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ルーの翼 ~アラナン戦記~  作者: 島津恭介
第二部 帝国擾乱編

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第二十七章 戦慄のプトヴァイス -10-

 半包囲での銃撃は、射線が一本ではない分怖い。

 確かに、そうだ。

 雷鳴の傭兵団(グジモート)らしい手練の技術だし、これを繰り返されてはたまらない。


 だが、それは平面での話。


 太陽神の翼エツィオーグ・デ・ルーで飛び上がれば、銃弾などそう当たるものではない。

 そして、それはセンガンも同じこと。

 同時に空へと移動してきたセンガンに、警戒を強めて構える。


 だが、センガンは負傷していた。

 脇腹に銃創があり、血が溢れ出している。

 門の破壊者ツェルシュトーラー・デス・トーレスで障壁を削られたところに銃火を食らい、被弾したのか。


「ハ! バカバカしい!」


 まだ発砲している雷鳴の傭兵団(グジモート)の銃兵たちを睨み付けると、センガンは構えを解いた。


「ポルスカの田舎者なんかのために、何でボクがこんな目に合わなきゃなんないのさ。ハ! 勝手にやってなよ」


 邪魔が入ったことでやる気を削がれたか、センガンは後方に飛び去っていく。

 追撃すれば彼を倒す好機かもしれないが、その考えはすぐに捨てた。

 いまは、ポルスカのマゾフシェ公の部隊の迎撃が先だ。


(センガンが下がった! マゾフシェ公の部隊を蹴散らしに入る。そっちはどうだ、アンヴァル!)

(──城壁に取り付かれているですよ! ああっ、連中、何でこんなに士気が高いんですか!)


 南の城壁が危ない状態に陥っているようだ。

 東も十分危険だが、さてどうするか。


 上空まで急上昇し、戦況を俯瞰してみる。

 東の城壁には時折稲妻を落としているお陰で、まだ敵兵には接近されていない。

 むしろ、センガンと暴れていたぼくを警戒していたのか、全体的に城壁から離れたところに展開しているようだ。

 ただ、ぼくらがいなくなり、圧力は消えたはずだ。

 遠からず、再び城壁に取り付こうとしてくるだろう。


 南の門の内側は、ひどい状況になっていた。

 数百人の暴動を、ストリンドベリ先生とエスカモトゥール先生の二人で撃退している。

 かなりの死者を出しているようだが、聖典教団(タナハ)の教徒は引く様子を見せていない。

 人数も減る様子がなかった。


 そして、南の城壁の外が、一番凄惨な光景となっていた。


 二人の超拳士のぶつかり合いは、否が応でも近くに布陣するカランタニア公の部隊に被害をもたらしていた。

 神力の流れ弾を食らって吹き飛ぶ兵が続出し、カラント人たちは雪崩を打ってこのぶつかり合いから逃れようとしている。

 その結果、最前線の城壁に大量の兵が流れ込み、アンヴァルが幾ら焼き払っても追い付かない状況になってしまっているのだ。


 南の城壁では、指揮官のクルト卿自らが剣を振るって奮戦していたが、すでに衛兵は半分くらいやられており、戦線は崩壊する一歩手前であった。


 アンヴァルの言う通り、一刻の猶予もない。

 とりあえず無数の風刃(グィー)を放ち、城壁の上に上がった敵兵を一掃する。

 目の前で、いきなりカラント兵が倒れていくのを見た衛兵たちは仰天していたが、クルト卿だけは目敏くぼくに気付いて、剣を振り上げて回していた。


(おせえ……ですよ……)


 アンヴァルが息も絶え絶えだ。

 普段どれだけ駆けても平気な顔をしているアンヴァルだが、神力を浪費する紅焔(ジャラグティーナ)の連発はきつかったようだ。


 しかし、人数での劣勢を覆せる術者は、クリングヴァル先生とぼく以外にはアンヴァルしかいない。

 何とか踏ん張ってもらわないと。

 いまアンヴァルが抜けたら、南城壁を突破されて、プトヴァイスは落ちる。


 限定的に呼んでいた雲を、南のカラント兵の上まで広げていく。

 風雨で行動し辛くさせるのもあるが、集中的に雷を落として足を止めるのが一番楽だ。

 光と音の洪水で、どんな猛者でも前に進むのをためらってくれる。


 一時的にカラント兵の圧力がなくなり、城壁の上の衛兵たちが座り込んでいる。

 精も根も尽き果てたか。

 積み重なる死体の間にへたり込んで、片付ける気力もないようだ。

 クルト卿だけは立って敵の動向を睨んでいたが、衛兵を叱責することはなかった。

 元々、専門の軍事訓練を受けた兵士ではないのだ。

 治安維持が目的の人間に、防衛任務までこなせと言うのが無理がある。


 しかし、これでは第一波が防げたとしても、第二波を防ぐ体力は残っていまい。

 敵は交替しつつ攻めてこられるが、こっちには交替も休憩も許されない。

 時間を稼がねばならないのに、持久戦は不利だというこの矛盾。

 さて、どう解決したらいいものやら。


 悩みつつも東と南の城壁の前に稲妻を落としていると、西のシュヴァルツェンベルク伯の陣に大きな魔力反応を感知した。

 一人の魔力ではない。

 十数人の魔法師が集まって、共同で何かをやっているような魔力だ。


 警戒を強めていると、シュヴァルツェンベルク伯の陣に小山のように大きな物体がせり上がってくる。

 あれは──。

 何らかの金属の巨大な彫像だろうか?

 アルフレートもあの手の召喚魔法を使っていたが、これは大きさが桁違いだ。

 あんなものに殴り付けられたら、城壁も城門も破壊されかねない。

 攻城兵器の類は焼き払ったり水で流したりしたはずだが、あんな規格外は想定していないよ。


 巨像がゆっくりと立ち上がる。

 動きは鈍いが、あれの最大の武器はその質量だ。

 かつて、円眼の巨人(キュクロープ)と戦ったぼくにはわかる。


(アンヴァル、東の城壁に金属の動く巨像が召喚された!)

(アンヴァルは……お腹が空いて力が出ない……のです)


 アンヴァルの返事にも力がない。

 くそっ、ぼくが行くしかないのか。

 東も南もまずい状況なのに、西まで面倒見ていられないぞ!


 西の城壁に向かって、巨像が一歩ずつ前進してくる。

 シュヴァルツェンベルク伯の軍勢は、それを見守るだけで動こうとしない。

 連中にとっては、プトヴァイスの攻略など大した手柄ではないのであろう。

 カラント人や、ポルスカのレヒト人を突っ込ませればいいと思っているのだ。

 犠牲が出ても、帝国の騎士ではない。

 そんな思惑が透けて見える。


 それでも、南と東の城壁が思っていた以上の抵抗を示している。

 この様では、エーストライヒ公が来たときに、シュヴァルツェンベルク伯が不興を買ってしまう。

 それで、手を汚さないで済む巨像を出してきた。

 大方、そんなところだろう。


 シュヴァルツェンベルク伯らしいやり方だ。

 いま、はっきりと、ぼくはあいつが嫌いだと認識した。

 何でだろう。

 目的のために最良の手段を講じて対策するくらい、ぼくだってやっている。

 同族嫌悪?

 いや、あいつとぼくとは違う。

 違うはずだ。


 巨像に向けて、天空から雷を落とす。

 だが、稲妻が巨像に向けて走った瞬間、光は巨像に届かずに途中で霧散した。

 弾かれたとかではなく、消え去ったのだ。


「何だと……魔力が打ち消された?」


 そんな莫迦な。

 あの巨像自体、魔力でもって動いているはずだ。

 魔力を消すような金属を使っていたら、そもそも動くこともできまい。


 狼狽している間にも、確実に巨像が進んでいく。


 どうすれば止まるか。

 背中を冷や汗が流れる。

 止められなかったら、プトヴァイスが落ちるのだ。

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