第三十章 卒業試験 -9-
閃火は、肘を剣先に見立てた体当たりだ。
肘を動かすのではなく、肘を固定して体を動かすのだ。
通常技としての威力は、アセナの技法の中でもかなり高い。
まともに当たれば、一撃で人を殺傷できる。
旋火は、それに回転力を加えたものだ。
大地を踏む力、それを前に押し出す力、そして回転力。
三つの力で加速された魔力が、肘から飛竜の障壁と衝突する。
だが、硬い。
門の破壊者では砕けた障壁が、旋火では砕けない。
むろん、門の破壊者は、単発の威力では最大級の絶技だ。
これに匹敵するのは、体当たりの砕山虎くらいだろうか。
旋火も通常なら決め技になる威力を持っているはずだが、今回は飛竜の障壁に阻まれた。
それだけ、飛竜の障壁は並みじゃない。
だが、障壁越しに飛竜の体勢を僅かに崩すことはできた。
好機──と見て追撃を加えるほど楽観視していない。
もう一度左に回転し、更に回り込もうとする。
その脇を、飛竜の体当たりが掠める。
やはり、追撃していたらやられていた。
肘が届く距離は、アセナの得意な超至近距離。
砕山虎での迎撃は、常に頭に入れておく必要がある。
もう一撃。
旋火が入る。
砕け散る障壁。
二撃には耐えられないか。
詰めたいところだが、念を入れてもう一歩回り込む。
そこで、両手を開いて覇王虎掌を──。
横から突き込んでやろうと思った。
いきなり、深海に引き込まれるような深い重圧がかかった。
飛竜の双眸が、ぼくの動きを見据えている。
回り込んだはずなのに──。
正面で捉えられている!
伸ばした左腕が叩き落とされる。
下から、突き上げるような竜爪掌。
竜爪掌の派生、昇竜。
見えているのに、かわせない。
障壁越しに、顎を撃ち抜かれる。
顎が砕けなかっただけましだが、脳は揺らされた。
足に力が入らず、体勢が崩れる。
そこに、追撃の竜爪掌。
撃ち下ろしの降竜。
胸に撃ち込まれた竜の爪が、容易く障壁を砕いていく。
衝撃で、後方に吹き飛ばされた。
本来の殺し技なら、衝撃は体内にすべて叩き込んで後ろに弾け飛ぶことはない。
これでもまだ、飛竜は手加減しているのか。
瞬間移動したかのようにぴったりとぼくについてくる飛竜を見ると、とてもそうは思いたくない。
だが。
次の踏み込みはまずい。
閃火、それも下から突き上げるように抉り込む裏の肘の使い方。
あれを食らえば、致命傷になる。
以前のぼくなら、もう一回障壁を張る余力はなかったが、いまは魔力が有り余っている。
なんとか、もう一回障壁を構築して、肘と体の間に滑り込ませる。
かろうじて閃火の一撃には耐えたが、また吹き飛ばされる。
そこに、さらに踏み込んでくる飛竜。
完全に、竜爪破邪に入られている。
この体勢では、逃げられない。
ならば──。
迎撃するしかない。
もう拳撃の間合いは踏み越えられた。
超接近戦。
そこは、アセナの拳士の領域だ。
なんとか踏みとどまって、肘を構える。
一歩が踏み込めれば、ぼくも閃火が使えるが──。
もうそんな余裕はなく、飛竜の肘がそこまで来ている。
仕方ないので、その場で腰を落とす。
零距離での閃火。
威力では劣る分、何かで上乗せしなければならない。
その分は、腰の回転で埋める。
加速された魔力が肘の先端に集中し──。
飛竜と正面から激突する。
瞬間、体の中に叩き込まれた魔力が致死量を突破し、致死判定が出る。
飛竜も、最後に魔徹の本気を出してきた。
だが、ぼくの一撃で、流石の飛竜も無傷とはいかなかったようだ。
彼の口から血が流れており、内臓に衝撃が徹っていたようだ。
相変わらず、顔色は変えもしていないが。
「いい一撃だ」
ハンカチで血を拭きながら、飛竜がぼくを褒めた。
「その前の竜爪破邪への対応も見事だった。あんな技は、スヴェンは教えてなかろう。使うとすると、ウルクパルあたりか。よく研究しておる」
「は、はい。ブリュンでウルクパルと対決しましたので──。そのときに、この円環の拳を食らいました」
「アセナの技の弱点をよく知っておる。その技をよく練っておくがよい。そうすれば、拳でわしを超えることもできよう。もう少し、鍛練は必要だがな」
本来は、飛竜はもっと多彩な技を修めているはずだ。
だが、今回は試験ということもあってか、割りと攻撃は単調であった。
それでも相手にならないのだから、まだまだ頂は遠い。
だが、今まで全く見えなかった飛竜の強さの秘密が、ようやく掴めてきた気はする。
それだけ、ぼくも強さの階悌を昇ってきているのだろうか。
「試験は合格だ。十分すぎるだろう。四人目の黄金級をくれてやってもよいくらいだ。もっとも、白銀級に上げたばかりであるし、そうもいくまいが」
「ありがとうございます。これで、ぼくも学院を卒業ですね」
「すでに学生の範疇はとっくに超えておる。もはや、一人立ちの時期だ」
学院に入学し、三年が過ぎていた。
十六だったぼくも、いまは十九歳だ。
この三年で、あの頃とは段違いの強さを身に付けた。
これからぼくは、それを使ってどうしたらいいのか。
「おめでとう、アラナン。とうとう、お前も学院を卒業したな」
手を叩きながら、ハーフェズが近付いてくる。
「このときを待っていたのだ、アラナン。お前が飛竜の合格を勝ち得、学院を卒業するときを。アラナン、いつかお前に言っただろう。一緒に、イスタフルに来い、と。いま、改めてお前に頼もう。アラナン・ドゥリスコル、セルトとアセナが融合した稀代の戦士よ。わたしとともに、イスタフルに来てくれ。お前の力が必要なのだ」
「ぼくが、イスタフルに?」
いきなりの言葉に、思わず目を瞬かせる。
わざわざこいつがシルカルナフラからやって来るなんて、どうもおかしいと思ったらそんな魂胆があったのか。
「イスタフルのカアバの指導者の許に、客人として居座っている連中がいる。これが厄介な相手なのだ。ダンバーですら、一人を相手にするのがやっとなほど、近接戦闘の技倆が高い。なんせ連中は、東の魔王の部下だからな」
ハーフェズの発言に、一瞬その場が凍りつく。
その意味を理解するのに、みな数秒を要した。
そして、ようやくその内容が脳の中に染み透ったとき、ギルド本部の地下は大騒ぎとなったのだ。




