光のような突きが来る。

 全ての神力が、先端に集中している。

 そして、そこにはマタザの意志が乗っている。


 破壊(デストラクション)


 マタザの槍は、強い破壊の属性を帯びている。

 恐らく、本来のマタザの力ではあるまい。

 魔王テンマ・ゼクスの権能が、下位の神であるマタザにも分け与えられているのだ。


 槍が、迫る。

 マタザの神力が、一段、跳ね上がる。


 ──獣!


 マタザが牙を剥き出し、狗の貌へと変わる。

 ファリニシュと同じように本体を顕し、真の力を行使するということか。


 神の眼(スール・デ・ディア)はマタザの槍をしっかりと捉えている。

 黒騎士(シュヴァルツリッター)の抜刀を回避したぼくならば、回避することは容易い。

 だが、これを回避しただけでは、周囲に被害が出る。

 マタザの神力が解放されれば、かなり広範囲に破壊のエネルギーが吹き荒れる。

 そうなると、周囲にいる騎馬隊の面々も無事というわけにもいくまい。


 だが、受け身に回っては負ける。

 やることはひとつ。

 相殺して、抑え込むことだ。


 やり方はわかっている。

 今までは、神力を魔力と同じように使っていた。

 だが、違う。

 魔力はこの地にある事象を操作する力。

 しかし、神力は事象を変える力だ。


 右手を突き出す。


 その先から、渦を巻くように紅焔(ジャラグティーナ)の炎が生じる。

 マタザの神力が帯びる属性は破壊。

 ならば、ぼくが帯びる属性は何か。

 太陽神の加護を得るぼくの神力が特化しているのは、当然燃焼だ。

 加護を意識すれば、自然と生じる神の焔。

 そこに、自分の意志を乗せる。


「ここだア!」


 破壊の尖端。


 槍の穂先に、拳を合わせる。

 叩きつけるは、神焔をまとった門の破壊者ツェルシュトーラー・デストーレス

 最強の破壊力を持つ拳を、鋭く突き出す。


「──!」


 マタザの瞳孔が、僅かに開く。

 流石に驚くか。

 自殺行為と思うだろう。

 だが、甘い。

 神力に意志を乗せるこのやり方。

 神力でやるのは初めてだが、魔力ではやったことがないわけでもない。

 要するに、飛竜(リントブルム)領域支配ドミーネン・シュタイアルンクの変形だ。

 あっちは魔力操作(オペレーション)の精密さも求められるが、神力だとその必要がない。

 自分を信じる心。

 強固な意志。

 必要なものは、事象を変えた未来の想像。


 衝突。


 ──そして閃光。


 マタザとぼくの神力がぶつかった瞬間、互いの意志が激しく優劣を競う。

 ぼくの神力は太陽神からの借り物。

 だが、マタザも破壊の属性は魔王からの借り物だ。

 条件は互角──あとは覚悟の差だ。


 衝撃とともに、右腕に激痛が走る。

 マタザの破壊の槍を正面から受けたのだ。

 常人なら、存在ごと消し飛んでもおかしくない。

 この程度なら、安いもの。

 

 ずたずたに切り裂かれた右腕の先に、どろどろに融解したマタザの槍があった。

 狗神の表情が、驚愕に歪む。

 そして、一歩後ろに下がった。


 遅れてきた轟音が耳を打つ。


 それを敢えて無視し、身体を半回転させて左足を踏み込んだ。


「貴様……!」


 使い物にならなくなった槍を投げ捨てると、マタザの手が腰の刀に伸びる。

 だが、抜刀の速度は黒騎士(シュバルツリッター)ほどじゃない。


「終わりだ、マタザ!」


 左腕に、紅焔(ジャラグティーナ)が渦巻く。

 突き出す掌に障壁が抵抗するが、一瞬で融解させる。


 右肘。


 抜刀を諦めたマタザが、肘を掌に落としてくる。

 咄嗟のことか、破壊の属性が乗っていない。

 この程度なら、避けるまでもなかろう。


 マタザの右肘を跳ねのける。

 紅焔(ジャラグティーナ)の炎が燃え移っているが、流石にすぐ焼け焦げるほどやわな身体はしていないようだ。

 だが、この一撃で、それも狂う。


 狙うは、丹田。

 切り札は、暗殺者の秘拳。


 覇王虎掌(ケーニヒスティーガー)


 甲冑を抜けて、神力がマタザの身体に叩き込まれる。

 うまく力を逃さずに徹したはずだ。

 衝撃を後ろに抜けさせず、体内に全て叩き込む。

 ウルクパルなら、それくらいやってのけていた。

 その域にまで到達できたかはわからないが……。


「見事! 人間がここまでやるとは……」


 マタザの狗の貌が歪む。


「猿真似にしても上出来よ。神殺し──その牙をまだいまの世に伝えていたか」

「魔族であろうと、神であろうと、立ち塞がる敵は斃す。そう、教えられてきた」


 抑え込もうとしていたようだが、抗えずマタザの身体からちろちろと炎が立ち上る。

 その勢いは次第に強くなり、すぐに全身が炎に包まれた。

 一瞬で消し炭にならないのは、流石は神と言ったところか。

 だが、内側から灼かれてはどうにもなるまい。

 次第に崩れゆくおのれの身体を見ながら、しかしマタザは嗤った。


「呵々……快なるかな。戦場で強者と戦い、敗れて逝くもまた一興。もののふの誉れと言うものよ。上様のご帰還を見れずして逝くのだけは心残りだが……」


 ゆっくりと、空を見上げる。

 そして、東に向かって一礼すると、マタザの姿は炎の中に消えていった。

 

「勝ったか」


 ノートゥーン伯とティナリウェン先輩が近付いてくる。


「スケーモンは?」

「マタザが敗れると同時に撤退した。追おうとしたが、兵に邪魔されてな」


 スケーモンを逃がすための殿軍だろうか。

 マタザの麾下の兵は、ノートゥーン伯とティナリウェン先輩が加わった学院勢に敵しえず、壊滅したようだ。


「もう、また無茶をして……! それ痛くないの?」


 ぐちゃぐちゃになった右腕を見て、マリーが悲鳴を上げる。


「痛いけれど、仕方ないだろ。戦場ごと吹き飛ぶ一撃を相殺したんだよ」

「──わかっているけれど、もう、仕方のない人ね」


 騎馬の集団に隠れて、マリーに聖杯(グラアル)を使ってもらう。

 一瞬激痛が走るが、すぐに右腕が再生し、傷ひとつないきれいな状態に戻る。

 ちぎれた袖までは戻らないが……。


「ありがとう。助かったよ」

「全然懲りてない気がする科白ね!」


 マリーは怒るが、こればっかりはどうしようもない。


「で、戦況はどうですか?」


 ノートゥーン伯がのんびりとしているから、もう大丈夫だとは思ったが聞いてみる。


「ああ、あっちは恐ろしい状況になっているぞ」


 ノートゥーン伯が指し示す先を見ると、砂漠に不釣り合いな銀世界があった。

 ファリニシュが顕現させた氷雪の領域。

 特に、本陣があったあたりはひどい。

 何百もの氷像が見えるだけだ。


「あれが指導者(ラフバル)カルティール・サカフィーと教団の神官たちだよ。もう、勝負はついた。生き残った兵たちも、逃げるか投降するかするだろう」

「相変わらず容赦ないですね」


 メートヒェン山の吹雪を思い出し、思わず身体を震わせる。

 あの狼の怖さは、ぼくが一番知っているのだ。


「全く、手加減ってものを知らないババアですよ。普通砂漠に雪を降らせようとか考えるわけないんですよ。どんだけ手間と神力を使うことか」


 アンヴァルが、人間の姿に戻ってぶつぶつと文句を言う。

 それを聞くと、何故か勝ったんだな、と実感が湧いてくる。

 思わず顔を綻ばせると、手を伸ばしてアンヴァルの髪をくしゃっとかき回す。

 ぷりぷりと怒るアンヴァルに、騎馬隊のみながどっと笑った。

 

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