第二十八章 激戦の彼方に -4-
西の城門が、悲鳴を上げるかのように音を立てて開いていく。
聖典教団の手が回ったのか?
いや、街の中はゾフィー卿が警戒しているはずだ。
教団の信徒はかなりの数を拘束、排除している。
流石にもうそれほど人数はいないはずだ。
「まさか、そう来たか」
城門を開けていたのは、数人の男たちだ。
そのうち一人は、隠蔽しているがその魔力に覚えがある。
ミヒャエル・フォン・シュヴァルツェンベルク。
シュヴァルツェンベルク伯自ら乗り込んで来ているとは。
そう言えば、彼は短距離転移を使えたはずだ。
街中への侵入も不可能ではない。
城壁の上にいたグスタフ卿が、衛兵を連れて城門へと向かっていた。
ぼくも行くべきかと思ったが、伯爵と呼応するように再び帝国騎士が前進し始めていた。
あれを放置するのもまずい。
だが、グスタフ卿にシュヴァルツェンベルク伯の相手ができるだろうか?
逡巡する間にも城門は開き、そこに向かって騎士の一隊が駆けてくる。
ためらいは許されない。
歯噛みしながら、グスタフ卿にシュヴァルツェンベルク伯を任せ、騎士たちに対処しようと思ったときであった。
北から、砂塵を巻き上げながら駆けてくる一隊がある。
それほど多くはないが、馬蹄の響きと進軍の速度から、騎士で構成された部隊であることはわかる。
一瞬、新手の敵の帝国騎士かと思ったが、先頭を駆ける騎士の魔力を感知したとき、その不安は解消された。
「はっ、ははは!」
思わず天を仰いで、歓びの声を上げる。
その魔力は、よく知っているものであった。
「あいつめ、先行してきたか! 律儀なやつだよ、ほんと」
掲げる旗は、赤地に跳ね馬。
ザッセン公のものだ。
ああ、そうだよ、ハンス。
おまえが、ぼくたちを見捨てるはずがないよな!
雄叫びを上げながら、ハンスが敵の騎士の横腹に突っ込む。
豪快な剣が、瞬く間に数騎の騎士を突き落とす。
後続の騎士も敵の馬列を食い破り、したたかに打撃を与えた。
「ハンス! ハンス・ギルベルト・フォン・ザルツギッター!」
大声で叫ぶと、ハンスがぼくに気が付いたか、剣を回して応えた。
顔は面頬で見えないが、真面目な表情が目に浮かぶようだ。
ハンスに続く騎士は百騎程度だが、シュヴァルツェンベルク伯の部隊も豪雨と暴風で陣形は乱れ、各地に散開している。
この状況なら、ハンスが包囲されて孤立することもあるまい。
暫くは、任せておけるはずだ。
ならば、この間にぼくはシュヴァルツェンベルク伯を何とかしなければならない。
西の城門で、グスタフ卿とシュヴァルツェンベルク伯がぶつかり合っていた。
若いグスタフ卿に抱いていた不安は的中し、襲撃したはいいがすぐに劣勢になっているようだ。
シュヴァルツェンベルク伯は手練れを連れてきていたらしく、衛兵はあっという間に数を減らしている。
「門を開いたとて、無駄なことだぞ、シュヴァルツェンベルク伯!」
上空からタスラムを連射し、グスタフ卿に刃を振り下ろそうとしていた二人を撃つ。
血飛沫を上げる部下を見て、シュヴァルツェンベルク伯が顔を上げた。
「来ましたか、アラナン・ドゥリスコル。だが、無駄なこととは?」
「おまえの兵が門をくぐろうとする前に、全部討ち果たしてしまえば済むことだ。ぼくにできないと思うか?」
上空からタスラムの狙いを付ける。
シュヴァルツェンベルク伯は動じないが、ぼくの名を聞いた周囲の兵は動揺が走った。
やれやれ。
それなりにぼくの悪名も広まっているようだな。
「そう簡単にわたしを討てると思っているのですか、アラナン・ドゥリスコル」
「フェストでお前の手並みは見ている。あの程度では、ぼくには通用しないぞ」
「フェストなど、お遊びに過ぎませんよ」
端整な顔に、酷薄な笑みが浮かぶ。
シュヴァルツェンベルク伯の周囲に、魔力が集まるのがわかる。
これは加護……?
神聖術の発動か?
「血の刃。わたしの最強の武器にして、最強の鎧。戦場でわたしに出会ったのが不運でしたね、アラナン・ドゥリスコル!」
倒れた兵たちの体から、抜き取られるように大量の血が舞い上がる。
生き物のように蠢く血流は、シュヴァルツェンベルク伯の周囲で回転を始め、幕のようにその姿を隠した。
「──なるほど、その血は魔力を吸う効力があるわけか」
鮮血の霧を発展させたかのような神聖術。
血を媒介にして呼んだ霧よりも、血そのものの方が効果は高いのだろう。
死体がないと使えないのかもしれないが、此処は戦場。
あちこちに伯爵が利用できる血が転がっているということか。
試みにタスラムを撃ち込んでみるが、血流の幕に触れると魔弾が霧散してしまい、効果はなかった。
あの血の魔力の吸収能力は、かなり高いと見るべきだろう。
それにしても、こいつに加護を与えている神は誰だろう。
すでに力を失った創造神ではないだろうし。
繋がりを考えると、闇黒の聖典と同じ戦いの女神アシュタルテーか?
いや、そもそもエーストライヒ公と闇黒の聖典を結びつけたのが、シュヴァルツェンベルク伯なのかもしれないな。
「この血の刃には、障壁は通用しません。覚悟はいいですね、アラナン・ドゥリスコル!」
回転する血流から、無数の触手が伸びてくる。
あの一本一本が刃なのか。
回避は可能だが、あの数から逃げ回るのは少し面倒でもある。
それに、自分の神聖術に絶対の自信を持っている伯爵の驚いた顔も見たい。
伯爵が手を振り下ろすと、八方から深紅の血刃が雪崩れ込んできた。
同時に太陽神の翼を発動。
その金色に輝く翼が大きく広がり、ぼくを包み込む。
そこに降り注ぐ鮮血の雨。
だが、魔力を食らうその獰猛な雨が、黄金の翼には弾かれて消えていく。
シュヴァルツェンベルク伯の端整な表情が、大きく歪んだ。
「──どういうことです。何故、わたしの血の刃が」
「加護は、より強い加護によって打ち消される。伯爵の神の加護が、ぼくより弱かっただけさ。それに、その手の術は生死球で対処済みなんだよ」
「生死球……そう言えば、アルトゥンが消息を絶っていましたが──。まさか、貴方があの魔女を倒し、加護を食らっていたと言うわけですか」
「死の女王シャヘルより、太陽神ルーの方が力のある神だったようだね」
「魔王を生み出したことのある死の女王の加護を──クリングヴァルやイリヤ・マカロワにも負けるような魔女ではなかったでしょうに。信じられません」
「信じる必要はないよ。命だけ置いていってくれればね!」
血の刃の攻略法は、生死球と同じだ。
より強い神力をぶつけてやれば、破壊できる。
そしてぼくの右手には、その最強の破壊力がある。
掲げた右手の紋様の輝きを見て、初めて伯爵の表情に動揺が浮かんだ。




