第三十三章 神鳥騎士団 -6-
「神敵、アラナン・ドゥリスコルですね」
先頭の神鳥騎士が前に進み出る。
こいつが将か。
全身から、油断のできない雰囲気を感じる。
他の騎士とは、隔絶した実力。
そう──ファリニシュのような気配がある。
「──アラナン、こいつは人間じゃねえでやがりますよ。かつては、太陽神の眷属だった神鳥の王フワルシェーダ。いまは黒石に寝返った裏切者ですがね」
「相変わらずお喋りが過ぎるようですね、アンヴァル。お前程度の力では、わたしに敵わないと知っているでしょうに」
「はん、創造神の化身に恐れをなしたやつに、言われる筋合いはねえでいやがりますよ!」
この将は、アンヴァルの知己のようだ。
ファリニシュとも、知り合いなのだろう。
ファリニシュがいて、取り逃がしたのも頷ける。
「でも、いまは眷属じゃないんだろう?」
「眷属ってのは、もともとその土地を支配していた下級の神でいやがりますよ。上位神に屈服してその配下になっただけで、人間より強い存在であることには変わらない。上位の神々がもうこの地上に顕現できないいま、その力に抗える存在は数えるほどってやつですよ! まあ、あの年増の狼を見れば、わかるとは思いますがね!」
魔王ほどの力はないが、それでも神ってことか。
この圧する気配は、神力のもの。
並みの人間なら、この気配だけで気絶してしまいそうだ。
「ここで貴様を排除します、アラナン・ドゥリスコル。ハーフェズ・テペ・ヒッサールを葬るには、貴様が最大の障壁となるでしょう。あのファリニシュがいないいまが、最大の好機。わが矢を味わうがいい!」
フワルシェーダが輝く弓をつがえると同時に、彼の背後に無数の矢が浮かび上がる。
それが同時に飛来するさまは、まさに流星。
神力の矢が無数に飛んできては、かわすことも防御もできない。
「アンヴァル!」
「馬遣いが荒いでいやがりますよ!」
光の矢を紅焔が迎え撃つ。
火力では、こちらの方が上だ。
フワルシェーダの矢は、炎に触れると消滅していく。
だが、アンヴァルの炎は前面だけだ。
無数の矢は、回り込むように全方位から降り注いでくる。
どんだけ神力使っているんだこいつ!
この初撃で、ぼくを仕留める気満々だな。
「舐めるな!」
太陽神の翼を、球形状に拡げる。
フワルシェーダの矢は、神力の矢だ。
ならば、同じ太陽神の加護を持つ太陽神の翼で、十分防げる。
ぐ、だがこいつはきついな。
無数の矢が、がんがん太陽神の翼から神力を削っていきやがる。
いくら何でも、下級神と神力の総量を競うつもりはない。
遠距離戦は、不利だ!
「ほう、これを凌ぎますか」
意外そうな声音で、フワルシェーダが言う。
「ああ、お前たちは、向こうの野蛮人どもを掃討しなさい。なに、アラナン・ドゥリスコルは、わたしが片付けます。さっさと、始末してしまいなさい」
それでも、自身の優位は疑ってないのだろう。
様子を見ていた麾下の神鳥騎士を動かして、ナーディル・ギルゼイを討ち取ろうという算段か。
余裕じゃないか。
そして、こっちもぼくにそれを止める余裕がない。
「ちえっ、仕方がない。此処は、喚ぶしかないな」
「だらしのないアラナンでいやがりますよ。あんな年増の手を借りるなんて」
「じゃあ、ぼくがフワルシェーダの相手をするから、アンヴァルが残りの騎士の相手をしてくれるかい?」
「とっとと年増を喚びやがれですよ、アラナン。なにぐずぐずしてやがりますか」
あっさりとアンヴァルは掌を返した。
自分が働くよりは、ファリニシュを働かせる。
この神馬の主義は、昔から変わらない。
だが、それでもアンヴァルが正しいだろう。
神鳥騎士九騎は、いささかアンヴァルの手には余る。
「行かせないよ、フワルシェーダ」
「ふ、わたしに背を向けて、無事でいられると思っているのですか」
「いや、彼らの相手をするのは、ぼくじゃない。此処にいるのが、ぼくとアンヴァルだけだと思ったら、大間違いだ。ぼくは、エアルの祭司長。眷属を、喚ぶことができるのさ。──出でよ、神狼!」
紅蓮の炎が走り、天空に五芒の星が描かれる。
魔法陣が光輪を放ち、太陽の如くプロミネンスを放つ。
その灼熱の五芒星が、不意に凍り付いた。
蒼空を、遠吠えが裂く。
巨大な狼の幻視とともに、ペレヤスラヴリの白き魔女が氷輪をまとって現れた。
「主様」
ファリニシュが、ふわりとぼくの隣に舞い降りる。
「雑魚は、任せた。あいつは──ぼくがやる」
暫時、狼はフワルシェーダを睨めつけた。
神鳥の王も、視線をファリニシュに向ける。
「手強いおのこでござんすよ」
「イリヤがいて、仕留め切れなかったんだもんな。まあ、任せてよ。裏切者の始末は、ぼくがつけるさ」
ファリニシュが、優雅に頭を下げた。
「主様を」
頭を上げ、フワルシェーダを見て嗤う。
「信じておりんす」
「戯れ言を」
フワルシェーダが舌を打つが、もうファリニシュは取り合わなかった。
舞うように振り向くと、そのまま神鳥騎士たちの後を追う。
「ぐずぐずしていていいのかな、神鳥の王。ペレヤスラヴリの白き魔女ならば、ご自慢の部下たちを一掃するのも容易い。早くぼくを倒さないと、あの九騎は全滅だぜ」
「人間ごときが!」
赫怒。
フワルシェーダの身体中から炎が吹き出し、熱気が周囲を支配する。
太陽神の眷属らしい神威だが、炎ではぼくは倒せない。
冷静さを失ったフワルシェーダでも、それはわかっている。
「来いよ、フワルシェーダ。遠距離で炎を撃ち合っても、お互い効果はない。地上で、接近戦で勝負を付けよう」
空中では、あの眷属を倒せるとは思えなかった。
だから、ぼくはフワルシェーダを、地上へと誘う。
アセナの拳士としては、やはり大地を踏みしめて戦いたい。
アンヴァルが下降すると、フワルシェーダは暫時迷いを見せた。
このままぼくを追うか、それともファリニシュに向かうか。
神狼を放置すれば、部下が危ないのはわかっている。
だが、神敵を前にして、背を向けることも難しい。
結局、フワルシェーダは、ぼくを追わざるを得なかった。
「アンヴァル、離れていろ」
「言われなくても、近寄りもしませんよ」
アンヴァルから下りると、薄情な馬はとっとと距離を取る。
ぼくとフワルシェーダが本気を出せば、周囲に与える被害も甚大になる。
巻き込まれるのは、ごめんだろう。
「直接、拳を撃ち込んでやりたいところではあるけれど」
相手がブンゴであれば、そうしただろう。
練達の剣士を相手では、ぼくの付け焼き刃の剣技では通用しない。
だが、フワルシェーダは膨大な神力を操るものの、武術の技倆はブンゴほどではないと見た。
「神殺しなら、こいつの出番だ」
フラガラッハを抜き、構える。
神の防御を突破できるのは、この剣だけだ。




