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ルーの翼 ~アラナン戦記~  作者: 島津恭介
第三部 イスタフル激動編

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第三十四章 ダームガーンの戦い -4-

 押し込まれた中央と、踏み止まった両翼の間には、僅かな前後の隙間がある。

 そこを抜けて、右翼との隙間から戦士長(フラマンタール)カスパールが、左翼との隙間からペーローズが突っ込んできた。

 ペーローズの騎馬隊は、いつの間に回り込んだんだろう。

 アルキンを振り切ったのか、いい位置からここぞというタイミングでやってくる。


 左右からの痛撃を食らい、前進を続けるバルヴェーズの足が止まる。


 ペーローズはそのまま駆け抜けたが、カスパールは遮二無二バルヴェーズ軍に食い込んだ。


「ぬう、老人が、邪魔をするものだ!」


 忌々しげに、バルヴェーズが舌打ちする。

 左右を削り取られたバルヴェーズの部隊は、翼端から押し込まれつつある。

 このままでは、押し包まれて、バルヴェーズだけ孤立する羽目になるだろう。

 特に、いまもカスパールに食われつつある左前衛がまずい。

 このまま中央を押し込んでシーリーンを討つか、カスパールを迎撃するか、珍しく迷いを見せる。


「推参なり、獣将よ!」


 だが、その僅かな逡巡の時間があれば、カスパールには十分だった。

 残りの距離を一息で蹴散らして、戦士長(フラマンタール)が迫る。


「ぬう、その首取れば、帝国無双(カフレマーン)の称号、儂に譲ってもらうぞ、ご老体!」


 頭上から振り下ろされる三叉槍の一撃を、長戟で激しく撃ち返す。

 騎馬の突進を加えた重撃を、咆哮とともに押し返した膂力と魔力は、やはりバルヴェーズが並みの武人ではない証だ。


首狩り(ガルダン・シェカール)で満足しておればよいものを」

「笑止! いまこそ、老人の時代が終わりを告げるとき!」


 立て続けに十余合を撃ち合う。

 馬上から流星のごとく三叉槍を降らすカスパール。

 地上から竜巻のように長戟を振り回すバルヴェーズ。

 両者の力は互角に思えたが、しかし、じりじりとバルヴェーズが押されていく。

 やはり、馬上から撃ち下ろすカスパールの方が、優位であることは間違いない。


「まだ若いのう、首狩り(ガルダン・シェカール)!」

「抜かせ! 儂の本気はこんなものではないわ!」


 バルヴェーズの身体強化(ブースト)が、一段階跳ね上がる。

 通常の強化から、魔力圧縮(コンプレッション)を加えたものに切り替わる。

 ただでさえ豊富な魔族の魔力が、圧縮して運用されると、その威力は桁違いになる。

 一段階目とはいえ、あれは高等科生の手には負えなさそうだ。


「──面白い。その域にまで至っておったとは思わなんだ」


 急に速度と力強さを増したバルヴェーズの撃ち込みに、カスパールが押し負けた。

 馬上で態勢を崩す戦士長(フラマンタール)に、首狩り(ガルダン・シェカール)が吠える。


「隙ありだ、ご老体!」


 渾身の魔力の乗った重い一撃。

 並みの武将なら、それで首を飛ばされていただろう。

 だが、そこで戦士長(フラマンタール)(わら)う。


「青いな、首狩り(ガルダン・シェカール)


 崩れた態勢から、三叉槍の石突きが繰り出される。

 バルヴェーズの力のこもった長戟の刃の前に、それは如何にも頼りなく見える。

 石突きを蹴散らし、斜め下から胴を斬り上げ、両断する。

 バルヴェーズには、そのイメージが幻視できていたはずだ。

 しかし。


「な……んだと」


 バルヴェーズの長戟が、三叉槍の石突きに、ぴたりと止められていた。


帝国無双(カフレマーン)の異名を、伊達と思っておったか?」


 長戟を弾き返したカスパールが、真っ向から三叉槍を振り下ろす。

 素早く返される長戟。

 だが、それを小枝のようにへし折ると、三叉槍はバルヴェーズの兜を砕いてめり込んだ。


「莫迦……な」


 頭蓋を砕かれた猛将が、ゆっくりと崩れ落ちる。

 戦士長(フラマンタール)は血濡れた三叉槍を掲げると、大きく咆哮した。


指導者(ラフバル)が先駆け、首狩り(ガルダン・シェカール)バルヴェーズを、皇帝が槍カスパールが討ち取ったり!」


 その声を聞き、ハーフェズ軍の前衛に勢いが戻る。

 バルヴェーズに蹂躙されていたシーリーンは、好機とばかりに部隊を前進させる。

 ヤフーディーヤ軍の先陣中央は、カスパールとシーリーンのこの猛攻を受け、支えることができなかった。


「大丈夫だっただろう」


 攻勢に出たシーリーンを見て、伯爵が笑みを浮かべる。

 ぼくは頭を掻くと、降参とばかりに両手を広げた。


「ぼくの読みが甘かったですよ、伯爵」

「指揮官は、耐えるのも仕事のひとつだ。我慢できなくなって突出した結果が、敗北に繋がることもある。覚えておくがいい、アラナン。お前は、そういう勉強もしなくてはならない立場だろう」


 高位貴族として、指揮官としての教育を受けてきたエリオット・モウブレーである。

 実戦でその知識が経験で磨き上げられ、見事な指揮官へと成長している。

 個人戦闘では負ける気はしなかったが、逆に部隊指揮では勝てる気がしない。


「いいですよ、その方面は伯爵にお任せするので……。ぼくは個人戦闘しかできませんから。それより、敵の先陣が崩壊した以上、このまま押し込めそうですかね?」

「優位に立ったことは確かだが……」


 戦場の動きに目を移したノートゥーン伯は、暫く考え込む。

 と、一点に目を止めると、さっと顔色を変えた。


「いかん、アルキンが動きを変えた」


 アルキンの騎馬隊?


 さっきから、縦横に駆け回るペーローズの騎馬隊を捕まえようと、必死に後を追っていたはずだ。

 神出鬼没に動いているが、さっきは味方の左翼の辺りにいたはずだ。


 その付近に目を転じると、砂煙が舞い上がっているのがわかる。

 馬を潰さないように走っていたアルキンが、突撃速度に移っている。

 その向かう先は──。


「こっちに来ていますね」

「狙いは、殿下だろう。戦士長(フラマンタール)の部隊が抜け、手薄になった本陣を突く気だ。バルヴェーズと並んで、危険な武将に挙げられていただけはある」


 ハーフェズも、この動きに気付いたようだ。

 神官長(モウバド)麾下の部隊から属性魔法(アトリビュート)の砲撃が飛ぶが、アルキンはその弾幕を抜けて風のように迫ってくる。


「位置的に、ぼくたちが迎撃することになりそうですが」

「まずいな。あの数とまともにぶつかれば、流石に我々だけでは対処できん」


 イ・ラプセルの騎馬隊は精鋭が揃っているとはいえ、僅か十七騎に過ぎない。

 五千の騎馬隊の前では、路傍の石のようなものだ。

 百や二百は討ち取れるかもしれないが、抜けられた残りの兵がハーフェズの許に辿り着くだろう。


「ペーローズ将軍は……駄目か、まださっきの突撃から戻りきっていない。ラハム将軍の騎馬隊が間にいる」


 アルキンを振り切って動いていたペーローズだけに、このアルキンの急激な転進に対応できる位置にはいなかった。

 これは、マタザのために力を温存しておくのは無理そうだぞと思った、そのとき。


 唐突に、ノートゥーン伯が鞍を叩いて大声で叫んだ。

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