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ルーの翼 ~アラナン戦記~  作者: 島津恭介
第三部 イスタフル激動編

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第三十四章 ダームガーンの戦い -8-

 アルキンとラハムの騎馬隊が崩れた。


 それは、味方左翼にとっては、最大の好機である。


 潰走するラハム麾下の騎兵を無理して追わず、ナーディル・ギルゼイは兵をまとめ直す。

 狙いは、敵右前備えのバハーラム。

 これを崩せれば、一気に戦局を優位に持っていくことができるだろう。


 ナーディルが一呼吸置いたのは、ペーローズの位置を再確認するため。

 無理してアルキンを追撃しなかったペーローズは、この瞬間自由に動ける状態となっていた。


 小さく頷く。

 そして、ナーディルは、おのが部の民をバハーラムの歩兵に横から突っ込ませた。

 初日は、此処まで攻め込むことができなかった。

 だが、無為に時間を費やしたわけではない。

 ラハムの兵の動かし方を、見切るための初日であった。

 当然、ナーディルの頭の中には、バハーラムの用兵も叩き込まれている。

 戦歴が長い老将軍バハーラムは、そう簡単には崩せない。

 ナーディルの突撃にも、柔軟に対応して厚みを作ってくる。

 兵を蹴散らしながら進むが、この突撃でバハーラムまでは届かない。

 ナーディルにも、それははっきりと読めるのだろう。


 ギルゼイ騎兵の前に作られた兵列を見て、ナーディルはあっさりと馬首を巡らせた。

 バハーラムまで行かず、乱れている兵を狙いながら外に抜け出ていく。

 それに代わって躍り込んできたのが、ペーローズだ。


 ナーディルが崩した兵の間を無人の野を進むかのように抜けてきたペーローズは、鉄棒を振るってバハーラムが新たに築いた防衛線に飛び込んだ。


 粉砕。


 その二文字が最も相応しいと思えるほど、バハーラムの兵たちが派手に吹き飛ぶ。

 凶悪な鉄棒を軽々と振るい、尽きることがないかの如く魔力を噴き上げながら、ペーローズはバハーラムの陣に食い込んだ。

 ナーディルの攻撃を食い止めるべく堅固に組まれた戦列も、勢いを失っていないペーローズを防ぐことはできなかった。


「恐ろしい連携だな。あれほど強力な突撃を、二段に分けて仕掛けられたら、どんな将軍でも対処は難しい」

「あの虎を味方にしといてよかったで、ほんま」


 ノートゥーン伯の呟きに、ジリオーラ先輩が答える。

 同感だね。

 ぼくは彼の力を発揮させないうちに倒したが、個人の武勇はともかく、将軍としての力は遠く及ばない。

 戦場では、ぼくよりよほど頼りになる人だろう。


「あれだけ崩されてもまだ二段の防衛線を敷いたバハーラムの対応も見事だが、ペーローズ将軍は易々とそれを突破したぞ」

「ギルゼイの弓騎兵も怖いけれど、ペーローズのトゥルキュト槍騎兵も相当強力ですね……。このまま、バハーラムを討ち取れそうですかね。──いや」


 ペーローズが、バハーラム将軍の下まで達する。

 武勇では、バハーラムはペーローズに及ぶまい。

 それとわかっているのか、バハーラムは慌てず、馬に跨がったまま動こうとしない。

 その余裕は達観によるものか、それとも──。


「主様」


 ファリニシュの声。

 真剣な響きに、はっと気付かされる。

 まだ、ノートゥーン伯もぼくも気付いていなかった。

 だが、ファリニシュはすでに察知している。


「バハーラムの後ろにいる二騎のうち、右側か」

「マタザの手の者、チョーハチローなる魔族でござんすな」


 強者の気配を見事に絶っているが、それだけに隙のなさに異常を感じ取れる。

 もう少し距離が近ければ、強烈な違和感を感じていただろう。


「伯爵、チョーハチローが出ましたよ」

「なに!」


 バハーラムに迫るペーローズが、急に手綱を引いた。

 それは、ノートゥーン伯が気付くのと同じとき。

 トゥルキュト騎兵の扮装をしていたチョーハチローが、バハーラムの前に駒を進めてきたのだ。


「一瞥以来だな、ペーローズ将軍」


 チョーハチローは、流暢なパールサ語を使った。

 イスタフルに派遣されてくるだけあって、教養は高そうだ。


「三ヶ月くらいか。ヤフーディーヤで会ってから、まだ然程のときは経っておらん」

「あのとき、将軍は我が主の前に完全に屈していたはずだ。牙の抜けたはずの虎が何故甦ったのか、その理由を知りたくてな。主君に願って前線に出させてもらったのだ。おぬしらが将狩りを方針としているのはわかっていたからな。此処にいれば、そちらから来てくれると思っていた」


 ごく軽く、チョーハチローは槍を振り回した。

 羽毛のように扱っているが、あれは柄まで鉄製の槍だ。

 かなりの重量がある。

 ペーローズの鉄棒と打ち合っても、折れ飛ぶことはないだろう。


「貴様にできるのか、チョーハチロー。マタザには敗れたが、貴様に負けたわけではない」

「ふふ。おぬし程度なら、わざわざ主君の手を煩わせるほどのことはないのだよ、ペーローズ将軍。わしや助右衛門でも用は足りる」


 ペーローズとチョーハチローが対峙する。

 だが、此処でペーローズが足止めを食うのは宜しくない。

 彼には、敵右前備えを粉砕してもらわなければならないのだ。

 ナーディル・ギルゼイが再突入してくることはない。

 彼は、アルキンの騎馬隊が戻ってくるのを警戒している。

 将を討ち取られて崩壊したラハムの騎馬隊は今日はもう機能しないだろうが、アルキンは態勢を立て直せば復帰してくる。

 ペーローズもナーディルも動けなければ、また本陣を狙ってくるかもしれない。


「出るぞ」


 だから、伯爵がこう決断を下すのも、当然と言えた。


「チョーハチローは我らで討ち取る。続け!」


 イ・ラプセルの騎馬隊が動き出す。

 その数、僅かに十七騎。

 だが、戦局を変える力を持った十七騎だ。


 伯爵は一気に上昇し、空を駆けてチョーハチローを目指す。

 地上を行けば突破に時間がかかるが、空ならば無人である。


「アラナン、イリヤは上空で待機、マタザの動きを警戒しておけ! イシュマールとブリジットは、わたしと一緒に降下、他の者は空から魔法で援護だ。雑魚を近付けさせるな!」


 ティナリウェン先輩と、トリアー先輩。

 伯爵がともにチョーハチローと戦うチームに選んだのは、この気心の知れた二人である。

 見るからに重量級の戦士であるチョーハチローに対しては、ジリオーラ先輩よりトリアー先輩の方がいいという判断だろう。

 他の者では、足手まといになる。


「任せな!」

「ああ」


 二人のいらえは短い。

 戦士としての経験だろう。

 余計な言葉は、戦場では邪魔にしかならない。


 ペーローズとチョーハチローの緊張が高まる。

 その威圧を前に、さしも勇敢なトゥルキュト騎兵も割って入ることはできない。

 豪胆なアルバート・マルタンやビアンカ・デ・ラ・クエスタでも飲まれているのがわかる。

 だが、ティナリウェン先輩とトリアー先輩は平常心を失わない。

 流石としか言いようがないね。


「イシュマール、ブリジット、二人でやつの相手をしてくれ。僅かにでも隙を作ってくれれば、わたしがやつを仕留める」

「わかった」


 武芸では高等科でも一番だと自負していたティナリウェン先輩にとって、これは自分を取り戻す好機なのか。


 チョーハチローほどの強敵を前に、不思議なほどの平静さをもってこの男が出陣する。


 イシュマール・アグ・ティナリウェン。

 青衣の民(ケル・タマシェク)の戦士。

 その剣がいま、魔王の尖兵に向けて引き抜かれた。

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