第三十三章 神鳥騎士団 -9-
ノートゥーン伯が、騎馬隊の隊員に基礎魔法の訓練をさせている。
昔はクリングヴァル先生がやっていたが、この遠征では先生はいない。
ぼくがやるべきなのかもしれないが、実のところ学院の教師でも生徒でもないぼくに権限があるかはわからない。
だから、基本的にはノートゥーン伯が訓練を指導し、ぼくはそれを見守っている。
ま、聞かれれば答えるけれどね。
ティナリウェン先輩、トリアー先輩、マリー、ジリオーラ先輩、ベルナール先輩は魔力圧縮に進んでいる。
まだまだ精度は甘いが、圧縮自体はできている。
それだけでも並みの魔法師を遥かに凌駕する力量だ。
残念ながら、他の隊員はまだ魔力操作の基本の精度を上げることからだ。
この地味な訓練は、ビアンカには非常に評判が悪い。
彼女は武術も魔法も派手なのが好きだ。
だから、ずっと座って体内の魔力を動かすだけの訓練だと、集中力が続かない。
逆に、イザベル・ギーガーには相性がいいようだ。
与えられた任務を真面目にこなす兵士としての訓練を受けてきたイザベルは、黙々とこの訓練もこなしている。
見たところ、その練度は長足の進歩を遂げていた。
二人で中等科トップを争っていた頃は互角かややビアンカが上だったのに、今では大分イザベルが引き離している。
とはいえ、まだアルバート・マルタンほどではない。
魔法剣士としてバランスのいいアルバートは、この魔力操作の訓練もそつなくこなしている。
流石は白銀級に手が届くと言われているだけのことはある。
そろそろ、魔力圧縮に進めてもいいくらいだ。
アルバートの隣にいるステファン・ユーベルも、かなり進歩している。
属性魔法にこだわりのあるジュスタンやソラルが基礎魔法にあまり身を入れていないため、彼らよりも習熟度が高くなっているようだ。
もう、高等科最下位に甘んじている男ではなくなっているな。
「なあ、うちらの上に何段階圧縮があるんや?」
目を閉じて集中していたジリオーラ先輩が、ぼくが通りかかったのに気が付いて聞いてくる。
「うーん、そうですねえ。先輩たちを一段階目とすると、ぺーローズ将軍やフェストのときのぼくが二段階目、プトヴァイスの戦いのときのぼくが三段階、いまのぼくやクリングヴァル先生、飛竜が四段階ですか」
「いまのアラナンは飛竜と同じ段階におるん?」
「圧縮度合いでは一緒でも、習熟度では天地の差がありますからね。パワーだけ同じでも相手にはなりませんよ」
「負けへん思うてても、差がどんどん開いて追い付ける気がせえへん……」
思わず愚痴るジリオーラ先輩に、珍しくベルナール先輩が語りかける。
「アラナンと同じことをできるようになる必要はないだろう。ブラマンテ嬢の師は、あのマノン・エスカモトゥールだ。対人戦最強と言われた心理魔法の使い手。それを受け継ぐのは、貴女であろう」
「──なんや、頭でも打ったんか? ベルナールさんがまともなこと言うやんか! ちょっとぐっと来たわ!」
「わたしも長い回り道をしたからな。だが、目は醒めた。属性魔法を極めるのに、これは避けては通れない道だったのだと。見るがいい」
ベルナール先輩が、隣の岩に指を差す。
魔力が指先に集中し、瞬間閃光を発した。
見ると、岩が融けてどろどろとマグマのように垂れ出している。
なかなかの高温だ。
今までのような単純な炎ではない。
「魔力圧縮で、わたしは属性魔法の階梯をひとつ登った。この分野では、アラナンにもハーフェズにも負けるわけにはいかないからね」
「やるねえ、オーギュスト。それでこそだ。あたしのも見てみるかい?」
豪快に笑いながら近付いてきたトリアー先輩が、いきなり手に持った斧を振りかぶる。
その斧の先に、圧縮した魔力が収束していく。
既視感。
この技は、見たことがある。
これ──ストリンドベリ先生の技だ!
「魔断!」
轟音と衝撃、そして粉塵が舞い上がる。
もうもうと舞う砂塵の中、砕け散った岩を見下ろしてトリアー先輩は得意気に笑った。
「どうだい! 技自体は前から教わってたんだが、ようやくできるようになったよ! 破壊力なら、学院でも最強の技のひとつだよ!」
「確かに驚きましたが、いきなりやらないで下さいよ。危ないじゃないですか。それにほら、敵襲かと思ってみんな天幕から飛び出してきた」
「はははは、気にしちゃいけないよ、男だろ!」
「トリアー先輩は少しは気にして下さいよ」
ノートゥーン伯が、慌てて兵たちに何でもないと説明に回っている。
戦士長カスパール麾下の教団騎士たちだ。
頭の固い連中だから、下手に機嫌を損ねると面倒くさい。
ハーフェズとの会食のために此処に野営していたが、場所を変えた方がいい気がするよ。
「ほら、イシュマールもやってみなよ」
そんな伯爵の努力も知らず、トリアー先輩がティナリウェン先輩を引っ張ってくる。
先輩は迷惑そうにしていたが、ふんと鼻を鳴らして剣の柄に手を置いた。
意外とやる気のようだ。
トリアー先輩がいい笑顔のままで、傍らの岩を軽々と投げ上げる。
手練の早業でティナリウェン先輩がそれを下から斬り上げると、同時に上からも斬撃が振り下ろされ、岩は見事に二つになった。
「メディオラ公の竜牙剣? いや、違いますね、上からのは魔力物質化の刃。だから、時間差のない完全な同時攻撃ですね」
「よく見たな。流石はアラナン。ブリジットには、見抜けなかった。これがおれの、双月の牙だ」
ティナリウェン先輩の偃月の牙は、刃の延長線上にしか魔力物質化できなかったから、読みやすかった。
だが、いまや先輩は軌道を変えて物質化することを身に付けた。
ブンゴの水月だって、使うことができるかもしれない。
学院随一の剣士は伊達ではないな。
「上からの刃の魔力隠蔽がまだ甘いですね。メディオラ公クラスには通じても、黒騎士には見切られますよ」
「おいおい、そりゃ西方最高の剣士じゃないか」
「黒騎士に通じない技が、ブンゴに通じるはずもありません。ティナリウェン先輩は、そろそろ想定する敵の技倆をそのレベルに置いて技を磨いてもらわないと」
他の人には言わなかったが、ティナリウェン先輩には言う。
それだけ、先輩の強さを認めているからだ。
加速を使わなければ、ノートゥーン伯でも勝てないのだから。
「やれやれ、厳しいな。だが、その通りだ。アラナンに付いていけなければ、どのみちおれたちは魔王麾下の魔族に殺される。やるしかない。生き残るためにはな」
そうですよ。
戦士の心得を身に付けているティナリウェン先輩だからこそ、みんなを引っ張る存在になってもらわないといけない。
ぼくや伯爵では、別格と思われていて駄目なんだ。
これは、先輩にしかできない。
みんなのために、頼みますよ!




