第三十三章 神鳥騎士団 -2-
原野を、西に進んでいた。
シーリーンの歩兵とハーフェズの本隊は街道を進軍していたが、騎馬は先行して哨戒の任に当たっている。
ペーローズの騎馬隊は、本隊の直衛として残っているので、実際はぼくたちとパシュート人の騎馬隊だけだ。
今のところ、敵影はない。
守備兵の少ない小都市や村などは、大抵通りすぎて無視してきている。
どのみち、向こうもこちらに手出しはできないし、勝てば傘下に入る者たちだ。
敵の本隊と遭遇する可能性がないのは、わかっていた。
だが、ヤフーディーヤ軍も、機動力のある部隊を持っている。
騎馬も四人の将軍が五千ずつ持っているが、他にもっと厄介な相手がいた。
数は三十騎と少ないが、巨大な神鳥スィームルグに騎乗する神鳥騎士団だ。
かつては太陽神教団の守護神であった騎士たちだが、いまでは指導者の近衛と化している。
この騎士団の厄介なところは、空を飛ぶ上に魔法も使える騎士だと言うところだ。
魔族は基本的に誰でも魔力を豊富に持っているが、多くは簡単な基礎魔法以外は使えない。
だが、黒石や太陽神教団の幹部たちには、かなりの術者が揃っている。
神官長バルタザールや戦士長カスパールなどは、結構な使い手だと言う。
まあ、味方ならいいんだが、神鳥騎士団のように敵にいられると厄介だ。
上空から魔法で攻撃されれば、歩兵の戦列など的にしかならない。
数は少なくても、発見次第排除したい連中だ。
敵も哨戒で騎馬が先行しているだろうが、この神鳥騎士団があちこちに散っている可能性が一番高かった。
空から偵察し、情報を持ち帰る。
ぼくもよくやる手ではあるが、実際これで捕捉されると非常に不利になってしまう。
できるだけ、発見して殲滅しなければならない。
ノートゥーン伯の緊張が、高まっていた。
今までの緒戦では、見られなかった現象だ。
それだけ、この決戦の重圧が大きいのであろう。
ティナリウェン先輩とトリアー先輩は、いつも通りだ。
この二人が補佐しているから、伯爵が多少緊張していても致命的な失敗には結び付いていない。
ベルナール先輩には、この方面では期待していないけれどな。
彼は、魔法砲撃戦でジュスタンとソラルと一緒に属性魔法を撃ってくれればそれでいい。
「ストフェル、状況はどうだ?」
伯爵が、隊の中央で薄目で集中している青年に声を掛ける。
ストフェル・ヴァン・ノッテンは、 レオンさんと同じく低地の国々から来た高等科生だ。
商人の息子らしく、金勘定には長けている。
召喚魔法で高等科まで進級した唯一の学生だ。
基礎魔法の訓練で召喚数と召喚時間を大幅に増やした彼は、貴重な偵察要員となっている。
いまは、カラスを百羽くらい周囲に放っているはずだ。
「敵影はなし、ナーディル・ギルゼイ、アフザル・ドラーニの方も接敵はしていません」
「そうか。油断はするなよ。いつどんな敵が出てきてもおかしくない」
クリングヴァル先生の指導を受け、伯爵は相当実力を上げた。
ぼくに遅れをとって傷つけられた自尊心を、密かに回復させていたのであろう。
だが、ブンゴに手も足も出なかったことで、再び挫折を味わっている。
それが、この緊張の原因だろう。
まあ、指揮官はあまり考えなしの無鉄砲じゃない方がいい。
伯爵は、慎重なくらいでちょうどいいのかもしれない。
「ダームガーンが見えてきました」
召喚したカラスと感覚をリンクできるストフェルは、集中するためにいつも薄目でぼうっとしているように見える。
そんな状態でも、伯爵への報告は忘れない。
ダームガーンは、サナーバードから西に約三百四十マイル(約五百五十キロメートル)。
イスタフルでも古い歴史を持つ都市である。
南はカビール砂漠、北はアルブズ山脈に挟まれ、人が通れる地域は決して広くはない。
要衝として、古くから存在し続けてきただけの理由がある。
「ダームガーンか。本軍とは、だいぶ離れたな」
ぼくらは割りとゆっくり来たが、それでも九日で此処まで走破してきている。
パシュート人も、似たような位置にいるだろう。
一方、歩兵の本隊は、まだ半分と言ったところだ。
一方、ヤフーディーヤからダームガーンは、約四百二十マイル(約六百八十キロメートル)。
四人の騎兵将軍が来るにはもう少しかかるだろうが、神鳥騎士団なら、もういつ現れても不思議はない。
「あっ」
不意に、ストフェルが声をあげた。
大きな声に、行軍中にも関わらず、みな足を止めてストフェルに注目する。
額に手を当てて首を振りながら、ストフェル・ヴァン・ノッテンが報告した。
「わたしのカラスが一羽やられました。見られていることに、気付いたのでしょう」
「やられた? 誰に」
「神鳥騎士です。二騎、ダームガーンから出撃してきました」
やはり、いた。
ダームガーンを必ず通ると読んで、此処まで進出してきていたのだ。
しかし、二騎とは幸運だった。
その数なら、ぼくとファリニシュで迎撃すれば、余裕だろう。
「伯爵、ぼくとイリヤで迎え撃ちます!」
「よし、行ってくれ」
ノートゥーン伯の許可を得ると、アンヴァルが太陽神の翼を出して舞い上がる。
ファリニシュの方は、流石に馬は飛べないので、自力で飛翔してきていた。
ファリニシュの飛行は、風系統の魔術を使っているようだな。
「主様、神鳥は火には強うござんす。爆炎系統の魔術は、とんと効かぬと思いしゃんせ」
「え、紅焰も駄目かい?」
「駄目でござんすね」
「──ちっ、アラナンの加護役に立たないでやがります」
何故か、アンヴァルが舌打ちする。
人の加護を借りているくせに贅沢なやつだ。
「逆に、神鳥騎士の火炎も、主様にはほぼ効きんせん。そこは安心してくんなまし」
「ファリニシュの氷結も駄目かい?」
「わっちの術は砂漠では効き目が薄いでござんす。相手によりんすね」
氷雪系統の魔術が効かないと、ファリニシュの戦力はかなり落ちる。
狼時の戦闘力はかなり高いが、人間の姿では武術は修めていないはずだ。
ベルナール先輩のように、魔法師特化に近い。
「──お喋りは此処まででござんすね」
「ああ、来たようだな」
西の方角から、二騎の神鳥騎士が飛来してくる。
神鳥って、かなりでかいな。
全長三十フィート(約九メートル)、翼長六十フィート(約十八メートル)以上あるんじゃないか?
背に立っているのが、騎士のようだ。
左手で手綱を持ち、右手に杖を持っている。
武器を見る限り、相手も遠距離魔法戦が得手のようだな。
あの鳥の上では、敵に接近もできないだろうしな。
「──指導者が仰った通りだった。神敵アラナン・ドゥリスコル、ダームガーンで待ち受けていれば、やって来ると」
神鳥騎士は赤い神官服を着て、甲冑は身につけていなかった。
空を飛ぶには、重いのだろう。
接近できれば一撃で決められるだろうが、あの大きさの鳥に近付くのは難しい。
アンヴァルより、かなり大きいからな。
「──ぼくも、有名になったもんだな」
「ほざけ! 黒石の神鳥騎士が左の五、カマールの神火を受けてみよ!」
向けられた杖の先から巨大な炎が生成され、射出された。




