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ルーの翼 ~アラナン戦記~  作者: 島津恭介
第三部 イスタフル激動編

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第三十五章 狗神 -4-

 戦場に咆哮が響き渡る。


 ヤフーディーヤの兵の表情に、恐怖が走った。


 ハライヴァの猛虎(ヴァグル)の強さを、彼らはよく知っている。

 戦慣れしているトゥルキュト人の傭兵ならいざ知らず、動員されてきたパールサ人の歩兵にそこまでの(つよ)さはない。


 数人の兵が、弾け飛ぶ。

 魔力を纏ったベーローズの鉄棒は、一撃で数人の兵の障壁を破壊し、肉塊へと変えていく。

 まさに颶風(ぐふう)

 ヴィスタムの兵では、止められる者はいない。


 大いに乱されたヴィスタム軍だが、そこに増援の兵が到着する。

 一万の兵を率いるのは、アシュカーン直属の三人の大隊長の一人、ティルダードである。

 弓兵を揃えたティルダードは、味方がいるのも構わず、一斉に麾下の兵に矢を放たせた。


「──ひどいことをするわね」


 マリーが眉をひそめる。

 ティルダードの弓兵は、手練れが揃っている。

 矢に魔力を乗せて射っているのだ。

 あれができる弓兵は、精鋭だ。

 その矢が大量に降り注ぎ、味方も敵も容赦なく薙ぎ倒していく。


「ごああああ!」


 だが、ペーローズには通じなかった。

 大気を揺るがす咆哮が、魔力をこめた矢も弾き返す。

 なんだあれ。

 出鱈目にも程があるよ。

 魔力の無駄遣いじゃないかと思えるほどだが、兵に与える威圧は半端なものではない。


「相変わらず化物ですね、ペーローズ!」


 ティルダードが、帝国の至宝光の弓(カマンヌール)に矢をつがえる。

 あれを引ける弓手を、帝国では神箭手と呼び敬っている。

 若くしてアシュカーンの直属の大隊長に抜擢され、一万の兵を預けられるには理由がある。

 それが、この神器の存在だ。


「ティルダード。貴様の武勇は認めるが、貴様は将軍ではない。何故将軍になれぬのか、このペーローズが教授してやろう!」


 ペーローズが再び馬を走らせる。

 鈍化した騎馬隊の勢いが、ペーローズを衝角として再び増していく。

 逆に、ティルダードの兵が、ペーローズの咆哮に立ちすくみ、矢を放てずにいた。

 だが、流石にティルダードまでは硬直したりはしない。


「将軍など、所詮名前だけに過ぎませんよ!」


 光の弓(カマンヌール)から、一閃の光条が放たれる。

 同時に、ペーローズが鉄棒を薙ぎ払った。


 轟音。


 爆煙が沸き起こる中、流石のペーローズも鉄棒を押され、態勢を崩している。

 だが、傷を負った様子はない。


「なかなかの威力だが、それでこのペーローズの命は取れまい!」


 ぺーローズは、止まらない。

 迫り来る虎を見たティルダードの兵が浮き足立つ。

 ティルダードの個人の武勇は卓越したものがあるが、大隊長であり、まだ若い。

 兵の統率力では、ぺーローズには及ぶまい。


 騎馬隊の突入を許した弓兵が、散り散りになって逃げ惑う。

 ティルダードは歯噛みし、兵を叱咤するが一度崩れた兵はすぐにはまとまらない。

 その隙に、ぺーローズは一気にヴィスタムの陣に迫った。


「ぺーローズに無理に近付くな! 盾で止めよ!」


 猛虎(ヴァグル)の強さを、同じイスタフルの将であるヴィスタムはよく知っている。

 だが、恐怖の化身の接近にも怖じることはない。

 沈着な指示に、兵もまたよく動いた。


 大盾を構えた兵が、ぺーローズの前に立ち塞がる。

 彼らの顔は恐怖に歪んでいたが、逃げる者はいない。

 ヴィスタムが良将であり、兵の心を掴んでいる証左であった。

 だが、その抵抗を、虎は歯牙にもかけぬ。


 鉄棒が振るわれる。

 大盾が砕かれ、戦列に容易く穴が開いた。


「化物め!」


 ヴィスタムは歯噛みし、槍を構えて前進する。

 ここまで踏み込まれた以上、自分でぺーローズを止めねば、戦線を維持できない。


「なに、五分持たせればいい。そうすれば、ぺーローズの騎馬隊の退路をティルダードが絶つ。此処が正念場ぞ!」


 ヴィスタムとて、将軍に選ばれるほどの武勇と魔力を持っている。

 見たところ、槍の腕はなかなかのものだ。

 フェストの一回戦くらいには出れるのではなかろうか。

 だが、あれならチョーハチローの方が強かった。

 ぺーローズを止めるほどの力量は、恐らくない。


 それは、ヴィスタムとてわかっているのであろう。

 無理に攻撃しようとせず、守りの姿勢を取っている。

 明らかな、時間稼ぎであった。


「臆したか、ヴィスタム!」


 ぺーローズの怒号が飛ぶ。

 だが、一気に攻めかかることをせず、虎は鉄棒を振り払った。

 轟音が響き、光の弓(カマンヌール)の矢が、跳ね返される。


「ヴィスタム将軍は討たせませんよ、ぺーローズ!」


 ティルダードはまだ追い付いていないが、光の弓(カマンヌール)の射程は長い。

 遠距離からでも、ヴィスタムの支援をするつもりなのであろう。


「いい援護です、ティルダード」


 ぺーローズの鉄棒が振るわれた隙をつき、ヴィスタムの槍が繰り出される。

 だが、それは誘いだ。

 ぺーローズが、わざと隙を見せた。

 守りの堅いヴィスタムを仕留めるため。

 獲物は自ら(あぎと)に飛び込んだ。


 身を捻る。

 穂先が、身体をかすめる。

 虎が、獰猛な笑みを浮かべた。


 絶望の、表情。


「さらばだ、ヴィスタム」


 鉄棒が振り下ろされると、ヴィスタムだったものが馬上から地面に叩き落とされ、転がっていった。

 同時に、ぺーローズが後続の騎馬隊に指示を出す。

 鍛え上げられた騎馬隊はさっと分かれ、指揮系統を喪ったヴィスタムの歩兵を矢継ぎ早に切り裂き始める。


「いい頃合いだ、ぺーローズ将軍!」


 バレスマナスの騎馬隊を掃討したアフザル・ドラーニの騎馬隊が、混乱するヴィスタムの歩兵の脇を通りすぎる。

 今度は、ぺーローズの騎馬隊にヴィスタムの兵の掃討を任せ、アフザル・ドラーニが前に出るか。

 いい連携だ。

 ハーフェズの将帥は、いずれも能力が高い。

 ノートゥーン伯も、この浸透力に思わず感嘆の声を洩らしている。


 アフザル・ドラーニの前にいるのは、アシュカーンの本隊の一万。

 アフザルの後方からも、アシュカーンの別動隊の一万が、追ってきている。

 だが、歩兵の別動隊では、ドラーニ部族の足に追い付けていない。


「突っ込め! アシュカーンの足並みを乱せば、ぺーローズが敵将の首を取る!」


 前後に敵を抱えながらも、アフザル・ドラーニは果敢に突入した。

 バレスマナスとは消耗を抑えた小競り合いにとどめていただけあって、ドラーニ部族の足には余裕がある。

 アシュカーンの本隊の前衛は堅い盾兵が陣を組んでいたが、蹴散らして中に入り込む。


 その瞬間。


 全身の毛が、逆立った。

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