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ルーの翼 ~アラナン戦記~  作者: 島津恭介
第三部 イスタフル激動編

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第三十二章 聖戦の加護 -7-

 咄嗟にかわしたのは、勘だけだった。

 気がついたときには、頬を刃がかすめている。


 障壁ごと、斬られた。


 その事実に、肝が冷える。


一刀両段(イットウリョウダン)ヲモ見切ルカ。イヤ、見テハオルマイ。タイシタ男ヨノ。勘ダケデ、カワシオッタ」


 太刀筋が、見えない。

 神の眼(スール・デ・ディア)を全開にして、なおこれか。

 剣の技倆が、桁外れに高い。

 黒騎士(シュヴァルツリッター)を、超えているかもしれない。


「コノ豊後(ブンゴ)ニシテ、大陸ニ渡ッテヨリ、初メテノ経験ジャ。ククク……腕ガ疼キオル」


 これほどの遣い手が、大陸のこんなところにうろついていることに粟が立つ。

 マタザは、この男より強いのだろうか?

 魔王の手下に過ぎぬ連中がこんな手練れ揃いでは、西側諸国に勝ち目があるまい。

 対応できる人間の絶対数が、少なすぎる。


「──マタザは、おまえより強いのか?」


 思わず尋ねると、剣士は再びにたりと嗤った。

 蛇のような、爬虫類の笑みだ。


「戦場デハ、彼奴ガ強イ。ダガ、対面デ斬リ合エバ、勝ツノハワシヨ」


 絶対的な自負。

 強者のみ持つ威圧が、ぼくの体を打つ。


又左(マタザ)ノ得手ハ槍。彼奴ハ戦場デハ無双ノ男ヨ。オヌシデハ、近付クコトモデキマイ」


 ブンゴの構えは、再び受けを意識したものになっている。

 無形(カタチナキモノ)と言っていたか。

 こちらの攻撃に対し、どうとでも対応できるよう柔らかく構えている。

 隙が、ない。


 思わず、魔法の糸(マジックストリング)を使ったのは、ぼくの臆病心か。

 無数の魔法の糸(マジックストリング)がブンゴを包囲し襲うが──。

 剣士の領域に入った瞬間、溶けるように消え去った。

 魔族というだけあって、この男の魔力も強大だが、何より衝撃的なのが。


 こいつは 、魔力圧縮(コンプレッション)をかなり高度に使いこなしているということだ。

 弱い魔力では、弾かれて終わってしまう。

 そして、底の見えない剣の腕。

 加護がなくともこれほど強い男は、初めて見た。


「──魔王は、おまえより強いのか?」


 その問いに、ブンゴは痛快そうに哄笑した。


「クカッ、カッカッカッ。ワシヲアノ御方ト比ベルトハ。上様ハ、真ナル神デアラセラレルゾ。神ノオコボレヲモラッテイル人間トハ、根本カラ違ウワ」


 聞いたことはある。

 ぼくのように加護を受けるだけではなく、神をその身に宿せる存在。

 それが、魔王の正体だと。

 テンマがどんな神を宿したかは知らないが、これだけの配下を従えているのだ。

 小さな神ではあるまい。


「魔王テンマ、その正体は暴風と破壊を司る牛首人身の神でござんす」


 口を挟んだのは、ファリニシュだ。

 この狼は、太陽神(ルー)の眷属。

 当然、神々についても詳しかろう。


「災厄と疫病を撒き散らす禍津神。あまり道端で出会いたくはなさんすな」

「ククク、ケダモノノ分際デ詳シイデハナイカ」


 ブンゴは否定はしない。

 ファリニシュの言は、当たっているということか。


「上様コソコノ大陸ヲ統ベル御方ヨ。我ラ響談ハソノタメノ刃。出逢エバスナワチ斬ル。何者デアロウトナ」


 ゆらりと、ブンゴが動いた。

 後ろに下げた左足に掛かっていた体重が、右足に移る。

 無形(カタチナキモノ)を解くつもりか。

 こちらが動かぬことに、痺れを切らせたと見える。


「思ッタヨリ厄介ナ孺子(コゾウ)デアッタ。ソノ勘ノヨサ、十年後ニハ我ラニ届イタヤモシレヌ」


 相変わらず、刀は微動だにしていない。

 だが、動きだしを見てからでは、間に合わない。

 ブンゴの斬擊は、それだけ脅威だ。

 兆しがない上に、紙のように障壁を切り裂く威力。

 クリングヴァル先生と対峙しているときのように、プレッシャーを感じる。


「魔王の刃か。生まれたときから、戦うために育てられたぼくと大差はないかもしれない。でもな、響談衆ブンゴ」


 圧縮した魔力を研ぎ澄ます。

 神の眼(スール・デ・ディア)は、敵の僅かな揺らぎさえ見逃さない。

 それでも、ブンゴの肉体にはいささかの魔力の偏りもなかった。

 どんな鍛え方をすれば至れるのか。

 達人の業に、思わず感嘆する。


「おまえは、壊すために戦う。護りたいものがあるぼくと、そこが違う」


 クカー、クカカ!


 ブンゴの哄笑が響き渡る。


「兵法ヲ窮メルコト。我ガ望ミハソレノミヨ。元々、ワシノ用ハコイツデアッテ、孺子(コゾウ)、貴様デハナイ」


 わかっている。

 ブンゴが積極的に動かないのは、力を別なことに使っているからだ。

 セリム・カヤを倒したのに、ぼくの加護が増えていない。

 この魔王の眷属が、途中で力を止めているのだ。

 恐らく、ブンゴの当初の目的は、セリム・カヤの加護を喰らうことだったのだろう。

 それをぼくに横取りされたから、慌てて出てきたのだ。


 ブンゴの目に、殺気が宿る。


 ──来る!


 一刀両段(イットウリョウダン)か。

 障壁を易々と切り裂く恐るべき豪の剣。

 だが、それは一度見た。

 ぼくならば、かわせないことはない。

 太陽神の翼エツィオーグ・デ・ルーを全開にし、左足を軸に回転する。


 刃が髪をかすめる。

 紙一重で回避し、このまま旋火(テンペスト)に繋げようとして……。


 不意に視界が紅くなった。


「なっ」


 鮮血が、噴き出ている。

 右肩から、斜めに斬り裂かれていた。

 斬られた──だが、かわしたはずだ。

 どうやって、斬った?


「斬レヌモノヲ斬ル。ソレガ我ガ秘剣、水月(ミヅキ)ヨ。──仕留メタツモリデアッタガ、浅カッタヨウダノ。勘ダケデカワシタノダトスレバ、大シタモノジャ」


 急速に力が抜けていく。

 血は、魔力の源だ。

 血を失えば、魔力もまた、失われる。

 神聖術(セイクリッド)も、維持ができなくなる。


「主様!」

「アラナン!」


 咄嗟に動いたのは、ファリニシュとノートゥーン伯か。

 凍てつく空気が、ブンゴの一閃で斬り裂かれる。

 ──あれが、水月(ミヅキ)

 凍気だけでなく、加速(アクセレレイション)で飛び込む伯爵も一緒に斬っている。


 その、伯爵の血飛沫が、凍り付いた。

 ファリニシュが、血止めで凍らせたのか。


 気が付けば、ぼくの血も止まっている。


「無茶だ、伯爵。あの男の腕前は、黒騎士(シュヴァルツリッター)を超えています」

「無茶はわかっている。だが、アラナン以外でやつの剣速に付いていけるのは、わたしだけだ」


 痛みに顔をしかめながら、それでも伯爵が加速(アクセレレイション)を使う。

 だが、粗い。

 ノートゥーン伯は幼少から剣を鍛えてはきているが、近年は魔法に集中して鈍っている。

 速度で誤魔化せる相手ならいいが、ブンゴ相手では致命的だ。


 上段からの撃ち下ろしを、切り落とすようにブンゴの刃が動く。

 防御がそのまま攻撃に直結している──。

 あれをまともに食らえば、ノートゥーン伯は頭上から真っ二つに割られかねない。


「伯爵!」


 ブンゴの哄笑が、砂塵を散らした。

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[良い点] 織田の弱兵とは一体…… 日本が修羅の国過ぎるw [気になる点] 豊後……柳生っぽいけど、元ネタは信綱の弟子の疋田景兼かな? 牛首人身は牛魔王というか蚩尤かしらん。 [一言] ノート…
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