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ルーの翼 ~アラナン戦記~  作者: 島津恭介
第二部 帝国擾乱編

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第二十七章 戦慄のプトヴァイス -3-

 丘の間に見える街道。

 そこを進む人の列。


 あれは、エーストライヒ公国軍だ。

 間違いない。

 もう、リンツを出立していたのか。


「あそこは──ミュールシュタットか。もう、先遣隊は三分の一は進軍してるじゃないか」


 ミュールシュタットは国境近くの小さな村だ。

 その北は、もうエーストライヒ公国とボーメン王国の国境である。

 国境には関所があるが、当然十数人の衛兵で止められる数ではない。

 エーストライヒ公国軍の総数はわからないが、街道をずっと連なる人の列を見るに、数千人は確実にいる。


「先遣隊は、ミュールシュタットで野営のようですよ。もう天幕の準備をしてやがります」

「無理な進軍はしてないようだな」


 強行軍ではないとはいえ、これは予測よりも時間がない。

 早速、各地の味方に念話を飛ばすが、みな悪化する状況に言葉を失っていた。

 無理もない。

 このままでは、ボーメン王国軍は数が揃う前に決戦となり、一敗地にまみれることになるだろう。


「ノートゥーン伯の持っている情報では、レツェブエル公国軍とパユヴァール公国軍が揃うには、あと十日は掛かるそうだぜ。でも、このままだと、三日もあれば連中、プトヴァイスに到着しちゃうよな」

「プトヴァイスを守るのは、もう無理ってことじゃないですかね」


 アンヴァルの言うことはもっともだ。

 クリングヴァル先生も、エーストライヒ公国軍をプラーガまで引き込むべきだと言っていた。


 十日か。

 だが、プラーガを包囲されては、新皇帝としての権威も何もなくなってしまう。

 侵略する敵軍に手を打たない為政者など、王として認められるはずがないのだ。


「何とか、ボーメン王国軍が南下してくるまで、このエーストライヒ公国軍の北上を止めるしかないよな」


 ぼくの呟きに、やれやれと言いたげにアンヴァルが鼻を鳴らす。


「結局やる気でいやがりますよね?」

「いや、ほら、だってさあ。状況の変化ってやつだよ」

「ふん! 男ってやつはこれだから! ですよ」


 アンヴァルに言われても、別に胸はときめかない。


 しかし、口ではああ言うものの、アンヴァルは強硬に反対はしなかった。

 やらなきゃいけないことは、結局わかっているのだ。

 しかし、やるとは言ってもどうするかな。

 目的は、敵の進軍を遅滞させることだ。

 あまり一人で突出して、センガンやイシュバラを呼び寄せたくもないけれど……。

 ああ、あれなら──。

 ぼくも馴染みのある魔法だし、魔術で再現するのも難しくはないかもしれない。

 他には……。

 やっぱり天候系の魔術かな。

 アルトゥンがやっていた暴風と稲妻。

 あれが進軍先にあれば、行程は(はかど)らないよな。

 問題は、目立つことだ。

 感知する人がいれば、魔力を察知されて位置を特定されるのは防げない。

 センガンとイシュバラ以外なら、誰が来ても大したことはないと思うけれど……。


「アラナン、あれを見るですよ」


 アンヴァルの指の先を見ると、輜重(しちょう)の馬車の列が続いている。

 いや、確かにあれを焼けば進軍は止まらざるを得ないけれどさ。

 もの凄い派手なことになるよね。


「どうせ、アラナンが考えていることも派手に決まっているんです。同じやるなら、効果の高いことをやりやがれ、です」

「お前、肚を決めるとぼくより豪胆だよね」


 嘆息するが、アンヴァルの意見の有用性は認めざるを得ない。

 あの物資を全部焼けば、エーストライヒ公国軍の前衛はそれ以上進むことはできまい。

 今夜の夕食にも困る事態になる。


「よーし、行け、アンヴァル。高々度で南から侵入し、最高速で急降下。舐めるように紅焔(ジャラグティーナ)をぶっ放したら、一気に上昇して北に離脱。安全圏に逃げたら状況を確認しよう」

「きたない、流石アラナンきたない作戦。いいでしょう。卑怯で上等。命は大事に、ですよ!」


 精一杯の安全策を提案したら、卑怯者呼ばわりされる現実。

 ま、いいさ。

 それで状況を打破できるなら、問題はない。


 もたもたしていたら、馬車がミュールシュタットに到着して荷が下ろされてしまう。

 そうなると、一網打尽に焼き払うのは難しい。

 好機は現在(いま)


 アンヴァルは一気に上昇を開始し、三千フィート(約九百メートル)ほど上空に上がる。

 外気は冷えてきているが、温度の調節はお手のものだ。

 寒いな、と思ったときには無意識に体の周囲の気温を上げている。

 ファリニシュを訪ねたときの経験が生きているぜ。


 眼下の丘の間を縫うように、北へと向かう街道がある。

 そこを長蛇の列が続いている。

 全部焼き払っちゃえば楽そうなんだが、流石にそこまでの時間は許されまい。

 ま、狙いはミュールシュタットに到着しつつある荷馬車隊に絞ろう。


 予定地点に到着。

 上空を見上げて騒がれても面倒だから、さっさと行こう。


降下ゴー・イントゥ・ア・ダイブ!」

「やれやれ馬使いの荒い野郎ですよ」


 文句を言いつつも、アンヴァルが急加速で下降を開始。

 みるみる荷馬車の列が大きくなり、二、三秒で射程距離に入る。

 下に向けて、紅焔(ジャラグティーナ)を放射。

 一瞬で炎に包まれる荷馬車。

 アンヴァルは、列に沿って上空を駆け抜ける。

 荷馬車は、全て燃え上がった。


「よし、いいぞ、逃げろ!」

「素直な言い方、アンヴァルは好きですよ」


 眼下の絶叫や喧騒は無視し、アンヴァルは急上昇して北へと飛び去る。

 国境付近まで一目散に逃げると、追ってくる魔力がないことを確認し、ようやく止まった。


「やったですよ、アラナン。これで連中、次の荷が来るまではミュールシュタットで足止めです」

「反撃の一発も飛んでこなかったな。先遣隊に強者はいなかったらしい」

「連中、大慌てですよ。火力が強すぎて、消火もできやしませんからね。ミュールシュタットで野営の準備をしていた連中が飛び出てきましたが、茫然としているだけですよ」

「お前、神の眼(スール・デ・ディア)も使えるのな。もしかして、ぼくの加護は全部共有できるのか?」

「あれ、言ってなかったですか? その気になれば、どの加護も借りることはできるですよ。制限はあるですけれどね」


 この大食らいの馬、流石にファリニシュと同じ太陽神(ルー)の眷属だけあって優秀すぎるな。

 単独で動いても無敵のファリニシュと、ぼくとのコンビで力を発揮するアンヴァルと、方向性は違うがどっちもとんでもない。


「もう一回運んできた荷を焼き払えば、エーストライヒ公国軍は此処で立ち往生かな?」

「二、三回はやらないといけないでしょうが、何処までできるかですね。流石にどんな莫迦でも、次は対空警戒をするですよ」


 アルトゥンを先に倒しておいて助かったな。

 センガンもイシュバラも強いし怖いが、やつらの本領は接近戦だ。

 それは、アセナの拳士としての特徴だから仕方がない。

 だが、この特徴は空から一撃離脱するこっちの戦法とは相性が悪い。

 むしろ怖いのは、アルトゥンのような遠距離から撃たれる魔術だった。


 神の眼(スール・デ・ディア)でミュールシュタットの村の様子を遠望する。

 エーストライヒ公国軍の先遣隊は、村から物資を徴発することにしたらしい。

 だが、あんな小さな村に、続々と到着する数千の兵の空きっ腹を満たす備蓄があるとも思えない。

 今夜のエーストライヒ兵は、行軍で疲れた上にひもじい思いで寝ることになるだろう。

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