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ルーの翼 ~アラナン戦記~  作者: 島津恭介
第三部 イスタフル激動編

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第三十二章 聖戦の加護 -9-

 絶好の好機であった。


 恐るべき手練れであるブンゴに対し、一撃を入れられる機会はそうそうない。

 だが、ファリニシュが凍らせたその一瞬は、間違いなく届いたはずだ。


 それを、なぜ咄嗟に回避に切り替えたのか。

 自分でもわからない。


 あの瞬間は、ブンゴは身動きが取れないだけでなく、魔力もファリニシュの氷結を破るのに使っていた。

 

 水月(ミヅキ)すら使えなかったはずなのだ。


 だが、それでもブンゴは攻撃を仕掛け、そしてぼくはそれを外した。

 茫然と目を開け、硬直しているブンゴを見ればわかる。


「──無想剣(ムソウケン)ヲカワシタダト……。アリエン、回避不能ノ奥儀ゾ、コレハ……」


 ブンゴは剣を振ってもいないし、魔力も放っていなかった。

 それでも、やはり攻撃をしていたのだ。


「──まあ、愚痴りたいのは、こっちもだけれどね」


 なんとかかわしているものの、ブンゴに攻撃が当たる気がしない。

 拳の間合いまで、踏み込めないのだ。

 ならば、間合いの不利をなくすしかないのか。

 フラガラッハを使えば、お互いに剣の間合いとなる。

 だが、剣でブンゴに勝てるか?


「やってみるしかないか……」


 アセナの両手を前に出した半身の構えを解き、だらりと両手を下げる。

 踏み出した右足も下げ、自然体で立つ。


「──無形(カタチナキモノ)ダト?」


 ぼくの構えの変化に、ブンゴは苛立ちを募らせた。

 気持ちはわかる。

 ぼくは、拳や棒の技は修得したが、剣の技法にはそれほど詳しくない。

 ブンゴから見れば、莫迦にされたようなものだろう。


「フザケオッテ。ソレホド死ニタイカ!」


 裂帛の気合いとともに、ブンゴの右足が前に出る(・・・・・・・)

 怒りからか、読めなかった初動が見える。

 ブンゴにしては、甘い一撃。

 来るのは、上から唐竹割りの一刀両段(イットウリョウダン)

 威力を重視してか、籠められた魔力は今までで一番多い。

 薄皮一枚の回避では間に合わないようにしているのだろう。


 だが、来る技がわかれば、対応はできる。

 本来、速度ではぼくの方が僅かに上だ。

 右手にフラガラッハを出現させると、下から切り上げる逆風(ムカイカゼ)で迎撃に出る。


 一刀両段(イットウリョウダン)向風(ムカイカゼ)

 衝突した刃が、激しく火花を散らす。


 だが、拮抗は続かない。


 神剣解放ジア・クラウ・シールーによって強化されたフラガラッハが、魔力をまとったブンゴの刀を僅かな逡巡の後に斬り飛ばす。

 返す刀で無防備なブンゴを両断しようとしたが──。


 その前に、瞬間移動したかのように三歩後退していた。

 あれでは、剣の間合いには遠い。


「大キナ過失ヲ、二ツシテイタヨウジャナ」


 斬られた刀を眺めながら、憮然としたようにブンゴが呟く。


「侮ッテ神刀ヲ持ッテコナンダコト。ソシテ、遊ビデ剣筋ヲ見セスギタワ」


 斬られた刀を投げ捨てると、ブンゴはからからと嗤った。


「カヨウナ出逢イモアルカラ面白イ。小ワッパ、今日ハ見逃シテヤルワイ。目当テノモノハ、モウ手ニ入レタシノウ」


 大胆にも、ブンゴが背を向け、悠然と歩き始めた。

 隙だらけの好機だが、誰も踏み込めない。

 あの無想剣(ムソウケン)とやらが、剣がなくても使えるなら、踏み込んだ瞬間には斬られているかもしれない。

 そんな恐怖に縛られ、誰も動けなかった。


「主様、彼奴は行きなんした」


 肩にファリニシュの手が置かれると、一気に緊張が解け、思わず膝をつく。

 ブンゴに斬られた傷は、思ったより重い。

 緊張が解けると、力が入らなくなった。


「大丈夫か、アラナン。──しかし、とんでもないやつだったな」


 ノートゥーン伯の顔は、まだ青ざめたままだ。

 無理もない。

 ファリニシュがいなければ、死んでいた。

 伯爵ならば、それがわかっている。


「まともにやれば、十回やって十回負けます。それくらい、技に差があった。飛竜(リントブルム)やクリングヴァル先生じゃなければ、相手ができないほどの遣い手です」

「──だが、今回はいない。わたしたちで、相手をせねばならん。とはいえ、どうしたものか。学院の高等科生ですら、相手にはならん」

「そうすぐには、来なさんしょう。あれは、軍人ではありんせん。魔王の個人的な側近でござんす。こちらにはたまさか来ていただけでござんしょう」

「──はん、偶然で殺されたんじゃ、やってられないさね」


 よろよろと、トリアー先輩が歩いてきた。

 ファリニシュの再生(レジャネレイション)で、何とか命は繋ぎ止めたようだ。


「この国に来て、魔族といってもたいしたことはないと思っていたけれどさ。──がつんとやられたよ。あんなの、あたしらじゃどうしようもない」

「アラナンは、よくかわせたな、あの剣を」

「スピード自体は、伯爵より遅かったですよ。ただ、兆しが読めないから、かわせないだけです。意を消すのが、抜群にうまい。──最後だけ、怒りのせいか消し損ねていましたがね。あれで、合わせられた。もう二度と、通用しないでしょう」


 そうこうしている間に、散開していた高等科生たちが戻ってきていた。

 囮の大役を果たし、疲労困憊の者が多い。

 だが、彼らもこの惨状を目の当たりにして、理解が追い付かずに目を白黒させていた。


「──勝ったようには、見えないわね」


 遠慮なく口を開いたのは、ビアンカならではか。


「──いや、一応、勝ちですよね?」


 ファリニシュの治療を受けているぼくを、ふんとビアンカが見下ろしている。

 自分もサナーバード軍に散々追い回されていた割りには、まだ強気でいられる余力があるようだ。


「サナーバード軍は壊滅したし、セリム・カヤも討った。勝ちと言ってもよかろうな」


 口ではそう言うものの、伯爵の顔色を見て、勝ったと喜べる者はいなかった。

 それを見てとったティナリウェン先輩が、軽く剣の柄を数度叩いた。


「勝ったんなら、勝ちどきだ。辛気くさい顔は、後に取っておけ。エリオット、将がそれじゃ、兵は不安になるだけだぞ」


 流石はティナリウェン先輩だった。

 高等科で一番の武人なだけのことはある。

 イザベルも尊敬しているらしいし。


「──そうだな、悪かった、イシュマール。わたしは、考えすぎるのが悪いくせでな」


 伯爵は、まだブンゴが消え去った砂漠の彼方を見ていた。

 不思議と、砂の上に足跡は残っていない。

 あの達人なら、それも驚くべきことではないのだろう。


 何かを振りきるように首を数回振ると、伯爵は剣を抜いて掲げた。


「イシュマールの言う通りだ。セリム・カヤの討ち取りとサナーバード軍の撃破は成った! このいくさ、わたしたちの勝利だ!」


 ノートゥーン伯の叫びに、ティナリウェン先輩とトリアー先輩が、拳を突き上げて応えた。

 集まってきていた他の高等科生も、合わせるように歓呼の声をあげる。


「ほら、あんたもよ」


 ぽかりと、ビアンカがぼくの頭を叩いた。

 いつになっても、この同期はぼくに対して暴力的だな!


「──怪我人だぜ。優しくしてくれよ」

「甘えてんじゃないわよ、アラナン・ドゥリスコル。あんたはもう学生じゃないんでしょう? 自分の責務を果たしなさい」


 責務。

 そういや、ビアンカ・デ・ラ・クエスタも貴族の出身だった。

 平民の出のぼくとは、考え方が違う。

 だが、ここは彼女の言うとおりかもしれない。

 指揮官はノートゥーン伯だが、この部隊の実質的な支柱はぼくなのだ。


「──わかったよ、ビアンカ。だが、どうせくれるなら拳よりパンにしてくれ。──そこの腹ぺこ馬が、いまにもぼくの足を食い出しそうなんだ」

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