第三十章 卒業試験 -4-
死の騎士との戦いで、鍵となるのは覇王虎掌だ。
敵の丹田の魔力を狂わせるこの技は、魔物の核を破壊するにはうってつけの技だった。
ウルクパルとの戦いでこの技を盗んでいなかったら、死の騎士との戦いはかなり苦戦することとなったであろう。
槍の間合いと盾の防御を突破する必要はあったが、数をこなせばそれほど苦にならなくなる。
三体も倒した頃には、さほど苦労せずに接近して核を撃ち抜けるようになっていた。
死の騎士の槍の腕は侮れないものであったが、みな同じ型であったためである。
動きを覚えてしまえば、避けるのは雑作もなかった。
二階に上がる階段を発見したのは、そろそろ死の騎士の相手に飽きてきた頃であった。
危険度赤とはいえ、所詮一階の魔物だ。
攻略法さえ掴めれば、いまのぼくなら倒すのは容易い。
しかし、平原の真ん中に空へと続く階段がいきなりそびえ立っているのは、かなり違和感がある。
しかも、初級迷宮のようなボスの部屋がない。
そのまま、上に行けるようだ。
魔法陣の罠だらけだった中級迷宮より、歯応えがない気がする。
それは、ぼくの実力が上がったせいなのか。
階段は、途中で空に消えている。
次の階層との空間の切れ目なのだろう。
恐れもなく昇っていくと、特に頭をぶつけることもなく、次の階層へとたどり着いた。
二階層は、鬱蒼と繁る森であった。
前には小径しかなく、カシ、ブナ、イチイなどの木がみっしりと並んでいる。
情報によれば、この森には暗殺者のように混沌の粘体が潜んでいるということだったが──。
魔物の気配は、全くない。
だが、その代わりに森の中に人間の気配を捉えた。
魔力隠蔽の甘いこの集団は、入り口にいるはずだった冒険者たちで間違いないだろう。
フィールドに魔物がいないということは、赤級を苦もなく倒せるレベルの侵入者がいるということだが、幸い冒険者たちは無事のようだ。
敵対的な侵入者ではないということか?
冒険者の中に一人、大きな魔力の持ち主がいる。
この人が魔法の箭シリル・ザウバーだろう。
魔力隠蔽も他の連中よりは上等だ。
とはいえ、いまのぼくの魔力感知にとっては、この程度ならないも同じだ。
とりあえず、そっちに向かってみよう。
森の中の行動は、手慣れたものだ。
エアル島時代に、魔術や棒術と一緒にみっちりと叩き込まれた。
枝から枝を伝いながら、彼らの許に急行する。
冒険者たちは、魔物の群生地の近くにいるようだが──。
無数の魔力が膨れ上がったかと思うと、一気にその魔物たちの気配が消えた。
百以上はいた混沌の粘体を一撃で全滅させただと……?
あれを一撃で葬るには、ぼくでも紅焔並みの火力がいるのだが、それを同時に展開などできないぞ。
そんなに腕利きが大勢いるのか?
深い森が切れ、目の前に沼地が現れる。
冒険者たちは、その沼のほとりにいた。
彼らは一人の金髪の男を遠巻きにして立ちすくんでいた。
白い頭布をかぶり、長衣を優雅に翻したその男は、強い畏れの視線を向けられても平然と佇んでいた。
「なんだ、アラナン、思ったより遅かったじゃないか」
男は振り返ると、ぼくを見て白い歯を見せた。
見覚えがある──っておい、ハーフェズ、ハーフェズ・テペ・ヒッサールじゃないか!
「んな、ハーフェズ、おまえ、こんなところで何してるの! 国に帰ったんじゃなかったの?」
「帰ったとも。いまも大忙しさ。でも、迂闊に国で実力を見せると、警戒されるんでね。ダンバーに鍛えられた成果を試したくて、大魔導師に上級迷宮を借りたんだよ。ちょうど、アラナンも来るって聞いたからさ」
「いや、そんなに簡単にイスタフルとヘルヴェティアの移動なんて──ああ、ダンバーさんの魔法陣か」
「正解。でも、どうも大魔導師が連絡を忘れていたみたいでね。彼らが入れてくれないから、勝手に入ってきたんだよ。全く、許可は取ってあるっていうのにね」
ハーフェズは冒険者たちに非難の視線を向けるが、彼らは職務に忠実だっただけだろう。
だが、これだけ大勢の冒険者、しかも一人はレオンさんに匹敵する白銀級を以てしても止められないとは。
昔から常識はずれの男だったが、いまはただ魔力が多いってだけでなく、強力な術式を身に付けたように見える。
「おい、お前はアラナン・ドゥリスコルだろう。お前もギルドの一員として、おれたちに協力しろ。この侵入者を排除するぞ」
ハーフェズの魔力に当てられて震え上がっている青銅級は頼りにならぬと見たか、魔法の箭がぼくを巻き込もうと声を掛けてきた。
でもなあ。
シリルさん、フェストの予選でハーフェズに負けてたじゃん。
いまのハーフェズは、あの頃が可愛く思えるくらいの化け物になっている。
ちょっと、シリルさんの手には負えないんじゃないかな?
「まあ、その必要はないですよ、シリルさん。シピ、いるんだろう?」
「あら。アラナンにしては勘がいいのね」
影の中から、黒猫が湧き出てくる。
おかしいとは思ったんだ。
本当に問題が起きているなら、シピはぼくに任せたりせずに自分で調査に来るだろう。
「ハーフェズは、許可を得ているんでしょう? 何故シリルさんたちに知らされなかったんです?」
「演習よ。侵入者に彼らがどう対処するか、それを見るためにわざと知らされなかったの」
前足で顔を擦りながら黒猫が言った。
「上級迷宮警備は暇な仕事だけれど、白銀級を付けている以上、重要な仕事なのよ。最近、それをわかっていない冒険者が増えてきたみたいだったんでね。ちょうどいいんで使わせてもらったの。さあ、貴方たちはもう仕事に戻りなさい。今回の評価は、後でギルドで伝えるわ」
黒猫に諭される姿は滑稽ではあるが、冒険者たちは不服そうではあるもののシピには逆らわなかった。
黄金級の名は伊達ではない。
白銀級では名の知られているシリル・ザウバーでも、それは同じだ。
ぶつぶつ文句は言っているようだが、彼らは大人しく引き揚げていった。
「随分回りくどいことをするんですね、シピ。初めからハーフェズだと言ってくれればいいのに」
「貴方がいまの彼の実力を知るには、この方がいいと思ったのよ、アラナン」
確かに、びっくりしましたとも。
元々魔力の扱いはうまかったが、いまはもう洗練されて言葉も出ない。
体感では、あのアルトゥンに並ぶレベルにあるのではないか?
「わたしは天才だからね。この程度は雑作もない」
相変わらず嫌みな科白の似合うやつだ。
不敵な笑みを浮かべるハーフェズは、完全にいつものハーフェズだった。
懐かしいなこの感覚。
最近、仲間に同格の相手がいなくて、少し寂しかったんだ。
この天才は、やっぱりいつでもぼくの好敵手なんだな。




